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第38話 忘れ物の扱いは難しい


 春の日差しも一層暖かくなりはじめ、少し汗ばむほどの気温になってきた5月の始め。


 高校生活初めての大型連休であるゴールデンウィークに、全寮制の城才学園の生徒たちは各々が部活をしたり、外出をしたりで休みを謳歌している。


 桜並木には既に若々しい新緑が芽吹いており、まさに青春の季節という雰囲気だ。


 そんな浮かれた気温と空気の中、俺――野内蓮も、怠惰で充実した休みを満喫できて――


 ――いなかった。


「はぁー……何でせっかくの休日にこんなこと……」


 俺は今、ただの部室にしてはやけに広い、旧部室棟で最も居心地が良さそうだった部屋の掃除をしている最中だ。


 見回してみれば、普通の教室ほどの広さがある。


 いや、もしかしたら教室以上かもしれない。


 最上階にあたる三階にあるためか天井も高く、大きな窓が三つもあって採光も抜群。


 きっと昔はここで何かしらの重要な活動が行われていたんだろうが、今は物置代わりに使われていたらしく、古い書類や段ボール箱、埃まみれの家具などが無造作に積み上げられていた。


「……って、うわっ! ……ゲホッ、ゴホッ」


 ドサドサッ、と古い書類たちが大量の埃と共に俺の上に降り注ぐ。


 思わず手で払いのけようとした瞬間、さらに舞い上がった埃が鼻孔を直撃した。


 まるで掃除機のフィルターを逆向きにしたような、とんでもない量だ。


「うげっ……この埃の量、一体どれだけ放置されてたんだよここ……」


 制服のブレザーは見る間に薄茶色に染まり、髪にも白い粉のようなものがべっとりと張り付いている。


 せっかくの新品感が抜けていない制服が、一瞬にして遺跡発掘作業着のような有様になってしまった。


「天才くーん、大丈夫ー?」


「ちょっとー、蓮。散らかさないでくれる?」


 そんな、制服共々埃まみれになってしまった俺を見て、サクと文音が声を掛けてくる。


 二人とも要領よくテキパキと手を動かしながらこちらの様子を窺っていた。


 サクは持参したゴム手袋をはめ、マスクまでしっかりと装着して完全防備。


 一方の文音は、俺と同じように何の準備もなく制服で作業しているというのに、なぜか埃の中でも全く汚れていない。


 まるで埃の方が文音を避けているかのようだ。


「……なぁ、やっぱり今日はやめにして帰らない?」


 そんな俺とはまるで違う様子の二人を見て、俺は躊躇いもなく泣き言を吐く。


 正直せっかくの連休を真面目にやるつもりのない部活動のために費やすのはすごく嫌だったが、俺から部活やろうと誘った手前断りづらかった。


 そのため、俺も了承したうえでこうして掃除をしに来ているわけだが、埃を盛大に被ってしまったことでひどく萎えた。


 ……もう嫌だ、帰りたい。


 切実な怠惰なる思いが溢れ出てくる。


「まだそんなこと言ってるの?」


 そんなことを言う俺に対し、今度はこちらを見もせずに声だけでサクが反応してくる。


 サクは今、窓際に積まれた段ボール箱を一つずつ丁寧にチェックしながら、中身を確認している。


 律儀にメモまで取っているあたりがいかにもサクらしい。


「昨日も掃除し始めてすぐ駄々こねてたけどさー。そもそも部活やろうって言ったの蓮だし、一昨日は休み返上するのも納得してたはずだよね?」


「まぁー……それはそうなんだけどさ……やっぱり、そんなに急いで活動しなくても良くない?」


 矛盾しているようだけども、まともに活動しないための活動を始める部活動なんだから、こんなきっちり掃除までしてるのが間違ってるんだよ。


「いや、これ活動以前の問題だし。こんな埃だらけの部屋になんかいられないから掃除してるだけでしょ」


「うーん……それもそうなんだけど……」


 確かに、そんなことを言っていたような気もするので口ごもってしまう。


 だけど、俺にとってはこれは立派な活動でしかない。


 活動以前の問題だって言われても、なんというか、ただ働きさせられている気がして納得が出来ない。


 怠惰な人間は動くのに正当な理由がどうしても欲しくなる生き物なんだ。


 それに、この部屋の惨状を舐めていた。


 床には年季の入った新聞紙が敷かれていたり、さらにその上には得体の知れない機材や書類が山積みだ。


 壁際には古いロッカーが並んでいるが、扉が外れているものもある。


 天井を見上げれば、蜘蛛の巣が張り、電球は一つ切れていた。


(やる気だせってほうが無茶だよなー……」


 とほほと溜息を一つ吐く。


「天才くーん!サクちゃーん!」


 そのまま、俺が何だかやるせない気持ちになっていると、棚を整理していた文音から名前を呼ばれた。


「なんだー文音ー、俺だって暇じゃないんだぞー」


「蓮はさっきからウダウダ言って座ってるだけだよね?」


 動くなのが面倒なので声だけで済ませようとしていたのだが、サクに邪魔をされてしまう。


 仕方がないので立ち上がり、サクと一緒に文音の方に行ってみる。


 文音がいるのは部屋の奥、窓際にある大きい本棚の前だった。


 高さは天井近くまであり、相当な量の本やファイルが収納されていたようだが、文音が片づけている今はもうその大部分が空になっている。


 文音はその棚の下段にある引き出し部分から、何やら重そうなものを取り出していた。


「なんか良さげなカメラ出てきたよー」


 すると、カメラマンが持っているようなタイプのカメラが収納されていたカバンを見せられる。


 黒い革製のカメラバッグで、中にはしっかりとしたカメラが丁寧にクッション材で包まれて入っている。


 バッグ自体も高級そうな作りで、金具の部分が鈍く光っていた。


 まぁたしかに、携帯やデジカメと比べればきちんとしたものだが、カメラになど興味がないのでどう反応したらいいのか分からない。


「うわ……ほんとに高そうなカメラだね……こんなところに鍵もかけずに仕舞ってあるなんて不用心だなー」


 しかし、そんな無感動な俺とは違い、サクは感心したような態度を見せた。


 サクはカメラを手に取ることなく、ただただ目だけであちこちをじっくりと観察している。


「え、別によく見るようなやつじゃない?」


 ただのカメラにそこまで感動する物だろうかと疑問に思い、口に出す。


「いやいや、僕も詳しくはないけど、これ多分、一眼レフカメラってやつだよ。本体だけで何十万もすると思う」


「え――!?」


(――――何十万!?!?……カメラが!?)


 全くその相場を知らなかったために、予想以上の桁に驚いてしまう。


 せいぜい一万か二万円程度のものだろうと思っていたのに、何十万って……


 俺たちはもちろんのこと、大人からしても大金も大金じゃないか。


 そんな高価なものが、こんな埃まみれの部屋に保管されていたなんて信じられない。


「え……なんでそんなにお高いカメラが、こんな埃まみれの部屋に?」


「まぁ……ここ前の生徒会室なんだし、あってもおかしくはないんじゃない? 単に移すの忘れてたとか?」


(え……そうなの!?)


 当たり前のように、ここが元生徒会室だったというまさかの事実が判明する。


 ……初めて聞いたよそんなこと。


 知ってたならもっと早く教えてくれてもいいのに。


 そういえば、この部屋の造りは普通の部室とは違う気がする。


 普通より窓も大きめだし、それに奥の方には応接セットらしき家具も見える。


 確かに、生徒会室として使われていたと言われれば納得できる立派さだ。


「で、これどうするー? 天才くん」


「え? どうするって……」


(いや、俺に聞かれても困るんだけど……)


 サクも文音も、ひとまず俺の意見を待っているらしい。


 何となくカメラを見てみれば、引き出しの中に仕舞ってあったためか、カメラは誰かが手入れをしているかのように今も凄くきれいだ。


(そうだなー、どうしよっかなー……)


 仕方がないので、頭を働かせ案を考える。


 素人だから何が評価されるのかは分からないが、見た感じレンズには傷一つなく、本体にも目立った汚れは無い。


 明らかに大切に扱われていた形跡がある。


 それだけに、経年劣化を鑑みる必要もなく、価値としては非常に高いものなんじゃないだろうか。


(うーん……こんな誰の者かも分からない、高くて良いカメラの管理をしていても困るだけだろうし……)


 これはもう――


「……売って部費にしちゃおうか?」


 ――手放すしかないだろう。


蓮「一眼レフカメラって何でそんなに高いの?」


作者「一眼レフカメラは、精密な光学部品や高性能センサーを使った複雑な構造と多機能性があるため製造コストが高く、さらに耐久性や信頼性にも優れ、プロ向けに設計されているため、価格がどうしても高くなるんだそうです(作者調べ要約)」

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