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第29話 相談部は何もしない


「ダメだったわー、ははは」


 夕暮れの茜色に染まった10組の教室に帰って来た俺は、生徒会室での交渉が失敗に終わったことをサクと文音に明るく伝える。


「「…………」」


(え……何、この空気)


 返って来た答えは沈黙だ。


 重たい空気が教室に漂う。


(あ、そういえば……)


 ――そういえば、出ていくときはサクが相当お怒りだったことをここで思い出す。


(何でちょっと前のことなのに忘れてんだよ俺ーー!!)


 それはこの空気も納得だ。


 反省している様子なんて、自分から見ても全く感じられないのだ。


 この沈黙も当然と言えば当然だろう。


 なら出来るだけ、俺は明るくそのことを忘れてるかのように振舞うしかない。


 少なくとも、これ以上事態を悪化させるのは避けたい。


 出来る限り、明るくおかしく、おどけたように話を続ける。


「なんかね、部活作れるの最低部員8人からだってさー、ははは……うっかりうっかり」


 そう――


 俺は知らなかった。


 誰でも自由に部活を作れるわけじゃないってことを。


 そもそも、どこの学校でも部活の設立には一定の条件があるなんて当たり前のことなのに、なぜかそれが頭から完全に抜け落ちていたのだ。


 元生徒会長が聞いて呆れる。


 部活動とは言うが、要するに学校公認の組織なんだから、それなりの基準があって然るべきなのに。


 こんな基本的なことも調べずに勢いだけで動いた結果がこれだ。


 まったくもって俺らしいポンコツぶりである。


「……ねぇ、蓮」


「ん?」


 ここで、次にどう言い訳したものかと必死に考えていた俺に、サクが妙に落ち着いた口調で話をしてきた。


 もしかしたら、この間に怒りも収まってくれたのかもしれない。


 案外サクは切り替えが早いタイプだし、建設的な提案でもしてくれるんじゃないだろうか。


 そんな淡い期待を抱いた俺だったが――


「……わざとやってるよね?」


 ――当然、そんな都合の良い事が起きるわけもなく。


 普通にサクのお怒りモードは継続中だ。


 というか、表面的には冷静を保っているものの、静かなる怒りに進化しているような気がする。


 しかも、このままだとあらぬ容疑をかけられてしまいそうだ。


「いやいやいや!わざとこんな無駄なことするわけないじゃん!だから、うっかりだってうっかり!」


 ただの俺のポンコツが、何で挑発みたいに捉えられてしまっているのだろうか。


 まったくその思考回路は分からないが、とにかくそれで怒りが増幅されてしまっては堪ったものじゃないので必死に否定をする。

 故意にやったわけではない、本当にただの無能による失敗なのだと。


 しかし、そんな抵抗空しく、サクだけでなく文音までもが変なことを言ってきた。


「天才くん……さすがに私でも驚きすぎてかばえないかもだ……ごめんよ」


「まるでいつもかばってくれてるみたいな言い方だな、おい」


 いつも変な事しか言ってないような気もするので、こっちは変というかいつも通りなのかもしれない。


 それに文音は怒ってはいないみたいだし、とりあえず放置でいいだろう。


 問題はサクの方だ。


「……蓮、一体どうするつもりなのさ」


 表面上は落ち着いて見せているが、明らかにフラストレーションが溜まっているのが分かる。


「というか……”どういうつもり”なのか聞かせてほしいんだけど?」


 言葉の端々に苛立ちが滲み出していた。


 ”どういうつもりか”、なんてことは「藍と別れたいだけの浅はかな考えです」みたいに同じような回答しかできないため、とりあえずまぁ一旦置いておくとして……


「まぁまぁ、落ち着けってサク。たしかに、部活の申請はダメだったんだけどさ――」


 ”どうするつもりか”、という質問の方に答えることにする。


 それについては、さっきすごく良いことを聞いたので自信を持って答えられるからだ。


「……実は、旧部室棟の教室だったら自由に使っていいらしいから、そこで細々と勝手にやろうと思うんだ」


 これが今日唯一の収穫だった。


 生徒会は相談部の設立は認めてくれなかったが、その活動をすることと場所については意外にも寛容だったのだ。


「――は?どういうこと?」


 いつもより言葉も態度も強気なサクが詳細を求めてくる。


 普段のサクなら、もう少し温和な口調で優しく聞いてくるところなのに、怒っているからか今日は随分と漢らしい。


 俺はその強気な語気に気圧され、たじたじになりながらも説明を続ける。


「あー、えっと……つまり、その……部活として認めてはくれないけど、そういう活動がしたいなら勝手にやってていいよ、みたいな?……」


 なんとも歯切れの悪い説明になってしまったが、本当にそれだけのことなので問題ない。


 俺がそう言い終えると、サクは少し怒気を収めた。


 眉間の皺も心なしか薄くなったような気がする。


「え……それって、非公式の部活動ってこと? 大学のサークルみたいな?」


「そうそう! それそれ、そんな感じ! それならOKだってさ」


 話が通じた。


 サクの理解力はさすがというべきか、俺の拙い説明でもすぐに要点を掴んでくれる。


 この学校で部活動は参加自由だ。


 やりたくないならやらなくてもいい。


 だが、学校としては多種多様な才能を磨くために様々な部活動が現れるのをむしろ推奨しているらしい。


 しかし、だからといって何でもかんでも許可していては無秩序に数だけ増えていってしまうので、設立基準だけは厳しくしているようだ。


 逆に言えば、正式な部活動として認められなくても、自主的な活動として行うなら学校側は特に制限をかけないということでもある。


 むしろ、生徒の自主性を重んじるこの学校らしい考え方なのかもしれない。


 そんなことを、さきほど生徒会室へ行ったときに聞かされた。


「……ふーん、なるほどね。とりあえず、どうするつもりかは分かったよ」


 サクも何とか落ち着いて話の内容を処理してくれたらしい。


「でもさ、非公式って蓮の作戦的には大丈夫なの?……そこまでしてやるほど、意味ある内容には見えないんだけど」


 サクは少し怒りが収まったことにより、冷静さを取り戻したようだ。


 そして当然の疑問を口にする。


 どう考えても藍と別れることに繋がるようには思えない、すべてが無駄に見えるようなこの部活をわざわざ非公式でまでやることに疑問を抱いているようだ。


 実際、客観的に見ればたしかに意味がないような行動だろう。


「大丈夫大丈夫。意味あるから。うん、あるある、大ありだね」


 しかし、その問いには全力であると言ってやらねばならない。


 お悩み相談と銘を打っておいて、実際はただ仲間内でお喋りするだけの、時間も労力も無駄な部活動。


 それも、非公式でやっているなんて……なんて、馬鹿で愚かな行動だろうか。


 そんなことをするくらいなら、既存の部活に入るか、勉強でもしていた方が有意義だろう。


 だが、そこがいい。


 意味がないことに意味がある。


 こんなことをしている俺を見たら、藍だって俺の評価がどん底を突き抜けていくことだろう。


 それに、何もしない放課後の時間というのがすごく良い。


 ただ教室でお茶を飲んで、適当に雑談をして、時間が過ぎるのを待つ。


 正式な部活じゃないので、そんな贅沢な時間の使い方をしたところで何のお咎めもなし。


 藍と別れるための作戦だったが、それを抜きにしても素晴らしいと思える部活動だ。


 さらに言えば、適当にそんな時間を過ごしているだけなら何かが起こる心配もほとんどないし、その間に他の真の天才たちが台頭してきて、俺の間違った評判もかき消してくれるかもしれない。


 つまり、もう一つの頭痛の種、天才くん問題までも解決してくれるかもしれないという、まさに超絶ラッキーな展開だった。


「むしろ、最初より良い方向に転がってるとも言えるくらいだな……うんうん」


「そう、なの?……」


 満足気にそう呟く俺を見て、サクの目が細まり疑いの色を帯びる。


 まるで俺が何か企んでいるとでも言いたげな表情だ。


「……まぁ、蓮がそこまで言うなら信じるしやるけどさ」


 それでも、何だかんだで手伝ってくれるらしい。


 サクは怒ったところで、結局のところは俺のバカに付き合ってくれる優しい友人なのだ。


「さっすがサクさん!そうこなくっちゃ!」


 まるでそうなることを信じていたかのようにおだてて見せる。


 少しでも機嫌を直してもらうためだ。


 ……ただまぁ、実は、客観的に見ても本当に何の価値もないようなことなだけに「あれ、これやばいかな」なんてちょっと思ってたわけだけども。


 ……それに、俺がサクの立場だったら絶対めんどくさくてやってないからね、うん。


 素直に「凄いなサクは」なんてことを思う。


「楽しくなってきたねー!中学の生徒会を思い出すよー!」


 文音も方針が決定したことで、テンションを上げだした。


 でも、中学の生徒会を思い出してテンションが上がるのはどうかしてると思う。


 俺にとっては思い出したくない記憶すぎるのだ、それは。


 地獄だったでしょ、あれ。


「おいおい、テンション下がること言うなよ文音。相談部はもっとこう……ぬるーくゆるーくやっていくことが大事なんだから」


 何かを成し遂げようとか、問題を解決しようとか、そんな大それたことは考えないし、やってはならない。


 ただただ、のんびりと過ごすことが絶対的な目標なのだ。


「そんなことが大事って……一体何が起こるって言うんだよ……」


 俺が活動方針をしっかりと示してやると、サクが頭を抱え始めた。


(……いやいや、ここは喜ぶところなんだけど?……何で頭抱えてるの?)


 心配しなくても、何かが起こるなんてことはありえない。


 なにしろ、何もしない部活動なんだ。


 何かが起こってしまったらその活動方針がぶれてしまうではないか。


 俺たちはただ、平凡で普通の高校生として、平凡で普通の放課後を過ごすのだ。


 それ以上でも以下でもない。


「よっしゃー!!そうと決まれば……天才くん!サクちゃん!」


 そんな悩めるサクとは対照的に、文音は無理してるんじゃないかって心配になるくらい元気ハツラツに俺たちの名前を呼ぶ。


「……無限の彼方へさあ行くぞ!だよ!」


 そして、文音はどこから引っ張ってきたのかわからないセリフを叫んで、勢いよく立ち上がった。


 彼女は空より高い宇宙の彼方へでも旅立つつもりなんだろうか。


 それくらいにはテンションが高い。


「何が無限の彼方だ、ばかばかしい!…………あっ!……止まれ!止まるんだ文音ー!」


 俺は反射的に、すかさず飛び出していこうとした文音を諫めようとする。


 が、動き出した文音が言うことを聞くはずもなく――


 文音は俺の制止を振り切って、本当に教室を出て行ってしまった。


 そして廊下から「部室探しだー!」という声が聞こえてくる。


「ちょっと待て文音ー!!大きい声を出すなー!!」


(そんな大きい声出したら目立つだろうがー!)


 余計な注目はもう御免なので、文音を大人しくさせるために俺もすぐに立ち上がり、その後を追う。


 俺たちはこうして、夕焼けに照らされながら部室探しをしたのだった。


サク「文音はスペースレンジャーじゃないし、悪者とも戦わないし、レーザーも撃たないし、飛ばないから」

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