表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

27/70

第26話 解決策②


「ねえ、藍ちゃん。部活ってどうする?」


 あれから、あっという間に4月も過ぎ去り。


 だからといって俺が抱えた問題も解決しないままに5月へ突入し、連休前で日本中が心浮き立っているそんな時期。


 城才学園高校・1年生の教室棟では、いたるところで同じ話題が囁かれていた。


 俺の隣の席からも、可愛く元気で明るすぎるくらいの声が聞こえてくる。


「私はピアノで入学したようなものだから音楽部に入る予定よ」


 その声に、目の前の席の藍が答えを返した。


 俺以外の人、特につぼみんの前では口調が比較的柔らかい。


 この二人の友情は順調に育っているようで、見ていて微笑ましい光景でもある。


 だが俺にとっては複雑な心境だ。


 藍がつぼみんといる時は人間らしい一面を見せるだけに、俺に対する態度との落差が余計に際立ってしまうから。


「へーピアノかー、テニス部誘おうと思ったんだけどなー」


「テニスかー、いいね。俺、そこ入ろうかな」


「……へ?」


 そんな和やかな日常に突然、横槍を入れるかのような声。


 何の前触れもなく、急に二人の会話に参入したのは、紛れもなく俺の口だった。


 当然、つぼみんとて俺に話しかけていたわけではないので驚いている。


「野内くんってテニス出来るの?……ていうか、運動までできる感じ?」


 しかし、さすがはキャビキャビ系女子つぼみんだ。


 俺の乱入には驚いたものの、あっという間に俺に会話を振ってくる。


 目の前で後ろを振り向いているのに、目すら合わせてくれない冷血女とは格が違う。


 つぼみんの社交性の高さには本当に感心する。


 彼女がいてくれるおかげで、教室での会話が自然に続いていく。


 もし彼女がいなかったら、俺と藍の間に流れる気まずい空気に誰も気づかずにはいられなかっただろう。


 でも……「まで」ってなんだ、「まで」って。


 運動「しか」、の間違いだよつぼみん……


 そんな、何だか含みのある言い回しに引っ掛かりを覚えはしたが、気にしないことにして会話を続けることにする。


「運動くらいしかできないってくらいには、運動が出来るよ(ドヤッ)」


「……へ、へぇーそうなんだ。なら、一緒にテニス部の仮入部行く?」


 俺がドヤりすぎたのか、若干引き気味だったのだが、それでも見捨てず提案までしてくれている。


 つぼみんはまさにできる女子って感じだ。


 そこで新しい運命的な出会いがあるかもしれない。


 会話に食い込んだのも正直つぼみん周りには可愛い子が多そうだなって思ったからだったし、予定通りだった。


 テニス部には美人が多いというのは中学時代から聞いていた話だし、そこで素敵な出会いがあれば藍との関係にも突破口が見えるかもしれない。


 なので、ここは迷わず、是非ともオッケーを出したいところ――


 だったのだが。


「つぼみ、男子と女子は基本別の部活動よ」


「あ、そうだったそうだった。ごめんね野内くん、うっかりしてたよ」


(くっ……!)


 ……普通、男子と女子の部活が分かれている事を俺も失念していた。

 中学の時に生徒会しかやってなかった弊害だ。


「あーそうだよね。大丈夫大丈夫……」


 ショックを隠すため、自分に言い聞かせるようにそう呟く。


「でも、じゃあ何入ろうかなー俺」


 本当にどこに入ろうかというのは悩んでいることだったので、話の流れでつぼみんにアドバイスを貰えないか聞いてみる。


 しかし――


「……貴方、運動ができるって言ってたけど、実際はどのくらいできるの?」


 返って来たのは可愛いつぼみんのキャピキャピ声ではなく。


 俺の目下ストレス対象である彼女――藍の厳しめの声音での質問だった。


 その真意は分からないが、つぼみんの前だと口調が大人しめなので普通の会話が成り立ちやすいので比較的易しめだ。


 つぼみんの前ならばまともに話せるというのが、藍の交際において唯一にして最大の弱点ともいえる発見だった。


「そら、もう……こう……すごく、ですよ……」


 言葉に詰まりながらも、敬語だけは忘れない。


 つぼみんにもこの異常なやりとりからこいつのやばさを感じ取ってほしいからずっとこうしている。


「…………」


 藍は黙りこくっている。


 つぼみんも何故か何も言ってくれない。


 沈黙が重く、思わず催促を飛ばしてしまう。


「……あの、何か言ってくれてもいいんですよ?」


「……ファイトだよ!野内くん!」


 すると、まさかの励ましを貰ってしまった。

 どうやら何か勘違いをさせてしまったようだと気が付く。


「いやいや、カッコつけてるとかじゃなくてね!? こう……ほんとにできるんだってば!」


「いやー……まー、説得力が、ねぇー?」


 つぼみんすら疑っているらしい。


 こういうとき、自分の貧相な語彙力が恨めしい。


 中学では生徒会が忙しかったので部活はやってなかったし、習い事だってしていなかった。


 だから、こう……パって示せる実績のようなものがないんだ、俺には。


 運動神経には自信があるが、それを証明する手段がない。

 体育の授業もまだ本格的に始まっていないし、体力測定なども5月の体育テストからということで、今は運動をする機会に恵まれていないからそこでも証明できない。


 中学時代は確かに生徒会活動に忙殺されていたが、それでも体育の授業や体育祭では同級生たちから一目置かれる存在だった。

 だが、今の状況ではその実力を示す術がないのが歯がゆい。


「まぁ、何でもいいわ。せいぜい頑張りなさい。本当に運動が出来るなら、ね。結果を出せたら少しは見直すかもね」


 随分と上から目線な、俺の言ってることが嘘だと決め込んでいる物言いだった。


 俺が運動できるなどとはこれっぽっちも思っていないのだろう。


(くっ……今に見てろよ、この女)


 少しだけむきになってしまう。


 藍の挑発的な態度に、俺の中の負けず嫌いな部分が刺激される。

 普段なら大人しく引き下がるところだが、今回ばかりは俺の数少ない長所を否定されたことに黙っていられない。


「……ふん、そういう藍……様こそどうなんですかね?」


 挑発的に、相手を憤慨させるように言葉を選んでいく。


「ピアノが出来るって度々口にしてますけど、ほんとのところは大したことないんじゃ?……まぁ、本当に?できるなら?俺も拍手喝采を送ってあげたいんですけどね」


 ……言い返してしまった。


 一度もその音色を聞いたことはなかったのでこんなことが言えたが、この驕りようからすれば恐らく……

 日本でもトップクラスの腕を持っているだろうことは容易に想像できる。


 この城才学園に特技推薦で入学してきたと言っていたくらいなので、相当な実力があるはずだ。

 ちなみに、俺は生徒会長をしていたってだけで、面接だけの推薦枠で入って来ている。


 その入り方ひとつ取っただけでも、俺と藍では天と地ほどの差があるだろう。


 しかし、そんな俺の戯言など気にした素振りもなく藍はまただんまりを決め込んでいた。


 代わりにつぼみんが言葉を返してくれる。


「そんなこと言ってると嫌われちゃうよー、野内君……っていうかさ」


 ここで、つぼみんの素朴な疑問が核心を突いてくる。


「つぼみずっと気になってたんだけどさ、二人ってホントに付き合ってるの? 野内くんだけ何で敬語?」


(きた!!)


 つい、ずっと待ち望んでいた質問に勢いでそうやって声を出してしまいそうになる。


 恋人同士で敬語を使うのはたまに見かける光景だが、同級生で片方だけというのが凄く不自然だ。

 今まで俺は、使いたくもない敬語をつぼみんの前でわざとらしく使い、この質問をされることを待っていたのだ。


「あー、それには深い深いわけがあってだな……実はこいつが……っつ!」


 性格最悪女で、交際開始早々に俺に藍様呼びを強制してきたんだ。


 なんてことをぶちまけてやろうとしたのだが――


 ズキッ!、と足に衝撃的な痛みが走り言葉が止まってしまう。


 ――藍が無言のまま、俺の足を踏み抜いてきたのだ。


「実はこいつが?」


「い、いや……なんでもない、です」


 その光景を見たつぼみんが「やっぱり仲良しだー」なんて笑顔になっていたが、こっちは真逆の心情すぎる。


 つぼみんの無邪気な笑顔が、癒してくれるのではなく逆に俺の心を重くする。


 彼女には俺たちの関係の実情が全く見えていない。


 表面的な部分だけを見て、理想的なカップルだと思い込んでいるのだ。


「つぼみ。そろそろ帰りましょ」


 暗い気持ちで俺が沈んでいる最中だというのに、藍はそれを全く気にする様子もなく颯爽と立ち上がる。


「そだねー、じゃあね野内くん、また明日ー」


 彼女に追随するように、つぼみんもこの場に未練などないように立ち上がりそう言う。


 そうして、つぼみんと藍は俺の前から忽ちに姿を消してしまった。


 数名の生徒が談笑をしているこの教室に、俺だけが独りでこの場に取り残される。


「はぁー……」


 高校生活が始まってからも、俺の溜息は止まることを知らないらしい。

 こうやって一日に何回も溜息をついてしまうのだ。


「まったく……本当にわがままな女だな」


 藍は俺と帰宅したあの日以来、俺とではなくつぼみんと一緒に帰宅している。


 どうやら、誰かと一緒にいるだけでも、男避けになるらしいために、同時帰宅を即刻解除されたのだ。


 ……まあいい。


 本当に運動だけは一人前にこなせる俺にとっては、運動部に入ることこそが、最高の普通の青春を送るための絶対的なピースだとは元々思っていたし、中学の時から憧れていたことだ。


 誰に言われずとも、たとえサクや文音の妨害に逢おうとも、これだけは既に決定事項。


 今だけはバカにしているといい。


 そして、運動部での圧倒的な俺の活躍を見て、俺をぜひとも敬い崇めると……


 ……いい?


(あれ?……待てよ…………)


 何か違和感がある。


 俺が運動部に入る。

 そして俺が活躍する。


 そう。


 ここまでは俺の理想通りだったはずだ。

 問題ない。


 しかし、今さっき、この女は何て言っていただろうか――


(俺が、運動部で活躍したら……少し見直す……!?)


 それは――


(――ダ、ダメだ!!)


 聞き捨てならない。


 それだけは、絶対にダメだ。


 俺の目標は藍との関係を解消することなのに、彼女から見直されてしまったら本末転倒。


 むしろ関係がより深くなってしまう可能性すらある。


(お、おいおいおい!こいつ、どこまで俺の青春を無下にすれば気が済むんだよ!!!)


 しかし、それに気づいてしまえばもう正直八方ふさがりだ。


 運動部に入る気満々だったのに、体験すらできずに撤退するしかない。


 この女といかにして別れるかというのが最重要課題な俺にとっては、”少し見直される”ことがどれだけ恐ろしいことか。


(え……でもほんと、どうしよう……運動部以外やりたいことなんてないんだけど……)


 だからといってやりたいことも、出来る事もない。

 趣味の料理だって、部活でまでやりたいかと言われればそうでもない。


(おいーーー!!もうほんと、俺の高校生活こいつのせいでむちゃくちゃだよーーー!!)


 ほんとうに。

 本当にそうだ。


 考えてみれば、俺を悩ませている天才くん問題とこの女の問題は密接につながっている。


 この女と付き合いさえしなければ、教室で速攻目立つこともなかったし、入学式だってクラス全員が出席出来ていた。


 それにあの変なゲームでのこともそうだ。


 この女が俺の席に先生を座らせ俺を困らせようなんてしなければ、俺が10ポイントを獲得するなんてこともなかった。


 改めて、この二つの大問題を解決するためにもこの女と別れることは最優先課題なのだと再認識する。


(で、でも、俺は一体どうしたら……)


 別れたいから別れてください。


 そう言えば、この女も今となれば普通に「ええ、さようなら」って別れてくれるかもしれない。


 しかし、そのあとのことを考えてみろ。


 待っているのは、話題のカップルの最速破局という話題に決まっている。


 入学早々に交際を始めて、わずか一ヶ月で破局。

 そんなスキャンダラスな話題は、確実にクラス中、いや学年中の注目を集めることになるだろう。


 それに、今や俺は天才くんという話題の注目の的で、いわば二つの話題の中心人物だ。


 そんな俺が告白直後に「思ってたのと違ったから」なんて一方的な別れを切り出せば、周りはどう騒ぐだろうか。


 きっと、男子はもったいないだのなんだのと騒ぎ立てるだけだろうが、問題は女子の反応だ。


 女子は一般的に、恋愛関係においては女性の側に同情的になりがちだ。


 特に藍のような人望ある美人が振られた場合、俺への風当たりは相当厳しくなることが予想される。


 まず間違いなく、振った側の俺は超悪者扱いを受ける事になるだろう。


 そうなればそれが尾を引き、この3年間でこれ以降彼女ができない……なんてことになるかもしれない。


 それに、だ。


 ……そもそもの話、相手がこの女とはいえ、単純にすごく言いづらいってことは最初から変わっていない。


(だ、ダメだ……それだけは、イヤだ……)


 俺は、この学校に彼女を求めやってきたんだ。


 青春時代にこんな悪女に弄ばれて、「はい、おしまい」なんて目も当てられない。


 それに、天才だらけだっていうこの学校なら、どう転んだって俺みたいなバカが天才だのなんだのと担ぎ上げられることなんてないだろうって……


 それで、普通の彼女が出来て、普通に幸せな学生生活を送れるだろうって……


 そんなことを思って、勉強もできないくせに無駄に評価が高かったから、推薦使ってまでわざわざ高偏差値のこの学校を選んだのだ。


 本当はカリキュラムがきつそうで嫌だったけど……


 それでも、願いが叶うなら我慢だって……そうやって、ここを選んだのに!!


 ……どうしてこうなってしまうんだろうか。


 今の状況に冷静になってみれば、中学どころの騒ぎじゃない。


 いち早く対処しなければ、想像もできないほど大きな渦に巻き込まれてしまう気がする。


(はぁ……もういっそのことさっさと振ってくんないかな……)


 ……そうしたら楽なのに。


 なんて考えが、ふいにでる。


(………ん?)


 ……振ってくんないかな?


(……そうか、そうすればいいのか!)


 閃いた。


(振っちゃだめなら、フラれればいいだけじゃん!!)


 簡単な話だ。


 こちらから別れを切り出せない以上は、フラレ待ちをする以外に方法はない。

 されど、それをどうやってという問題があるが、それとて簡単な話だ。


 今と何も変わらない。


 より一層、彼女から嫌われるよう立ち振る舞っていくだけでいい。


 そして……


 あっちから別れを切り出させるだけでいい。


 この方法なら、俺が悪者になることもない。

 むしろ振られた側として同情を集めることができるかもしれない。


(そうと決まれば……)


 早速、運動部以外の部活で彼女が嫌いそうな部活を学校のHPで調べ始める。


 適当な運動部に入ろうとしてたためちゃんと見たことは無かったのだが、かなりマイナーな部活まで幅広く存在していた。


 生徒からの高い授業料だけでなく、国からの援助もふんだんにあるだろう名門私立らしいラインナップだ。


(んー……どうしようかな)


 しかし――


 見渡した限りどの部活動もきちんと活動を行っているらしい。


 それではいけない。


 活動をしていては、元々運動が出来ないと思われている今の俺のイメージダウンにはつながらない。


 俺の目標は藍に呆れられることなのだから、真面目に活動している部活では意味がない。


 彼女が「やっぱりこの人はダメね」と思ってくれるような、そんな部活が必要なのだ。


 運動部以外で、ちゃんと活動をしてなくて、何の実績も魅力もないような……


 そんな部活を俺は今求めている。


(ない……)


 だがもちろん――


 そんな部活などあるわけがなかった。


 城才学園のような名門校で、いい加減な部活動が認められているはずがない。


 どの部活も生徒たちが真剣に取り組んでおり、それなりの実績を上げている。


 事態は再び振り出しに戻ってしまう。


(くそっ……!)


 いつもならここで諦めるだろう俺なのだが、今はある種のチャンスともいえる局面だ。

 ここで退いていては、何も変わらないし変えられない。

 この問題を解決しなければ、俺の高校生活は破綻してしまうのだ。

 まだ諦めるわけにはいかない。


(なにか………なにかないか)


 何か、これだ!という名案を無駄かもしれないが全力で探してみる。


 脳内を必死に巡らせ、あらゆる可能性を検討する。

 既存の部活がダメなら、何か別のアプローチはないだろうか。


(あ、そうだ!)


 するとどうしたことか、俺らしくもなく本当に天啓が舞い降りてきた。


(これは……これなら、いける!!)


 俺はHPを閉じると、

 愉快な仲間二人にメールをしたためる。


 その内容はこんなものだ。


『部活を作るよ、全員集合』


 そう――


 ないのならば、作ってしまえばいい。


 既存の部活に満足のいくものがないのなら、自分たちで新しい部活を作ればいい。


 それなら活動内容も自由に決められるし、藍を呆れさせるような部活にすることも可能だ。


 何だ、またまた簡単な話じゃないかと、不気味に笑った俺の姿が画面に反射して見える。


 気が付けば、放課後の教室には俺一人だけが残されていた。



蓮「頑張れ!俺!負けるな!俺!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
こうして我慢大会となる永久機関が完成したんですねぇ……
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ