第39話 劇的ビフォーアフター
「……売って部費にしちゃおうか?」
相談部室で見つかった高そうなカメラの扱いに困った俺は、もうこれは手放すしかないだろうと判断する。
でもただ手放すのは少し惜しいので、掃除をしていて見つけた俺らに得が出る形でリリースするという、名案を思い付いた。
こんなに綺麗な状態なんだ。
売ればそれなりの金額になるはずだ。
それを部費にすれば、サクたちが払ってくれないお菓子代くらいは賄えるだろうし、相談部の活動資金として有効活用できる。
そう考えての発言だったのだが……
「その時は僕が窃盗罪の現行犯で捕まえるね」
「じょ、冗談だって冗談冗談!……じゃ、じゃあ、何か言われるまではここでとりあえず保管しとくってことで!」
俺の冗談じゃなかった名案はすぐさま冗談と化してしまう。
今は笑顔だったが、真面目なサクのことだし、本当に捕まえられそうだなと思ったので早々に保管の方向に舵を切る。
「らじー」
「それじゃ、掃除戻るよ蓮」
これにて、このカメラについての話は終わり。
サクと文音、二人ともがあっさりとすぐに持ち場に戻ろうとする。
文音は先ほどの本棚に戻り、残りの荷物を整理し始めた。
サクは入り口付近の段ボール箱の仕分けを再開するため、そちらへ戻っていっている。
二人とも何の文句もなく、ひたすらに作業をしていく様子だ。
そうして、俺も一緒になって部室の掃除が続けられるはず――だった。
「……これって、どうやって使うの?」
俺は、大した意義も意味も感じられない掃除に戻りたくないあまり、作業を再開しようとしていたサクたちを無理矢理に引き留めた。
「え? どうって……まさか、今から使うつもり?」
「いや……だってほら、やっぱりちょっと気になるっていうか」
明らかにサクは怪訝な顔をしているので、薄々勘付かれていそうだったが、何とか言い訳を並べて見せる。
「まぁ……僕も正直、ちょっとだけ気になってはいるけどさ……」
それがクリティカルヒットしたのか、サクはこちらへ戻って来てカメラを見ながら話を続ける。
「でもさっきも言ったけど、僕も別に詳しいわけじゃないから分からないんだよね、使い方」
しかし、サクは興味こそあれど、全く興味が無い俺と知識の程度はあまり変わらない状態らしい。
「これ、きっと凄く高いカメラだろうし、迂闊には触りたくないかな……」
そして、ぶつぶつと、自身の興味を抑制し始めてしまった。
(まずいな……)
カメラのことを知っていそうなサクならパパッと使い方を教えてくれて、カメラで時間を潰せると思っていたのに……。
当てが外れてしまった。
このままだと延命すらできず、さっきと変わらず掃除コース直行だ。
なので、ここで俺はすっかり掃除に戻ってしまっているもう一人の友人に希望を託してみることにした。
「そうだよなー……やっぱりこの年でカメラに精通してる人なんていないよなー……なー、文音」
「……んー? なになにー、どったのー?」
俺が名前を呼ぶと、文音は集中モードから一転、軽やかにこちらへと振り返る。
「あのさ、文音。このカメラの使い方って……ちゃちゃっとマスターできちゃったりしない?」
「んー、どうだろう。触ったことないけど……使い方だけなら多分、すぐに出来るかな?」
当然、取扱説明書も無ければ指導してくれる人もいないので、普通なら諦めるところなのだが、そういうときに頼りになるのがこの天才だ。
想像通り、当たり前のように文音はできると答えた。
「さっすがー! じゃ、よろしくな文音」
「らじー」
「出たよ……蓮の文音の無駄遣い……」
失礼な。
……こきは使ってるかもしれないけど、無駄遣いなんかじゃないよ!
「じゃあ早速……んーと、まずはここを外してレンズを付け替えるのかー……えーと、次は設定と持ち方かなー?」
俺のお願いを聞いた文音はすぐに躊躇いなくカメラを手に持ち、あちこちをいじくりまわしている。
文音の手つきは最初こそ慎重だったが、すぐに慣れたように各部を操作し始めた。
液晶画面を確認し、ダイヤルを回し、ボタンを押してみる。
まるで昔から使い慣れたカメラのような手慣れた様子だ。
あの恐れのなさは見習いたいが、絶対に俺には真似できない。
だって、あれ壊したらって考えたら……恐いものは恐いし。
その後すぐ、何度かシャッターを切る音が聞こえたところで、文音からお呼びがかかる。
「おっけー、とりあえず出来たよ天才くん。これならシャッターボタン押すだけで、色々細かい設定は自動調整してくれるみたい」
本当にあっという間に使えるようにしてしまった。
見事なものだと感心してしまう。
「おおー、ありがとうありがとう。じゃあ早速、俺もやってみようかな」
「え、はやっ! 相変わらず説明書要らずだね、文音は……」
何を今更そんなに驚いてるんだと言ってやりたいところだが、俺も同じように驚いてしまっていたのでとてもそんなことは言えない。
「おおー……」
文音から受け取ったカメラは、想像していたより重量感がある。
しっかりとした造りで、手に持つだけでプロの道具という感じがする。
「さてと……」
せっかく準備してくれたことだし、俺も試しに一枚撮ってみようと早速シャッターボタンを押してみる。
――カシャッ!
と音が鳴ると同時に、まだ全然片付けなど出来ていない部室をカメラが写し出した。
「おお……撮れた」
当たり前なのだが、撮れたことに何故か感動を覚える。
高級なカメラで写真を撮るという体験は初めてで、シャッター音からして携帯のカメラとは全然違う。
それだけで何だか本格的な写真を撮った気分になる。
「そりゃそうでしょ。ていうか、こんな散らかった部屋なんか撮ってどうするの」
そんな些細なことに感動している俺を見て、サクが茶々を入れてきた。
……いやいや、どうするもなにもただ掃除したくないから適当にカメラ触ってるだけだし。
感動の邪魔をしないでほしい。
「文音、これって撮った写真どうやって見るの?」
そんなサクの言葉は無視するとして、とりあえず今撮った写真でも見てみようと文音に操作を尋ねる。
「んー……多分、ここだと思う」
「ここね、サンキュ。どれどれ……」
文音に指示されたボタンを押すと、本当に俺が今撮ったであろう写真のデータが出てきた。
「……うーん。まぁ、普通、か」
しかし、先ほどまでの感動に値する物かと言われればまったくそうではない。
さすがは高いカメラというべきか、俺が撮ってもボケることなく綺麗に全体を写してはいるが、ただそれだけ。
「ていうか、この部屋汚いな……」
そればかりか、高性能なカメラによって、物が散乱して埃だらけの汚い部室が鮮明に写し出されてしまっている。
段ボール箱が山積みになった様子、床に散らばった書類、埃で白くなった家具……すべてが生々しく記録されてしまった。
言い過ぎかもしれないが、まるで廃墟の記録写真のようだ。
加えて言えば、部屋に焦点を合わせたつもりなのに、窓にカーテンが無いせいで外の景色まで映り込んでしまっているし、記念写真としては撮り直しの部類だろう。
これなら古いデジカメくらいのレトロな雰囲気の方が合ってそうだ。
「だからこうして掃除してるんでしょ」
サクが苦笑いを浮かべながら言う。
「そうだったね。……うん、そうだった」
カメラで遊んで今日は逃げ切るつもりだったが、俺もこの部屋はさすがに汚いんじゃないかななんて思ってしまった。
こうして写真で客観的に見ると、この部室の惨状がよく分かる。
こんな環境では話をする気にもならないだろうし、掃除には反対だが賛成だ。
(はぁー……じゃあ、まぁ……大人しく掃除に戻るか……?)
なので掃除に戻ろうかと悩んだのだが、やっぱり何だかやる気が出ない。
何か、適当に理由でも付けられればやる気も出ると思うんだけど……
(何か理由、ねー……)
そうやって、ダラダラと脳みそを動かしていると――
「あ、そうだ!」
ここで、俺なりに何とかやる気の出るような案を思いつく。
「……まだ何かあるの?」
ようやく掃除に戻れると思っていたであろうサクが嫌な顔で俺を見た。
「いやさ、どうせ掃除するなら徹底的にやって、最後に同じように写真撮ってさ。今の写真と見比べてみたら面白そうじゃんって思って――」
テレビやSNSとかで度々バズっている、ビフォーアフターってやつだ。
部屋の大改造とか、ダイエットの結果とか、そういうのがよく話題になっている。
やる機会なんて中々ないだろうし、運のいいことにあの高性能カメラで撮れるんだから三人とも自然とテンションも上がるだろうと思って言ってみたのだが――
「それだ!!」
「天才くんナイスアイデア!!」
「……え?」
殊の外、食い気味に二人が飛びついてきた。
(……え、そんなに良い案だった?)
掃除したいのにまともに言うことを聞いてくれない自分の身体を動かすための軽い提案だったので、ここまで食いつかれるとは思ってもいなかった。
二人の反応があまりにも大きかったので、俺の方がビックリしてしまう。
「名案だよ蓮。それなら活動前の宣伝にもってこいだ」
サクの目が少し輝いている。
「ふふーん。SNS運用は私にまっかせて」
文音も嬉しそうにスマートフォンを取り出し、何やら操作を始めている。
(宣伝?……SNS?……)
何やら、俺の案は少し飛躍して受け取られてしまったらしい。
俺としては、単に掃除のモチベーションを上げるためのアイデアだったのだが、二人にはもっと大きな可能性を感じ取られてしまったようだ。
(まぁ……なんでもいいか。何をやるにしてもサクと文音がやってくれるだろうし)
俺が動かされるんじゃなければ、それでいい。
「今日含めて3日間でこの部屋を仕上げてみせないとね。よし、じゃあ早速取り掛かるよ二人とも!」
サクが気合十分で拳を突き上げる。
「おおーー!!!」
文音も負けじと元気よく返事をする。
「おー!」
二人の気合十分な掛け声には釣り合わないが、一応は動く理由を得た俺も声を上げた。
◇
――二日後。
(うおおおお!すげぇ!本当に別の部屋みたいだ!)
ゴールデンウィーク最終日の夕方、ついに完成した部室で俺は興奮していた。
窓と床はピカピカに磨かれ、家具は適切に配置されている。
本棚には整理された本類がきちんと並び、応接セットも埃を払って蘇った。
壁には観葉植物まで置かれ、まさに理想的な部室の完成だった。
「やったね天才くん!これならいい感じだよ!」
文音がスマートフォンのカメラを構えながら嬉しそうに言う。
今からちゃんとしたカメラで写真を撮るというのに、記念写真と言ってパシャパシャと携帯のシャッターを押している。
「うん、上出来だね。じゃあ、『アフター』の写真撮ろうか」
「だな」
サクに促され、俺は再び高級カメラを手に取ろうとする。
しかし――
「あ、写真は私が撮るから、天才くんはあそこの部長席に座ってて」
「え?」
文音にカメラを奪われてしまったばかりか、写真に写れと指示を受けてしまった。
「なんで?」
ビフォーにも写っていないし、アフターのほうだけ写れと言われるのも意味が分からないので理由を聞いてみる。
「部活の宣伝だからねぇ。やっぱり部長の天才くんが写んなきゃ」
「……そーゆうもんか?」
「そーゆうもんさ!」
「そーゆうもんかー……」
俺としては宣伝なんかどうでもいいし、むしろしない方がいいまであるが、まぁ今後も部活の運営はこの二人に任せることになるんだろうし、写真に写るぐらいはいいだろうと渋々承諾する。
そして、文音の指示通りに部屋の奥、窓際中央に位置する部長席へと腰を下ろした。
「天才くん天才くん、もっとこう斜めを向いて偉そうにする感じで!」
「……こうか?」
何で偉そうにしなければならないんだとは思ったが、疲れているので大人しく言うことを聞くことにする。
「そーそー良い感じ良い感じ! じゃあ、行くよー……3、2、1――」
――カシャッ!
俺のベストポジションを待っていた文音は、二日前とほぼ同じアングルでシャッターを切る。
「どれどれ……お、おおお!?」
そして文音は今撮った写真を一人で確認すると、何やら大げさに驚いている。
「これは……バズりの気配がするよ、天才くん!」
見てはいないが、明らかに言いすぎだった。
「ふあー……あぁー、うんうん。するんじゃないかなー。するといいねー」
休みの間ずっと掃除をしていたことで文音にツッコむ気力も残されておらず、あくびをしながら適当に返事をする。
自分からやる気が出るかもといったビフォーアフターだが、もう正直そんなことはどうでもよくなっていて、とにかく今はいち早くベッドで寝たいということしか考えられない。
「さて……これでやっと相談部としての準備が整ったね」
サクが満足そうに部屋を見回しながら言った。
「明日から楽しみだねー!」
文音も嬉しそうだ。
「そうだな……」
俺も嬉しさは当然あるが、若干複雑な気持ちでそう答える。
本来なら何もしないための部活動だったはずなのに、こんなに立派な部室を作ってしまったことで、これでは本当に相談者が来てしまうかもしれないなという懸念が生まれたのだ。
(まぁ……大丈夫か、俺だったら知らない奴に相談なんかしないし)
頭を振って、そんな思考を振り払う。
もう日も暮れてきたことだし、早く帰ろう。
「よし、それじゃあ今日は解散にしよう。明日からよろしくな、二人とも」
サクと文音に解散を告げて立ち上がる。
「おー!」
「はーい」
こうして、俺たちの部室掃除大作戦は幕を閉じた。
――翌日、ゴールデンウィークが明けた学校では「城才学園・相談部」が大きな話題の中心となる。
SNSにて、彼らがアップしたビフォーアフター画像が鬼バズりを果たしていたのだった。
蓮「ダメだよこれ……」




