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第28話 大体、蓮はいつもいつもいつもいつも――


「…………肉まん部、とか?」


 そんな、さっき聞いたばかりのふざけた名前が俺の口から飛び出す。


「………やっぱり僕、違う部活入るよ」


 サクの声は冷え切っていた。


 その表情からは、明らかに失望の色が見て取れる。


 ……やめて!俺が悪かったからやめて!


「……あーははは!いやいや、冗談だって冗談」


 割と冗談ではなさそうな顔をしていたので、冷や汗ものだ。


 サクは、「はぁー」と溜息をついている。


「本当はその……放課後アフタートーク部、とか?」


 急いで本当に考えていた理想の活動をそのまま名前にしてみる。


 どうせ間をあけたって俺の頭ではまともな案など出はしないのだから、こうやって会話の流れに身を任せた方がいいのだ。


「……まだふざけるつもり?」


「いやいやいや、本当だって本当!」


 本当にそんな感じの適当な部活動が良い。


 それくらいじゃないと何の意味もないかもしれないからだ。


「……本当だとしても、なにそれ、何する部活なのさ」


 サクは俺の本当という言葉を聞いてか、一応は話を進めてくれる。


 しかし、その口調にはまだ疑いの色が濃く残っていた。


「おしゃべりしたり、お茶飲んだり……おしゃべりしたりお茶飲んだり……?」


 だがしかし、こちらに内容を聞かれても何も出てこないままに決まっている。


 だって、最初と何も状況が変わっていないんだから。


 俺は頭をかきながら、苦し紛れに言葉を継ぐ。


「あー、その、あれだよあれ……とにかく、放課後にゆっくりと過ごせる場所があればいいかなって感じで……」


「それだけ?」


「あとほら、誰かのお悩み聞いてあげるーとかもできるし」


 何とかそれっぽいことを付け足すことに成功する。


「お悩み相談……」


 サクが少し考え込むような表情を見せる。


「そうそう!学校生活で困ってることとか、勉強のこととか、人間関係とか……まぁ、色々あるじゃん?」


 むろん、本当にお悩み相談なんて来たとしても話を聞くだけで解決などするつもりは毛頭ないのだが、サクを説得するためにも俺は慌てて話を膨らませる。


「なるほど……それなら一応、部活動としての体は成すかもしれないね」


 サクの表情が少し和らいだ。

 どうやら方向性としては悪くないらしい。


「…………でも蓮、本当にこれ、さっきの目的のために必要なことなの?」


 しかし、まだ完全には信用してもらえていない。


 さっきから俺がふざけてこんなことを言っているんじゃないかと、サクは疑いの目を向けてきている。


 まぁ、それも当然だろう。


 俺は至って真剣なのだが、真剣な内容なんてひとつも出てきていないわけで。


「正直に言って、大分疑ってるんだけど……」


 遂に視線や表情だけでなく、はっきりと言葉で言われてしまう。


 しかし、せっかくサクが乗り気になってくれたのだ。


 ここで俺が折れるわけにはいかない。


 ちゃんとした理由で説得が出来ない俺だが、ひたすらにお願いすることくらいはできる。


 一切スタンスを変えず、同じように頼んでみたら何とかなるかもしれない。


 ……というか、何とかなってくれないかな、本当に。


「どうしても必要なんだよ、そういう部活が」


 押してダメでも押してみろの精神で俺はそう呟く。


 するとここで、文音という名の大きな追い風が再び俺の背中を押してきた。


「私は良いと思うけどなー、楽しそうだし!」


 文音が明るい声で賛成してくれる。


「だって、みんなでお話しして、お茶飲んで、困ってる人助けて……これってなんか、素敵な部活じゃない?」


「文音……」


 サクが少し困ったような表情で文音を見る。


(ありがとう文音!!さすがだ文音!!ナイスだ文音ー!)


 ここで俺が堂々と喜ぶのもサクの気変わりを招きかねないと思ったので、何とか抑え込んだが、見事な後押しだったと心の中で本気の拍手を送る。


 あまりにも文音らしくない、まるで完璧にこの場の空気を読んだかのような手際だ。


 一体どうしたのだろうか。


 今日の文音はいつも通りなのに、いつも通りではない。


 いつにもまして神がかっている。


 もしかしたら、空気を読むというスキルを完璧に習得してしまったのかもしれない。


「はぁー……まぁ、またどうせ言ってないだけで何かあるんだろうし?……もう何でもいいよ、僕は」


 そのおかげで、サクも根負けして投げやり気味に承諾をしてくれた。


 ただ、言っていることが全てなんだが、俺がこれ以上余計な事を言うのはまずい気がするので黙っておこうと静かに決意する。


 兎にも角にも、これにてミッションコンプリートだ。


 よしあとは……サクに任せるだけ、と。


「あーでも、せめてその名前だけでも変えなよ」


「え? いいじゃん放課後アフタートーク部で。……え、ダメ?」


 もうこれにて俺のやることは終わりと思っていたのだが、まだ問題があるらしい。


「そんなんじゃさすがに申請通らないでしょ」


 ……え、そうなの?


「……じゃあ、雑談懇親会とか……野内くんと愉快な仲間たち、とか?」


「いや、それだと名前に部が付いてないから」


 サクが即座に却下する。


「ていうか、ちょっとだけ捻ろうとしてる感じが絶妙にセンスないよね……」


(ぐっ……!)


 バカだなとか、アホだなとかはむしろ大歓迎なのだが、”センスが無い”という言葉はそれこそ絶妙に傷つく。


 もしかしたら言ってほしくない言葉トップ3に入ってくるかもしれない。


 ……ちなみに余談だが、1位は”天才くん”で、2位が”臭い”だ。


「センスって……そんなに重要?」


「名前は大事でしょ。第一印象を決めるからね」


 サクが真剣な表情で答える。


「……じ、じゃあ何ならいいんだよ」


 チクチク言葉への意趣返しだ。


 センスの良い回答を期待してサクに質問を回す。


「無難に相談部とかでいいでしょ。……文音もそれでいいよね?」


 しかし、俺も「確かにそれでいいじゃん」って感じるような回答を返された挙句、サクは俺ではなく文音の同意を求めた。


 わざとか否か、俺が乗って来た文音という名のビッグウェーブの上にサクも合流してきた形だ。


「えー、私は肉まん部が良かったなー」


「まだ言ってたの……」


(俺もそれが良かったなー……)


 俺が言うとサクが怒りそうなので絶対に口にはしないが、俺も文音の意見に激しく同意する。


「……ともかく、学校で困ってる人たちの相談に乗って問題解決を計るのが目的の部活動ってことでいいんじゃないかな」


 話が進まなさそうなことを察したのか面倒になったのかは分からないが、サクがそうやって結論を出してくれた。


 本当に頼りになる友人だ。


 今更な話だが、進学先を隠していたことを少しだけ後ろめたくも思う。


「そうだな。……じゃっ!それに決定ってことだし、その方向で部活申請しといてよ、サク――」


「それは自分でやって」


「あ、はい……」


 当然のように後のことはサクに任せるつもりだったのだが、圧倒的な威圧で拒否されてしまう。


 この厳とした態度から、頼み込んでも聞き入れてもらえないだろうなということを悟ってしまう。


 どうやっても無理そうだ。


(なんか……自分でやらなきゃってなると、めちゃくちゃ面倒になってきたな……)


 ……どうしよう。


 ていうか、そもそもの話、俺は生徒会室になんて近づきたくない。


 ……なんとなく、生徒会長には近づいたらまずい気がするし。


「……やっぱり、やめとこうかなー……なんて?」


 そんな心境から、ついつい口から声が漏れ出てしまった。


「――――は?」


(……あ、やばい)


 空気が一気に凍りついた。


「やめるって、何を?……まさか、部活のこと……じゃないよね? ねぇ……蓮?」


 サクは相当にお怒りの様子だ。


 その声音は可愛らしいものではなく、眼差しは鋭い。

 まるで獲物を狙う肉食動物のような迫力がある。


「いやいやいや、違う違う、冗談だって冗談!いつもの冗談!はははは……」


 危機を感じ取ったことで、速攻で前言を撤回しに向かったのだが――


「…………あのさ」


 覆水盆に返らず。

 やってしまったことを悔いても元には戻らず、言ってしまった言葉は取り消せない。


「……この際だから言っておくけどさ、ホントその性格だけ何とかならないの? 大体、蓮はいつもいつもいつもいつも――」


 俺の無能ぶりに散々振り回され鬱憤が貯まっていたのか、これを機に長くなりそうな説教が始まってしまった。


 こうなってしまっては沈めるのは俺には困難というか、ほぼ不可能だ。


 時間を置くしか手がないだろう。


「ご、ごめんって……あの、その……じゃあ俺、行ってくるから!!」


 俺は謝りながら、二人を置いてその場を足早に立ち去ろうとする。


 それしか手が無いのだから仕方がない。


「ちょっ、まだ話が――」


 後ろからサクに呼び止められそうになったが、聞かぬふりをして素早く教室を出た。


 申請を出しに行く心労と、サクの説教を受け続ける苦痛を比べたら、不思議と決断が早くなったのだ。


 後者は、ぐうの音も出ない状況だけにきつすぎるしね……


 考えてみれば、生徒会に行きたくないってのも俺が何となく生徒会長に会いたくないってだけで、ただ申請を出しに行くだけの簡単なお仕事だ。


 この場面で選択を迫られたなら、そりゃそっちを選ぶに決まってる。


「おー!!行け行けー、天才くん!ぶちかましてこーい!!」


 教室を出たところで、文音からの激励が聞こえてくる。


 説教を垂れるサクじゃなくて、それを振り払って出て行った俺のことを応援してくれているようだ。


 それ自体は、嬉しい。


 だけど――


「……俺に一体、なにをぶちかませと?」


 今から向かう場所は、むしろ絶対に何もぶちかましちゃいけないところだ。


 もし何かやらかしでもしたら、その瞬間俺の高校生活は終焉を迎えるだろう。


 だから絶対に、ぶちかましなどしない。


 静かに、目立たないように、書類を提出して帰ってくるだけ。


「つーよいーつーよいーはんしーんタイガース~♪」


 覚悟を決め歩き出した俺の後ろからは、そんな呑気な歌声が響いてくる。


 文音の好きな野球球団の応援歌だ。


「はぁー……面倒だけど、とっとと申請してもう帰ろう……」


 俺は下駄箱まで続くホールで文音の歌声を聞きながら、これからの段取りを頭の中で整理した。


 生徒会室に行く、申請書を提出する、帰る。


 よし、シンプルだ。


 きっと大丈夫だろう。


 何も問題は起こらない。


 そんな風に自分に言い聞かせながら、俺は靴を履き替え特別教室棟へと足を進める。


 そうして――


 無事に生徒会室へと辿り着き、創部を申請しようとした俺だったが、申し込みすらできずにあっさりと追い返されてしまったのだった。


サク「大体、蓮はいつもいつもいつもいつも人を巻き込んでおいて、何の説明もしないし、面倒なことがあると毎回毎回こっちに丸投げする!中学の時だってそうだった!はじめての生徒会長選挙の演説の原稿書きは僕に丸投げしてきたし、当日になったら『やっぱりやめる』って何さあれ!?結果的に蓮の作戦通りに上手くいったから有耶無耶になってるけど、僕まだあれ根に持ってるから!

それからあのときの文化祭の実行委員も!『みんなで素晴らしい文化祭にしよう』なんて格好いいこと言っておいて、準備が大変になったら『風邪ひいた』って嘘ついてどっか行っちゃって!結局あのとき何処で何をしてあの売り上げになったのかも教えてくれないし!僕と文音がどれだけ大変だったか分かってる?結果にさえ貢献すれば何でもいいと思ってない?そんなわけないから!

今回だってそう!『部活を作る』なんてことだけ言って集めておいて、細かいところは教えてくれないし、聞いても具体的な内容は何も考えてないだの、申請は僕に任せようとするし、挙句の果てに『やめる』って何!?自分で言い出した、必要な事なんでしょ!?無責任にも程があるでしょ!!

いつもいつもいつも自分だけの考えだけで行動して、周りの人のことを考えてないくせに巻き込んで、そのくせ面倒ごとだけは押し付けて逃げる。それでも結果だけは出すもんだから文句も言いづらくて……憎たらしいったらないよほんとに!

大体ね、藍さんと別れたいからって部活作るなんて発想がそもそも意味不明なんだから、説明なしでそれを僕たちに協力させようとするなんてどうかしてるの?そもそも別れるための作戦って何なのほんとに、別れようって言えばいいんじゃないの?違うの?ねえ!文音は優しいから『天才くんだから』なんて言ってくれるだろうけどね、僕はもう限界!蓮のそういうところ、本当に直してほしいよ……」

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