第34話 天才学園の生徒会長
「野内藍と、立花つぼみ――だろう?」
「――――!?」
当然のように名前を言い当てられたことに、驚きを隠せない。
つぼみの衝撃具合は藍の比ではないだろう。
口をぽかんと開けて、完全に呆然としている。
「そこまで驚くことでもあるまい。私は生徒会長だ。生徒の情報などいつでも調べられる」
それは確かにその通りなのだが、そうだとしても会ったこともない二人の新入生の顔を見てすぐに名前が出てくるのは異常だ。
驚くなという方が無理がある。
生徒会長といえど、全校生徒の顔と名前を完璧に記憶しているというのは現実的ではない。
「特に野内、お前は天才ピアニストとしても界隈では有名だしな……おっと、天才”美少女”ピアニストだったか?」
わざとらしく、ピアノの世界で呼ばれている藍の称号を言って聞かせてくる。
それは決して挑発をしているわけではなく、本当に知っているぞというアピールなのだろうと藍は解釈した。
実際、その通りなのだから否定することもできない。
「いえ、それは別に付けなくて大丈夫です。……それよりも、会長がどうしてこんなところに?」
そのおかげもあって、変に気を立てることもなく冷静に対処をすることができる。
しかし内心では、自分の演奏を突然聞かれたこととそれを褒められたことにより、心臓が激しく鳴り響いていた。
それに、もしかしたら勝手に音楽室を使って演奏していたことを咎めに来たのではないかという一抹の不安もあった。
「何、ほんの戯れだ。興味を惹かれる演奏が聞こえてきたのでな。立ち寄ってみただけさ」
しかしどうやらそんな不安はお門違いだったことが分かる。
マリーの表情には、叱責の色は微塵も見えない。
むしろ、どこか満足そうな、評価しているような表情を浮かべている。
「そ、そうでしたか……でも、その……」
それはそれとして、演奏を褒められたことは非常に喜ばしいことなのだが、どうしてもきちんと準備をしたものではなかったために完全な演奏とは言い切れないものだった。
いつものように入念なウォーミングアップをしたわけでも、楽譜をしっかりと見直したわけでもない。
ただの手慰み、つぼみに聞かせるためだけの気楽な演奏だ。
そのことからも、お世辞ではないか、なんて臆病な気持ちがどうしても出てきてしまう。
「でも、なんだ?言ってみろ」
「は、はい……その、会長ほどの立場ある方ならば、この程度の演奏、吐き捨てるほどに聞いてきたのではないかと、思いまして……」
藍がいくら天才だ何だと言われていても、所詮はまだ学生のカテゴリに収まっているだけに過ぎない。
世界には、同じ才能を持った先達の天才たちがごまんといる。
同じ世代だって、それは決して藍だけの才能ではない。
この学校でも言える事だが、その分野での天才は一人だけではないのだ。
そのため、これまで数多の演奏を聞いてきたであろうご令嬢のマリーにとって、今の音がそれほど凄い演奏だとはとても思えなかった。
しかし、それを聞いたマリーは途端に不機嫌になる。
それまでの優雅な表情が一変し、どこか危険な雰囲気すら漂わせ始めた。
「この程度、か。……つまりそれは、私の耳がおかしいと言っているのか?」
その声には、普段の余裕に満ちた調子とは明らかに違う、鋭い響きが含まれている。
「い、いえ!決してそういうつもりではなくて!」
考えてみれば、そう判断されてもおかしくはない発言だった。
藍はその浅はかな行動を心の中で激しく反省する。
生徒会長の機嫌を損ねるようなことを言ってしまった。
慌てた藍を見て、マリーはそれを手で窘める。
「ああ、そんなことは分かっている。意地悪を言っただけだからな。お前は私に聞かれたのが手慰みの演奏だったことを心配しているのだろう?」
「は、はい……」
全てお見通しのようだ。
藍の心の内を完璧に読み取っているかのような的確さに驚かされる。
「だったら心配無用だ。私は意地悪は言っても世辞は言わん。お前の演奏は技術的にはまだ足りてないのかもしれないが、間違いなく比類なきものだろう。自信を持つといい」
「あ、ありがとうございます!」
いつだって、ピアノの音色を採点するのは聴衆だ。
もちろんコンクールなんかであれば審査員も用意されるし、それ相応に業界の利権も絡んできたりもする。
しかし、最後にその才能を決めるのは決してそれらではなく、圧倒的大多数の一般聴衆なのだ。
その聴衆として数多の音を聞いてきたであろうマリーに褒められたのだ。
しかも、お世辞を言わないという彼女の性格を考えれば、これは本物の評価に違いない。
嬉しくないわけが無かった。
藍の胸に、先ほどつぼみに褒められた時とも違う、演奏に対する純粋な喜びが広がっていく。
「さて……立花つぼみ」
「ひゃ、ひゃいっ!?……」
会話もひとまず落ち着いたことで、藍はてっきりもう帰っていくのか、それとももう一曲くらいは聞かせろと言われるかと思っていたが、次は借りてきた猫のようになっていたつぼみに標準を合わせると突然名前を発する。
名前を呼ばれたつぼみは話しかけられるなんて思っていなかったのか、随分と間抜けな声を出していた。
「ふっ。実はお前にも少し興味があってな」
「ななな、なんでしょうか生徒会長様!」
つぼみは完全に緊張しきっている。
普段の明るく人懐っこい彼女からは想像もつかないほどに固くなっていた。
「まぁそう畏まるな。どうだろう、一度私にも噂の人間相性診断というやつをしてみてくれないか?」
「は、はい!分かりました!……って、誰との相性を見ればいいんですか?」
つぼみは戸惑いながらも、持ち前の素直さで一切疑問を持つことなく即座に応じる。
人間相性診断――藍も以前から聞いていた、他人と他人との相性を大雑把に計れるという、つぼみの特異な才能のことだ。
入学式の日に藍もやってもらったので分かるが、随分と信憑性に欠けるものだった。
「物は試しだ。そこの野内との相性を見てくれ」
(え……わ、私!?)
藍は思わず身を乗り出しそうになる。
自分が診断の対象になるとは思っていなかった。
診断の信憑性が皆無な藍からしてみれば、さすがに色々心配にもなる。
「了解です!……ええと、うーんと。これは……」
つぼみは藍とマリーを交互に見つめながら、何かを感じ取ろうとしている。
その表情は真剣そのものだが、一体何を感じ取っているのかは藍には分からない。
「どうだ?」
「えっと……普通……ですかね。中の中って感じです……」
(つぼみ!ちょっとは面白みを持たせて!)
悪くはないけど良くもない。
そんな結果を聞き、藍は内心で青ざめた。
素直なつぼみのことだ。
一切の嘘もなく、馬鹿正直に思ったことを発したのだろう。
会長とて藍と同じで、占いとして面白みのある回答を期待していたに違いない。
――と、思ったのだが。
「……ほう?こちらも期待以上、か……ふむ」
この結果の何に納得をしたのか、マリーは不満どころか満足げな表情を浮かべている。
その反応は、藍の予想とは正反対のものだった。
「ど、どうですかね?」
「私も同意見だ。良い審美眼を持っている。試すような真似をしてすまなかったな、立花」
「い、いえ!喜んでいただけて良かったです!」
つぼみはまだ緊張しているようだが、持ち前の明るさが徐々に出てきていた。
マリーはそこでもう一度、やり玉に挙げられていた藍の方向を向き直る。
「……あぁ、お前にも謝罪をしておこう。気を悪くしないでくれよ、野内。私と相性の良い人間など、今まで一度も出会ったことがない。相性が悪くないということはつまり、相性が良い方なんだ」
マリーの言葉に、藍は思わず安堵のため息をつきそうになる。
「いえ!気を悪くだなんて、そんなこと……」
そんなことあるわけないです!と言おうとしたところで、ふと疑問が浮かんでくる。
(――――あれ?)
つぼみの相性診断は、その精度は怪しいものだが本人も自覚するほどの特有な才能だ。
だというのに、目の前のマリーはそれと同意見だったなどと、当たり前のように話を進めていることに気が付き、違和感を持つ。
ここは「そうなのか?」とか「面白いな」といった反応をするのが普通だ。
でも、マリーはまるで自分でも相性診断ができるかのような口ぶりで話している気がする。
「……あの、会長。失礼を承知でひとつ、質問いいでしょうか」
「なんで、その相性が私にも分かるのか、だろう?」
「――――!? は、はい。そうです」
またしても先読みされてしまった。
藍はマリーと話していると、こちらの思考が全て読まれているような、そんな嫌な感覚を持ってしまう。
まるで心の中を覗かれているかのような、不思議な感覚だった。
しかし、不思議とマリーからは嫌みのようなものは一切感じられない。
彼女にとってはごく当たり前の思考とコミュニケーションなのだろう。
むしろ、藍の疑問を先取りして答えてくれているのは、ある意味では親切な行為とも取れる。
「そうだな……野内、そこを代わってくれ」
「え?……あ、は、はい」
すると、その質問に答えるかと思われたマリーは何をするつもりなのか、唐突に藍の座っていたピアノ席に座りだす。
その動作は迷いがなく、まるでピアノの前に座ることが日常的な行為であるかのように自然だった。
(まさか……弾くの? というか……弾けるの?)
今までに全国のコンクールなどに出場常連の藍は、ピアノの才人たちの名前は大体目にしている。
しかし、その中で桜崎茉莉伊の名前を聞いたことはない。
コンクールの常連でもなければ、音楽関係の雑誌に名前が載ったこともないはずだ。
弾けたとしても正直、ただ弾ける程度のものだったりで、藍からしたらお世辞を言わなければならない局面に立たされているのではと冷や汗をかく。
先程からの会話で、お世辞を最も嫌いそうな性格をしていることが分かっているため、一気にここは厳しい空間へと早変わりしていた。
「そうだな…………先ほど野内が弾いていたものにでもしようか――」
そう言い残すと、一切の躊躇いなく、鍵盤に手を置いて見せる。
信じられないことに、その手つきは、まさに熟練者のそれだった。
指の形、手首の角度、全てが完璧で、見ただけで相当な技術を持っていることが分かる。
そして、次の瞬間――
藍の不安な気持ちなど、木っ端みじんに吹き飛ばされることになる。
つぼみ「んー……直接じゃないからびみょーだけど……ここを読んでるそこの君!この作品と結構相性良いかも?」




