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第36話 正解者マリー


「お前たち、生徒会に入らないか?」


 その唐突な勧誘に、藍もつぼみも思わず固まってしまった。


「「…………へ?」」


 二人の口から同時に飛び出したのは、変な声ともつかない何とも間の抜けた反応だった。


 全く予想だにしていなかった展開だけに、思考が追いつかない。


「私たちが、生徒会に……?」


 藍が戸惑いを隠せずにいると、マリーは軽く頷いて見せる。


「ああ。今の校則では兼部も問題ないからな。ピアノをやりながらでも入れる」


 一体全体、この邂逅の流れで、何で急にそんなことになるのだろうかと、藍の頭は混乱していた。


 傷心状態だった筈なのに、会長から飛び出したその発言によって正常な思考が蘇ってくる。


「実を言えばな、入学式の日からお前たちには声を掛けようかと思っていたんだ」


「――入学式の日から、ですか?」


 ――入学式の日。


 それはつまり、藍たち10組があのゲームに大勝した日だ。


 いくらなんでも、それが関係していないわけがないだろうと藍は考えてしまう。


「ああそうだ……察しているかもしれないが、学年別クラス対抗イス取りゲームは、上級生が有望な新入生を見つけ出し、新入生が目立っている上級生を認知するという役割もあったわけだ」


「……なるほど」


 藍は小さく頷く。


「だったら当然、あのゲームを制した10組に注目していてもおかしくないだろう?」


 確かに、理屈は通っている。


 道理で藍とつぼみの名前を言い当てられたわけだ。


 しかし、その道理では少し不自然なこともある。


「……でも、私たちは名前も呼ばれていないんですよ? まずは、指定席へ座った人たちを注目するものなのでは?」


 名前すら呼ばれていない藍たちは、その考えで言えば全く注目されていないわけだ。


 それなのに、何故藍たちに声を掛けてきたのか。


 それが分からない。


「それなら簡単な話だ。私が率いる生徒会に雑多な才能など不要なのでな。何としてでもゲームを制した才能が欲しくなるものなのさ」


(……なるほど。それで10組にだけ注目していたってことね)


 しかし、それならそれで尚更に理解できないことがある。


 なぜそれが蓮ではなく、藍とつぼみなのか、ということだ。


「……そうだとしても、声を掛けるべき人を間違えているのではないですか?」


「そ、そうですよ!」


 藍の指摘に、呆然としていたつぼみも同調する。


 藍とつぼみは蓮からの伝言を受け取ったことにより少し手を出してはいたが、会長から誘われるような功績を自ら立てられたわけではない。


 事実、10組の勝ちは蓮一人で成し遂げたようなものなので、それにより声を掛けられたことには全く誇らしさも無ければ嬉しさもなかった。


 それはつぼみも藍と同じ気持ちのようで、何故か蚊帳の外にあるような気がする肝心の立役者を推薦しておこうと話にのっかって来た。


「声を掛けるべき人、か。……それは、お前たちのクラスメイト、”天才くん”のことを言っているのだろう?」


 藍とつぼみのことを知っていたくらいだ。


 会長とて、当然蓮のことを把握している様子だった。


 だが――


「もちろん、あの男にも声をかけるつもりだったさ。……しかし、先ほど向こうから突然訪ねてきてな」


(……あの男?……つもりだった?……向こうから、訪ねてきた?……)


 会長の言葉には、いくつも気になる言い方がある。


 一体何があったというのだろうか。


「あの男」と言った会長からは、どこか落ち込んでいるような、怒気を含んでいるような、そんな複雑な雰囲気を感じる。


「え?……野内くんが?……生徒会に?……さっき、運動部入るみたいなこと言ってたような気がするんだけど……あれ、つぼみの記憶が間違ってる?」


 つぼみも混乱しているらしい。


 それもそのはずで、蓮はつい先ほどまで、藍とつぼみと部活をどこにしようかという会話をしていたのだ。


 それなのに、その直後での急な生徒会長への謁見。


 藍は別に蓮が何をしていようと構わないのだが、これは引っ掛かりを覚えるどころかかなり不審な行動に思えて仕方がない。


 藍は入学式の日以来の、あの男が何か想像もつかないような未来を見据えているような、そんな奇妙な感覚に襲われていた。


「そう、でしたか……」


 蓮の真意が、藍にはさっぱり分からない。


 この状況で蓮が生徒会長に直接会いに行く理由など、いくら考えても妥当な一つしか思い浮かばない。


「……自分から生徒会に入りたいと言いに来たってことですか?」


 考えられる可能性は、入る部活を悩んでいたことからもそれくらいしかなかった。


「いいや? 彼は部活を作りたいと申し出てきた」


 しかし――


 藍の想定とは随分と違う蓮の行動が判明する。


「部活を、ですか?」


「ああ。……まぁ尤も、もはや何をしに来たのか分からないほどに、何もかもがダメだったがな」


「……と、言いますと?」


「申請どころの話ではなかったということだ。部員が不足しているばかりか、顧問も未定、さらには活動目的や内容まで何もかもが適当だった」


(……ど、どういうこと?)


 一体あの男は何を考えているのか。


 今は入学式の時のようなゲームも行われていない、言ってしまえば何の起伏もない、ただの日常だ。


 だから策を弄するにしても、何に対してそんな行動をしているのかが分からない。


 その目的や、真意が……全く見えてこない。


 そもそも、あの後すぐに部活を作るという行動に移ったこと自体、わけが分からないのだが、それ以上に一切創部する気が無いような無計画さが藍を混乱させている。


 普段の態度を見ていて薄々分かったことなのだが、あの男は実に面倒くさがりで、怠惰という言葉が服を着て歩いているような性格をしている。


 そんな男が、全く無意味で無駄すぎる訪問をわざわざするとも思えない。


 それだけに、その訪問にも何か深い意図があるのではないかと藍は感じずにはいられなかった。


「まったく、一番の注目株だったんだがな……会ってみればこの始末だ」


 その行動を疑問視している藍とは別に、一方のマリーは完全に蓮のことを見限っているらしかった。


 今までその堂々とした態度があまり変わっていなかったために、今は本当に大きな落胆をしているのがよく分かる。


 マリーの表情には、失望が色濃く浮かんでいた。


「あれは傑物はおろか、ましてや天才などではないだろう。……やはり、そういう意味でも噂というのは当てにならん」


 噂。


 それは恐らく、今学年中で浸透しつつある彼のあだ名――”天才くん”のことを指している。


「で、でも野内くんは、特別指定席を取ってましたけど……」


 ここで、つぼみが愚痴めいたことを呟くマリーに意を決してそう尋ねる。


 蓮のあの華麗な逆転劇を間近で見ていたつぼみからしたら、自分たちより下のように言われていることが信じられないのだ。


「それは、お前たちの働きかけがあってこそ成った偶然の産物だろうな」


「……ぐ、偶然ですか!?あれが!?」


 マリーが出したその結論につぼみが大仰に驚く。


 藍とて言葉には出していないが、同じようにその考えに驚いている。


 あのゲームでの一連の流れが、すべて偶然だったなどとは到底思えないからだ。


「あぁ、そうだ。私も見事なものだと最初は称賛していたんだがな……実際に会ってみて確信した。あの愚鈍に、あんな芸当は到底不可能だ」


(ぐ、愚鈍って……この会長が、ここまで完全に言い切るなんて……)


 一体何をしたというのだろうか。


 単に通りもしない部活の申請を出しに来たというだけでここまで言われるなんてことはさすがに考えられない。


 周囲の評価とは打って変わって、マリーの蓮への評価が異様に低いことからもそれ相応の何かをしでかしたのだろう。


 今しがたその圧倒的な実力を見せつけられたばかりの藍からすれば、マリーの審美眼が曇っているという可能性は当然考えられなかったので、この評価は恐らく相当な信憑性があるのだろうと思った。


 しかしその一方で、あのゲームの一部始終はとても”偶然”の一言で片づけられるものともやはり思えない自分もいる。


 元々普段の態度から全くその実力のほどが見えないだけに疑念に思っていた藍だが、ここに来てその相反する評価により一層混迷を極めていた。


 マリーという、この学園でも指折りの才女が下した評価。


 それと、実際に自分たちが目撃したあの日の出来事。


 この二つの間にある大きな乖離を、藍はどう理解すれば良いのだろうか、と。


「――というわけでな。私はあの男――野内蓮を生徒会へ招き入れるつもりはもうない」


 マリーはハッキリと、蓮への興味を無駄なものだったと切り捨てる。


 その声音には、もはや一片の期待も残っていない。


「なるほど……」


 藍の疑問は残されたままだが、ひとまずは相槌を打っておく。


 この場で蓮のことを擁護するような発言をしても、何の得にもならないだろう。


 それに、そんな義理もない。


「でも……だとしたら、私たちだって同じでは? あの席は分かってなかったですよ、私とつぼみも」


「同じ?……それは違うな。私が見た限り、あの男が特別指定席を取れたのも、お前らが玉井小南を誘導し席を埋めていたからに他ならないだろう? 十分な成果じゃないか」


 藍の質問にも難なく淡々とマリーは答える。


 すると、それを聞いたつぼみが何かを思い出したかのように声を上げた。


「あ!そうですそれですよ!それは、実は野内くんからの伝言があって……それで行動出来たんです!ね!藍ちゃん!」


 まだ会長の言う偶然という事実を信じられていない様子のつぼみが藍に同意を求めてくる。


「え、えぇ……そうなんです、会長。私たちが先生を座らせようってなったのは、直前に千条さんという野内くんのお友達から伝言があったからで――」


 つぼみの言うように、先生を席に座らせるという発想を得たのは間違いなくあの伝言のおかげだったので、藍もそれくらいは進言してみようとしたのだが――


「それは、本当に伝言だったのか?」


「――え?」


 そんな藍の言葉は、マリーによって途中で遮られてしまう。


「カメラでは音声までは拾えていないが、お前たちがあの女子生徒――千条文音と会話してから動き出すまでにタイムラグがあったように見えた。……これは確認だが、そのときに伝言だと、確かに言われたのか?」


 マリーの鋭い指摘に、藍は言葉を失いかける。


「い、いえ、そういうわけでは……」


 マリーの言うように、直接「野内くんからの伝言」だと、ハッキリと伝えられたわけではない。


 ただ藍が勝手にそう解釈しただけだ。


「じゃあ、あとから確かめたりは?」


「…………いえ」


 ここでマリーに言われて初めて気が付いたのだが、あれ以来藍はそのことに関して全く質問すらしていない。


 勝手な憶測だけで、とんでもないことをしでかした男だからと、どこかで警戒してしまっていた。


 実際に確認もせずに、一人で納得していただけだった。


「ふん……軽率だな、野内。多少は頭が回る部分も評価しているが、勝手な憶測だけで物事を計らない方が良い」


「は、はい……確かに軽率、でした……」


 今この時まで、当然のようにすべてが自分の中だけで完結してしまっていたことに、藍は素直に反省し頷く。


 マリーの指摘は的確で、逃れようのない事実だった。


 今の蓮への評価は言ってみれば、全てが勝手な想像に過ぎない。


 考えてみれば、教室中の「野内蓮は天才だ」といったムードに無意識に流されてしまっていたのかもしれないなとも思う。


 どうして、自分は事実確認を一切してこなかったのか。


 勝手な思い込みでしかなかった”天才くん”という虚像に、ここまで踊らされていた自分が恥ずかしい。


 今一度、あの男の実力をしっかりと確認しなくてはならないと思った。


「それから立花もだ。あまり周りの空気に流されないようにしろ。他人の相性が肌感で分かることからも、同調能力が人並み外れているのだろうが、それは短所にもなりえるぞ」


「は、はい……すみません……」


 つぼみの人間相性診断をあえて言葉で説明するならば、他人の空気感を二人分自分に重ねることで相性を考えている、ということになる。


 しかし、他人の感情や関係性を敏感に読み取ることができる反面、同調してしまうがために周囲の雰囲気に流されやすいという欠点も併せ持っていた。


 そのことについては自覚していたのか、つぼみも素直に謝罪する。


「分かれば良い」


 二人はすっかり、マリーに組み伏せられてしまった。


 さすがは桜崎財閥の令嬢であり、この学園の生徒会長を務めるだけのことはある。


 藍とつぼみは終始翻弄されていただけだ。


「……おっと、もうこんな時間か」


 話が一段落着いたところで、マリーは高そうな腕時計で時間を確認する。


 その仕草一つとっても、育ちの良さが滲み出ている。


「そろそろお開きにするとしようか」


 そう言うと、音楽室から立ち去ろうとする。


 しかし、ドアに手をかけたところで振り返ると、マリーは最後に一言付け加えた。


「良い返事を期待しているぞ、二人とも。決まったら明日には生徒会室に来てくれ」


 そして「じゃあな」とだけ言い放つと、マリーはそのまま音楽室を離れて行ってしまう。


 残された藍とつぼみに、何とも言えない空気だけを残して。


「……藍ちゃん、どうする?」


「……ほんと、どうしましょうね」


 二人はこうして、断るに断れない誘いをもらってしまったのだった。


つぼみ「つぼみが生徒会って……何するんだろー……」

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