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第41話 初対面な双子の姉妹


「起立――礼――」


 休みが明けた、今日という一日の終わりを告げる号令がかかる。


「はーい、さようならー。あ、今日から部活始まる人たちはほどほどに頑張ってねー」


 直後、担任の玉井先生がそんなセリフを機械的に吐き捨てながら、足早に教室を去っていく。


 きっと職員室に残る山積みの仕事を早く片づけて帰りたいのだろう。


 帰りのホームルームが終わると同時に足音も軽やかに職員室へ駆けて行くのが、この玉井先生の不動の日常ルーティンだった。


 そんなブレない姿勢の先生の後ろ姿を俺が苦笑いを浮かべながら眺めていると、左隣のつぼみんが勢いよく立ち上がった。


「よし……!」


 何やら、気合十分な様子で意気込んでいる。


 いつにもまして元気満タンといった雰囲気で、その小さな拳をぎゅっと握りしめていた。


「じゃあ、藍ちゃん。行こっか」


「ええ」


 藍に声を掛けると、つぼみんはそのまま廊下へと足を向ける。


 二人とも表情が心なしか強張っていて、緊張しているのが手に取るように分かった。


「なるほど、確かに気合を入れなくちゃならないわけだ……」


 それを見た俺は、ひとりでにその理由に納得する。


 どうやら俺たち相談部と同じく、藍とつぼみんも今日から生徒会としての活動を本格的に開始するらしい。


 さっき玉井先生が言っていたように、新入生の仮入部期間も終わり、いよいよ各部活動が正式に始動する時期なのだ。


 彼女たちが戦場へと赴く戦士のような表情だったことも頷ける。


「はぁー……」


 一方で、じゃあ俺は違うのかと言えば決してそういうわけでもない。


 まさかあんなバズり方をしてしまい、まさかあんなふうに藍から活動内容を褒められるなどとは、思ってもいなかったのだから。


「俺も気が重いよ、まったく……」


 溜息混じりにそんな独り言を漏らしていると、いつの間にかすぐそばの廊下にいたサクから声を掛けられる。


「蓮、部室行くよ」


「ああ、うん。行くかー……って、あれ文音は?」


 席を立ちながら顔を出し廊下を見回すと、問題の人物がその場にいないことに違和感を覚える。


「それが、もう教室に殆ど人がいなかったんだよね。だからもうここにいるかなと思ったんだけど」


 サクは「おかしいな」なんて首を傾げながら、まるで謎解きでもするような難しい表情を浮かべている。


 まだ終業のチャイムが鳴ってそれほど時間が経っていないというのに、1組の教室は既にもぬけの殻状態だったらしい。


「へー。まぁ、早くHRが終わって先に部室行ったってことじゃない?」


 おかしいもなにも、それ以外に考えられる理由はない。


 いつ何時であっても、文音は文音だ。


 きっと自由気ままに俺たちを置いていってしまったのだろう。


「……そう、だね。うん。……じゃあ僕たちも早く行こう、蓮」


「え? うん、行くけど……」


(……?)


 なんだか、サクの顔がやけに焦り気味だ。


 普段のサクらしからぬ、少し上ずったような声色にも聞こえる。


 こんなに真剣になるような場面ではないというのに、まるで何かに急かされているかのようだった。


(まさか、文音無しだと俺が逃げ出しそうとか思ってる?)


 何とも失礼な奴だ。


 やる意味がなくなりかけてるとはいえ、俺がやろうって言った部活だし初日から放り投げはしないよ、さすがに。


 そうして俺がサクのいる廊下に出ると、二人で下駄箱の方へと歩いていく。


 旧部室棟は寮の近くにあるために、ここからでは中々の距離がある。


 だからだろうか、サクの足取りは異常に早い。


「あーそうだ、蓮。前から紹介したい人たちがいるって言ってたでしょ?」


 下駄箱から外に出てすぐのところ――靴の履き替えがあるのでペースが一旦落ちたタイミングで、サクが思い出したかのようにそんなことを話しかけてきた。


「言ってたねー、そういやそんなこと」


 相談部の話が出る前から度々耳にしていた、紹介したい双子の姉妹がいるという話。


 それのことだなとすぐに理解する。


「その人たちが昨日の投稿を見たらしくてさ。今日部室に来たいっていうからオッケーしたけど、大丈夫だよね?」


「んーー……」


 一瞬いつものように、嫌だねと断ろうかと思い悩む。


 しかし、今までのらりくらりと躱してきただけに、ここいらがもう限界だろうなと考え至り、渋々承諾することにした。


「まぁ、俺は別にいいけど……」


「よかったー。やっと蓮を紹介できるよ……はやくしろってうるさかったからさ」


(でも、紹介されたところでって感じなんだけどなー……)


 多分、というかほぼ確実に天才くんの噂を鵜吞みにして近づいてくることは察していたためここまで引っ張ってしまっていたのだ。


 来ることが決まっていたようだし半ば強引な感じだったが、俺の了解を得たことで、サクは分かりにくいながらも上機嫌気味になっていた。




 ◇




 それからしばらく、気持ちのいい爽やかな風を感じながら歩いていると、何事もなく俺たちは旧部室棟へと辿り着いた。


 棟の入り口あたりには、俺の目を疑わせるような代物が堂々と設置されている。


『悩み事がある人は3F・相談部室へ! 噂の”天才くん”が天才的にお悩みを解決して見せます!』


 ――という、これ以上ないほど出鱈目な文言が踊る立て看板が、入り口を通る全ての人の目に入るよう絶妙な位置に飾ってあるのだった。


「文音め……いつの間にこんなことを……」


 頭が痛くなるような気分で、俺は額に手を当てながら呟く。


「そう……だねっ……ハアッ……ハアッ……いつ……おいた、んだろう……」


 文音のいない今撤去はしないにしても、せめて愚痴ぐらいは聞いてほしかったのだが、サクは今話せるような状態ではない。


 なぜかサクが競歩と言っても差し支えないほど急いでいたので、俺も良い運動だと思いペースを合わせていたのだが、どうやらサクには想像以上にきつい運動だったようだ。


 競歩というのは慣れていないと見かけ以上に体力を消耗するものだから仕方がない。


 ……え? 俺? 運動だけはそこそこできるから、もちろん全然大丈夫だ。息も上がっていない。


「ちょっと休憩してから行くか?」


「い……いやっ……だい……じょうぶ……待たせてる、かもだし……はやく、いこう……」


「あ、そう……じゃ、行くか」


 サクが息を整えるのを待とうと思ったのだが、何とか歩けるくらいではあるようだったので、足を旧部室棟の中へと進める。


 建物の中は外とは違いひんやりとしていて、まだ若干肌寒い空気が俺たちを迎えてくれた。


 そうして、俺たちは目的地である相談部室へと向かっていったのだが――


「あれ? 二人とも何で中入らないの?」


 三階まで上がって部室の前に着くと、二人の女子生徒がこちらを向いて立っていた。


 まるで俺たちを待っていたかのような、これ見よがしな仕草を大げさにしている。


 サクが気軽に話しかけたことからもこの二人が例の双子なのだろう。


 どちらも非常によく似ていて、整った綺麗な顔立ちをしているのだが、パッと見ただけでも雰囲気は大分違っていた。

 まるで同じ素材から作られた、全く異なる料理のような印象だ。


「何でって……鍵がかかっとるからこうして待っとったんやろうが」


「大分待ったよーわたしたち。サクくん遅いんだもんー」


 きつい方と、柔らかい方。


 俺からの第一印象はそんな感じだ。


 彼女たちも俺たちよりはやくにHRが終わった部類のクラスらしい。


「え、あれ?……昨日、鍵、かったっけ」


 サクがポケットの中を探りながら首を捻っている。


(ん? ……鍵?)


 ふと何かを思い出したかのような感覚が頭をよぎり、俺は慌てて上着のポケットをまさぐってみる。


 すると、金属が持つ冷たい感触が手のひらに伝わってきた。


「あ、ごめん。鍵、俺が持ってる」


 そう言いながら、部室の鍵を取り出す。


 休み前にこの部屋を見つけたときから俺が持ったままだった。


 とはいえ一回も鍵をかけた記憶が無いのだが、適当な俺のことだ。


 昨日だけは無意識のうちに珍しく鍵をかけていたのだろう。


「ああ、そうだったっけ。って……じゃあ、文音ってどこいったの?」


「ははは、すれ違いだったかもな」


「ははは、じゃなくてさ……もういいや、蓮はとりあえず鍵開けててよ。僕、文音に電話しておくから」


「うーい」


 言われるがまま、部室の部屋を開けるため扉に近づこうとする。


 そこで初めて、双子の二人と順番に目が合った。


 初対面は割と得意な方だが、紹介される予定だと聞いていたためか、少し変な緊張をしてしまう。


「………………ういっす」


 普段なら適当に「よろしく」くらいは言えるのに、なぜかこの時は言葉が上手く出てこない。


 軽い会釈と共に、まるで中学生男子のような人見知りっぽい挨拶をしてしまった。


 絶妙にかっこつけてるような仕草だったので、それだけでも大分きついのだが――


「ぷっ……」


(ッ!!)


 そばを通り過ぎようとしたとき、両隣の彼女たちが顔を背け、肩を小刻みに震わせ始める。


「……くっ……あはははははははっ!!」


「ぷっ……くすっ……くすっ……くすくす」


 二人が突然、俺を見て笑い出した。


 片方は、まるで面白いコントでも見たかのような遠慮のない大笑いをしていて、もう片方は笑ってはいけないけれど笑いを抑えきれませんというような控えめな笑いをしている。


「はははっ……はー、なんやそれっ……あんたっ……噂の天才くんやろー? そんな人見知りやったとは思わんやろ、普通」


「なっ!?……」


 自分でも人見知りっぽくなってしまったことを気にしていたために、ここまで堂々と笑われると心の底から恥ずかしい。


 思わず赤面してしまうほどだ。


「……はぁー、久しぶりにこんな笑かされたわー。なぁ、あずき?」


 しばらく二人は笑い続けていたのだが、ようやく笑いを抑えると、雰囲気がきつい関西弁の彼女がもう片方の女子に同意を求め、空気を落ち着けようとする。


「うん……ぷっ」


(いや、まだ笑ってるって片方!)


 だが、全然まだ浮ついた空気のままだった。


 なので俺から火消しにかかることにする。


 何とかこの状況を収拾しなければならない。


「そんな面白いこと言ってないと思うんだけど……」


 できるだけ冷静を装いながら反論してみる。


「だって、あんた全然想像と違うからなぁ。そら、おかしなるわ」


 一体どんな俺を想像していたのかは簡単に分かる。


 天才くんと呼んできたことからも、ものすごく理知的で近寄りがたい姿を思い浮かべていたのだろう。


 まぁ天才とか言われるよりはバカにされる方が断然良いのだが、最も良いのは普通に扱われることだ。


 だから、今みたいな笑われ方は純粋に恥ずかしい。


「……期待外れで悪うござんしたね」


 俺は照れ隠しからか素っ気ない口調でそう答えると、鍵を開けるため扉に近づく。


 逃げるようにして、この気まずい状況から脱出を図った。


 ――ガチャッ。


「開いたぞー」


 扉を開けると、廊下にいる三人に向かって「入っていいぞ」と手招きする。


「ようやくやなー、いやー待ったわー……あ、窓開けるでー?」


「うーん……なんか埃臭いー?」


 すると、二人して中に入るや否や、こちらにむかって早速文句を垂れてきた。


 いくら綺麗に掃除をしたとはいえ、部室が完成したのは昨日の今日だ。


 まだ埃っぽさが抜けていない部分も確かにある。


「文句なら全部サクに言ってくれ」


 しかし、そんなことを開口一番に言うなんて、この学校の女子はやはりどこかおかしい子が多いのだろうか。


 ……なんてことを思いながら、まだ廊下で電話をかけているサクにそれを流す。


「……ダメだ、やっぱりつながらない」


 サクは携帯を耳に当てたままこちらを見ていたが、どうやら文音の携帯には何回かけても繋がらなかったようで、諦めたように携帯を持った右手を下ろす。


「……僕、ちょっと探しに行ってこようかな」


 そして、この場からいなくなりそうな不穏な気配を急に漂わせた。


 それを即座に察した俺は、すかさずその足を止めにかかる。


「まぁまぁまぁ……俺たちのこと探しに戻ったなら、そのうち戻ってくるって」


「いや、でも……電話も繋がらないし、ちょっと心配じゃない?」


「あのなー……心配って言ってもここ学校なんだし、大丈夫だって」


「そうかなー……」


 気まずい雰囲気になってしまっている初対面の女子二人と俺だけをここに残して立ち去るなんて、冗談じゃない。


 いくら俺が人見知りしないとはいえ、初手をミスってしまってはその限りではないのだ。


 正直に言って、サクにはいてもらわなければ困る。


「そうに決まってるだろ。ほら、中に入ろうぜ」


 なので、そうやって無理矢理に促し、サクを部室の中へと押し込む。


 そしてもう逃げられないよう、部屋の中央あたりにある机を挟むようにして配置されたソファに座らせた。


 探しに行くにしても、だ。


 まずは目の前の二人のことを俺にきちんと紹介してほしい。


 そう思った俺は、思い思いに部室を観察していた二人のことも早々にソファへと案内した。


蓮「こういうときだけは、文音がいてくれたらなって思うよね。うん……こういうときだけは、ね。」

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