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第27話 部活やろうぜ!


「――で? これはどういうことなのか説明してくれる?」


 放課後の10組の教室には俺、サク、文音の三人が固まって座っていた。


 俺の前の席にサク、左に文音といった配置だ。


 今はサクが携帯の画面をこちらに向けてきてそんなことを聞いてきている。


 その画面に映し出されているのは、俺が勢いで送ってしまった文面だ。


『部活を作るよ、全員集合』という、我ながら雑すぎるメッセージが表示されている。


「え?……どういうこともなにも、ずばりそういうことなんだけど……」


「……いや、そういうことってね……もっと詳しく教えてって言ってるんだよ僕は」


 サクの声音には、いつもより幾分険しさが含まれている。


 普段なら俺のふざけた態度にも比較的寛容なサクだが、今日はどうも調子が違うようだ。

 眉間にしわが寄り、いつもの優しく甘い表情が見当たらない。


「く、詳しくって?」


 それ以上も以下もない、ほんとうにただの思いつきの案。


 当然、詳しい話なんてない。


 何ならここから先はサクに全部任せようとしていたくらいだ。


 内心、かなり焦っている。


 それに、サクの真剣な眼差しと、文音の興味深そうな視線を受けているためか、ものすごく居心地が悪い。


 教室の静寂が余計にプレッシャーを感じさせる。


「……はあ、蓮が言い出したんでしょ?『部活を作るよ、全員集合』なんてさ」


 サクが溜息混じりに携帯画面を指差す。


 その仕草からは、明らかに呆れの色が見て取れた。


「細かいところは……まぁ、適当でいいんじゃない?」


 サクに投げ出せば間違いなく即却下コースだと悟った俺は、細かいところをノリだけで詰めていくことにする。


 しかし、この戦略は完全に裏目に出た。


「いや、何で言い出しっぺが一番面倒くさそうなのさ……」


 サクの声がだんだんと低くなっていく。


 これは危険な兆候だ。


「どんな理由で、何の部活を作りたいかとか、そういうのちゃんと教えてもらわないと。僕だって色んなところから声かけられてるんだからさ」


(……し、しまった!)


 ……失敗した!


 この真面目が擬人化しているようなサク相手にこれは愚策だと今更ながら気が付かされる。


 後悔してももう遅い。


 何も具体的な案が無い状態の俺に、細かいところを教えろと言われてしまう。


 さらに、今の発言から、どうやら指定席に座ったことで名前が知れたサクには部活動の勧誘が色々なところから来ているらしいことが判明した。


 これは思っていたよりも説得が難しそうだ。


(あれ……?)


 しかし、ここでひとつのちょっとした疑問が浮かんでくる。


(ていうか、特別指定席の俺には?……勧誘なんてどこからも来てないんだけど……?)


 もちろん説得云々が一番大事なのだが、ここで一旦、たった今判明した残念な事実に気を取られてしまう。


(こんなの、ホントに座り損なだけじゃん……特別指定席……)


 ……まぁ、来たら来たで面倒だし、そもそも名前が広まりそうだしで来てほしくもないんだけどさ。


 なんか一つも来ないってのも寂しいっていうか、なんというか……


 ……いや、ほんとに今でも座りたくなかったって思ってるし、やり直せるなら絶対に座らないんだけど。


 特別指定席に座ったのにまったく特別扱いされていないってのは如何なものか。


 あぁ、いや、それでいいっていうか、それのがもちろん良いんだけど、何とも言えない複雑な感情に俺の心がざわついてしまう。


(おっと……いかんいかん)


 そんなことよりも、サクをどう説得したものだろうかということに全力を出すべきだった。


 そのことを思い出した俺は、無い脳みそに血管を集めるイメージで神経を集中させる。


「はいはーい!」


 すると、そこで突然文音が手をパタパタと振りながら割り込んできた。


(……ナイスだ、文音!)


 こういうとき、なりふり構わず会話に参戦してきてくれる文音はすごく有難く感じる。


 今、この瞬間だけは間違いなく俺のヒーローだ。


「私、肉まん部とかやりたい!」


 俺の焦りなど知る由もなく、能天気でいつも通りな文音が大きな声を出す。


 その声は無人の教室に響き渡り、近くにいた俺の鼓膜を震わせた。


「……肉まん部って何するの?」


 サクが困惑した表情で尋ねる。


「肉まん食べるんだよ!それから、美味しい肉まん探しとか!」


 文音が目を輝かせながら答える。


「それは……部活動として認められないと思うよ……」


「えー、なんで? 楽しそうじゃん!天才くんもそう思うでしょ?」


 文音が俺の方を向いて同意を求めてくる。


 確かに楽しそうではあるが、サクの機嫌を損ねそうで何も言えない。


 若干の苛立ちが見て取れるサクとは違い、文音は本当にいつも通りだなと思う。


 しかし――


 そんな文音をサクはチラと見ると、少し怪訝な顔をしていた。


 いつもなら軽く流すところなのに、今日は本当にご機嫌斜めなのだろうか。


 それは……あんまり良くない流れかもしれない。


「……で?……どうなのさ」


 サクは確かに怪訝な顔をしていたのだが、そのまま冷静に文音の提案を脇に置くと、間をあけることなく俺に詰め寄ってくる。


「ど、どうって?」


「……どんな理由があるのかってことだよ」


 俺がおどけて見せると、より一層表情が険しくなる。


 あぁ、もう時間稼ぎは限界かもしれない。


 ……まったく、本当に生真面目というか何というか。


 そういう細かいところまでしっかりしたいのが実にサクらしい。


 普段なら俺も、そんなサクの几帳面さを頼もしく思うのだが、こういう俺が詰められる状況では困った性格だと感じてしまう。


 まぁ、適当な理由を考える時間も満足に与えてくれなかったことだし、もうそれっぽい言い方で正直に話すしかないだろうと観念する。


「あぁ……どんな理由、ね。もちろん。もちろんあるよ、理由が。……これには深い、ホントに深ーい訳があるんだ」


 俺はゆっくりと覚悟を決め、その、深い深ーい言い訳を話し始めた。


「ほら、あの例の彼女……藍と別れるためには……その、とにかくこうするしかなくて…………なぁ、たのむ!協力してくれよ!お願いだよ!もう限界なんだよぉぉ!!」


 深い話が――終わった。


 ……いざ言葉にしてみようとすると、「藍と別れたいから」っていう随分と浅い、浅すぎる理由でとくに語ることもなかったために、すぐに方向転換して頭を下げることしかできなかった。


「いや、全く説明になってないし……」


 サクが呆れ果てた表情で俺を見る。


「だからって何で新しく部活作らなきゃなの――」


 そんな俺に真面目なサクはもちろん食いかかってきたのだが――


「よく言った天才くん!!!……サクちゃん!!天才くんのためだよ!作ろうよ部活!!!善は急げだよ!!」


 サクの言葉を遮って、食い入るように文音がのっかってきた。


 その勢いは、まるで俺の心の声を聞いて援護してくれているかのように完璧だ。


 文音の瞳は輝いており、本心から俺を応援してくれているのが伝わってくる。


「おおお……やってくれるのか文音!……ありがとう、心の友よ!!」


 この援軍の手を掴まないわけにはいかない。


 サクを乗り気にさせるのに、文音という加勢はまさに百人力だ。


 だから、珍しく正しい日本語を使ってきた文音に対して、


「そこは、急げば善とか言えよ!」なんて……


 そんな野暮なツッコみは絶対にしない。


 それで文音と揉めるのは避けるべきだし、こんなことでせっかくの味方を失いたくない。


 俺の短慮な言葉だけでは、サクの論理にかなうはずがないのだから。


(さぁ、ここからが本当の闘いだ。サク、絶対に説得を――)


 ――してみせよう。


 と、したのだが。


「……文音?」


 サクは何故か真面目な表情で文音を見ていて、流れに乗って意気込んだこちらを見てはいない。


 その視線には、どこか複雑な感情が込められているように見えた。


「――――まぁ、そうだね……そうしようか」


 そして、視線だけを意味ありげに俺の方に向けたあと、そうやって随分とあっさり話を承諾してしまう。


(……?)


 その謎の視線の意味が全く分からない俺は戸惑いしかないので、いつものようにおどけた態度を取るしかない。


 ……まぁ、何はともあれ。


 更に抵抗してくるかと思われたサクがそれ以上の追撃をしてくるつもりはないらしいことだけは分かった。


 これは非常についている流れだ。


 先程から少し怪訝な表情をしていたのが正直気になるところではあるが、このビッグウェーブには是非とも乗っていかなくてはならない。


「分かったよ蓮。僕も協力する」


「ありがとうサク。お前ならやってくれると信じていたよ……」


 あれ、このままだとやってくれなさそうだな、なんて思ってたのは内緒の話だ。


「本当かな、それ……まぁ、どっちでもいいけどさ。……あぁでもその代わり、今度ちょっと話したいことがあるから、その時は逃げないでよ」


 サクの口調にどこか真剣さが混じる。


「話?……って何?」


 どうやら、協力の見返りとして俺にあらたまった話があるらしい。


 何とも水臭いやつだ。


 中学一年生からの付き合いなんだから、そんな見返りとしてじゃなくて相談くらい乗ってやるのに……


(大体、逃げたことなんてないよ……多分)


 重要な局面で逃げすぎてきた人生なので、心当たりがありすぎてもはや記憶にない。


「それは……今度って言ってるでしょ。今はそんなことより、この話を進めるよ……ほら」


「まぁ……うん」


 さりげなく、話をもとに戻されてしまった。


 ホントに何の話なんだろうか?


 サクがこうしてあらたまっていると少し怖い気もするんだけど……


(……あ、もしかしてこの間俺の部屋で探してたエロ本に興味ある、とか?)


 なら、今度探し出して持ってきてやろうかな。


「で?……ホントに何の部活作るつもりなの?」


 サクが本題に戻す。


「え……?」


「え?……」


 ビッグウェーブに乗ったことで話が元の路線、俺の目的に戻って来たのはいいが……


 ……そもそも、肝心の内容を考えることを忘れてしまっていた。


 流れがあったとしても、やはり俺は俺だ。


 まったく、どうしてこんなにも度し難いほどに頭が弱いのか。


 そのことがひどく恨めしい。


(や、やばい!……なにか、なにか無いか……なんでもいいから適当に――)


 適当に、頭の中から言葉を探す。


 なんでもいい、なんでもいいから部活の名前を――


(――あ!)


 俺は咄嗟に見つけ出した、耳に残っていたその名前を口に出す。


「…………肉まん部、とか?」


サク「射撃部とか杖道部とか気になってたんだけどな……」

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