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第25話 彼とカレーと……


「野内、おはよう」


 翌日、一限前の時間にて知らないクラスメイトが話しかけてきた。


「え。あ、ああ、おはよ。えっ……とごめん、名前教えてもらってもいい?」


 昨日の藍との地獄の下校デートから一夜明け、俺はまだ精神的な疲労が抜けきっていない状態だったが、それでも学校生活は続いていく。


 割と10組のクラスメイト達は元気というか明るいというか、親しみやすいというか……バカっぽいというか。


 昨日だってとにかくいっぱい話しかけては来たのだが、入学式の日とその翌日の午前中しかいなかった俺に対してほとんど名乗りが無い。


 そんな感じに、配慮に欠けている奴らばかりだったので、未だ俺にはつぼみん以外にまともな知り合いがいないのだ。


 え、俺が自分から覚えればいいって?


 ……いやいや、そりゃあ俺はみんなより実質3日も遅れたところにいるようなものなんだから、名前を憶えていなくても仕方がないだろう。


 逆も然りというわけでもないのが複雑だけど。


「あはは、だよな。野内あれからしばらく休んでたし、しょうがないよ。俺は本庄彼方(ほんじょうかなた)だ、よろしく」


「そういってもらえると助かるよ。よろしくな彼方。あ、俺のことは蓮って呼んで」


 彼方は随分と気さくな感じだが、見た目に関しては……背も普通で、顔も普通。


 体格も普通で、喋り方も普通。


 これが「ザ・高校生」といった感じの見た目をしている。


 物語で言えば、村人Aや知人Bといったところだろう。


 本当に大して言及するところがないのだが(失礼)、それがこの学校では却っていい感じだ。


 ……うん、いい。


 そういう普通さに俺は安心感を覚える。


 周りからの評価は分からないが、少なくとも俺からの彼方の心象は素晴らしい。


 何か、とてもシンパシーを感じる。


「おっけー、分かった。蓮、な」


「で、どうした? 急に」


 急に話しかけられたために、何かがあったのかと考え聞いてみる。


 朝からこんなふうに話しかけられることは珍しい。


 いつもなら一人で時間を潰しているところだ。


「あーいや、別に大したことじゃないんだけど。蓮ってあれから4組行ったのかなって気になってさ」


「え?……4組?……あれから?」


 すると、まったくわけがわからない返答が返ってきてしまう。


 なぜ俺が4組に行くことになるのだろうか。


 そもそも「あれから」というのが何を指しているのかもよくわからない。


「ほら、あれだよ、アイドルのリボンちゃん。この前、俺らのクラスに蓮のこと訪ねてきてただろ?」


「アイドルの……リボンちゃん?」


 だ……


(誰だ、それ……)


 アイドルという単語に一瞬戸惑う。


 ……え、この学校ってアイドルがいるの?


「野内さんと付き合ってるってのに、リボンちゃんからもアプローチされるなんて羨ましすぎるわ、さすがに」


 まるで知らない人の名前を出されたばかりか、アプローチだのなんだのとわけのわからない話の内容に困惑を隠せない。

 当の本人である俺が初耳だ。


「そんな人知らないんだけど……それ、俺が休んでた時の話じゃない?……ていうか、人違いじゃないの?」


 可能性があるとすれば、俺がいない3日間のうちのどこかで訪ねてきていたか、そもそも俺のことじゃないってパターンだと思ったのだが、まさかの答えが返ってくる。


「え……?いやいやいや、入学式の日だぞ?実際にここでお礼言われてたじゃん、ポイントありがとうって」


 ――入学式の日、ポイント、お礼。


 その3つのキーワードから、俺の弱すぎる脳内コンピューターをフル稼働させ記憶を遡ると、たしかにあの日お礼を言いに来た女子生徒がいたことを思い出した。


 そうだった。


 クラス対抗ゲーム関連のことが全て終わった後、教室に来てわざわざお礼を言ってくれた女子がいた。

 確か、可愛らしい印象の子だったような気がする。


 適当に、こちらの勝手な都合でポイントを譲渡した形だったからお礼なんていらなかったというのに、律儀に教室まで来たことを感心した覚えがある。


 ……まぁすっかり忘れてたわけだから、覚えがあるのかどうかは微妙なとこなんだけど。


「あ……ああーいたいた!へーあの子、アイドルだったんだ」


 この学校には美男美女が多いので、そこまで俺の記憶に残っているわけではない。


「……たしかに可愛かったかも?」


 なので、適当に気分を損ねないよう話を合わせておくことにした。


「え……」


 ――のだが。


 彼方は何かとんでもないものを見るような視線で俺を見ている。


 まるで宇宙人でも見るかのような、そんな驚愕の表情だ。


 一体何がそんなに驚くべきことなのだろうか。


「じょ、冗談だろ? 蓮……あの、リボンちゃんだぞ?」


「いや……あのって言われても、知らないんだけど」


「あのっ!!……あの、リボンちゃんだぞ?……ほら、よくテレビのバラエティーとか出てるじゃん!!」


 どうやら、知らない方がおかしいくらいの知名度らしい。


 彼方の必死な様子を見ると、本当に有名人なのだろう。


 だが、俺にとっては全く馴染みのない名前だ。


「だから知らないって。俺、テレビなんてずっと見てないし」


 しかし、そんなことは関係ない。


 知らないものは知らないのだ。


 俺はテレビなんて大きいモニターくらいにしか思ってない。


 ここ3年くらいはゲームするときか動画を見るときくらいにしか使ってないし。


「ま、まじか……ほんとに知らなそうだな、おい」


 そんな俺の素っ頓狂な顔を見てか、本当に知らなかったんだなと彼方が理解し、またまた驚いている。


「でも、てことはまさか、リボンちゃんの連絡先聞きに行ってないのか?」


(ん?……連絡先?)


 はて何のことやらと思ったのだが――


 記憶の奥底を探ると、あの日あの時、連絡先を聞かれてやんわりと断った気がすることを思い出す。


 そうだった。


 確かお礼を言いに来た時に、連絡先の交換を申し出られたのだ。


 だが、その時の俺は藍との交際を公表したばかりで、他の女子と連絡先を交換するわけにはいかないと無意識に判断したのだろう。


 そんな悔しい場面すらまともに覚えていないんだから、あの時は本当に参っていたんだなと改めて思う。


「ああー……そういえばそんなことも、あったかも?」


「かもって……」


 実際、あの時は特別指定席を取ってしまったことへの猛烈なストレスからか、何もかもがどうでもよくなっていたので全部の行動が適当だった。


 せっかくの女の子からのアプローチだって無下にできるほどに、だ。


 ていうか、意識がまともでもあの日に藍との交際を公表している時点でそうするしかなかっただろうし、そんなに引きずるような話でもないだろう。


「気が向いたらクラスに来てくれって言ってたけど……いいのか?」


「そんなこと言ってたっけ?……でもまぁ、一回断ってるわけだし、わざわざ聞きに行くのも、ね」


 なので、もうこの話はきっぱりと忘れることにする。


 ちょっとだけ惜しい気持ちも無くはないが、アイドルと仲良しなんてことになったらそれこそ注目の的だし。


「まぁ……たしかにそれもそうか」


 そんな俺の気持ちは理解していないだろうが、適当に流していた会話に彼方は渋々納得していた。


 まぁでも、どのみちやっぱり連絡先教えてよなんてとても言いにいけないので、もうこの話は終わりにしたほうがいい。


「じゃ、そろそろ――」


「ああ! ちょっと待ったちょっと待った。あとひとつだけあんだよ、聞きたかったこと」


 ――席戻れば?


 話を切り上げるためそう言おうとした俺だったが、彼方はそれを事前に察したのか、俺の声を勢いよく遮ってきた。


「まだ何かあるの?」


「一個だけだから、な?いいだろ?」


 俺も露骨にめんどくさがったのだが、それに動じずに彼方は質問をせがんでくる。


 ……まぁ、せっかくできた新しい普通の友人だ。


 めんどくさいってだけで蔑ろにするのもよくないだろう。


 こういう他愛のない会話も、友達との大切なコミュニケーションの一つだし、せっかく話しかけてくれているのだから、ちゃんと応えてあげるべきだ。


 そう考え、質問に答える準備をする。


「……分かった分かった。何でも聞いてくれ。俺に答えられることなら何でも答えるよ」


 もちろん、世の中には俺に答えられることの方が少ないんだけど。


「じゃお言葉に甘えて……蓮、先週休んでただろ?」


「あぁー……うん。まあね」


(またその話か……)


 昨日話したばかりの内容を話すことになりそうで、すこしげんなりする。


 藍と言い、彼方と言い、何でそんなどうでもいいことを聞きたがるんだろうか。


 まぁ、友人同士の他愛のない会話と言えばそれもそうなのかもしれない。


 藍の時は感触が悪かったけど、彼方なら愛想笑いくらいしてくれそうだし快く話してやってもいいか……


 そう思い、話始めようとしたのだが、ここで彼方が随分と素っ頓狂な事を聞いてくる。


「……あれって、入学式みたいに何か企んでる、とかだったりするのか?」


(………………はい?)


 体調不良で休んだだけなのに、まるで何か特別な理由があるかのように詮索される。


(おいおい……)


 第一印象からかなり高評価だった彼方だが、そのあまりに見当違いな質問により俺の中で彼方の株が右肩下がりになる。


(まさか、普通な感じのお前までそんな眉唾な噂に踊らされているとは……)


 見損なったぞ彼方と、肩を落としそうになる。


 しかし――


(……いや? でも、普通だからそりゃ踊らされるのか?)


 ちょっと考えてみれば、普通の人こそ噂に踊らされやすいものだ。


 かくゆう俺もあの人天才なんだってって噂が流れてきたらそういう目で見てしまうだろうし……


 それに、裏でコソコソと勝手に噂が誇張される前にこうして直接聞いてくれて来たことは、正しい情報を伝達できるので有難いのかもしれない。


(まぁ、ならいいか。別に)


 戯けたことを聞いてきたことで一瞬下がった彼方への好感度が、そう思いなおすことで再び元に戻る。


 俺の心をざわつかせる問題のワードこそ出ていないが、目の前にいる彼方が聞きたいことは分かっている。


 つまりは、入学式でクラスの立役者になった俺が突然休みはじめたことを気にかけているのだ。


 もちろんそれは体調を、ではなく、その真意を、だけど。


「ははっ、まさかそんな。ただちょっと体調が悪かっただけだよ」


 聞かれた瞬間は一瞬嫌な顔が出てしまいそうだったが、おどけた様子でそう返す。


「あー、やっぱりそうだよな。ごめんな、変なこと聞いちゃって」


「いいよいいよ、全然問題ナッシング」


 彼方も俺からの直接の説明があったおかげか、それ以上は疑うことなく笑顔で退いてくれたので俺も快く今の質問を許してあげる。


 このまま席に戻ってもらっても良かったのだが、何だかこのままだと俺からの話が少なく寂しい気もしたので、少しだけどうでもいい話を加えておくことにした。


「あー……でも休んだおかげで連休になったからさー、この通り……休みすぎて元より元気になってるかも」


 元気ですと言わんばかりに腕を組んで見せる。


「やっぱりほら、一昨日カレー作って食べたから、俺」


 それに、周りのみんなに臭いと言及されるまえに伝えておきたかったことでもあるので、比較的大きめの声でそう話した。


 もしかしたら、周囲の人たちは既に俺の服の匂いでお気づきかもしれないが、俺はカレーが大好物だ。


 栄養バランスも良いし、スパイスの効果で体も温まる。


 何より美味しいから心も満たされる。


 ガキっぽくてもバカっぽくても、これだけは胸を張って言い続けたい。


 俺は……カレーが大好きだ!と。


「…………カ、カレー?……ふ、ふーん」


(……あれ、カレー嫌いだった?)


 しかし、それを聞いた彼方は何だか変な顔をしていた。


 明らかに俺のカレー食べたら元気になる理論に対して疑問を持ってる感じだ。


 その後すぐに「でも、よかったね。治って」なんて言ってきてくれてるのがその証拠。


 世の中にカレーが嫌いな人なんていないと思ってたけど、そういう人がいてもおかしくない。


 それに、食べ物の好き嫌いは人それぞれだから、無理に勧めるつもりはない。


「あ、もうすぐ授業始まっちゃいそうだから俺戻るよ。じゃ、またな、蓮」


 高校始まって以来、初めてといえる同性の友達との会話がまもなく終わりを告げる。


 一限目の授業が近づいてきたのだ。


 そう言った彼方が、席へと戻るため俺に背を向けた――


 ――その時だった。


「あ!待ってくれ彼方」


 俺の目にあるものが入ってきたので、思わず彼方を引き留めてしまう。


「ん? どうした?」


 引き留めた俺への疑問と授業の準備をしなければならないという焦りからか、彼方は完全には振り返らずに左半身だけを俺の方へと顔ごと向けた。


 しかし、それにより俺はそれが何なのか確信することになる。


 ――間違いない。


 ――あれだけは、見間違えない。


 あれは――


 あの独特の色合いと質感は――


「何かついてるぞ、彼方……ほれ、そこそこ」


「え?……何かって何が…………っ!?」


 彼方は想像以上に驚いている。


「あ、あぁ……ほんとだ。ありがとう……洗ってくるよ」


 制服のブレザーについている黒いような……茶色いような……黄色のような、染み。


 あれは――


 ――カレーだ。


 しかし、もしかしたら別の……


 そう。


 もしかしたら……トイレで何かが付いてしまったって可能性も場所的に捨てきれなかったので、何か付いてるなんて言い方をしておいた。


 だけど、カレー好きな俺の審美眼を舐めてはいけない。


 あれはきっとカレーだ。


 絶対カレーだ。


 ……というか、そうであってほしい。


 ……彼方の印象が悪くなりそうだから。


(あれ……でもそういえば、さっきカレー嫌ってそうだったような……)


 しかし、あの彼方の驚き顔を見るとどうしてもその可能性の方が頭をちらついてしまう。


 もしカレーが好きなら、俺がカレーの話をした時にもっと食いついてきたはずなんじゃないのか?


 でも実際は微妙な反応だったし……ということは……嫌いで確定……


 それに、入学式のあの日、トイレに籠っていた俺はこの学校の人間の便意の凄まじさをよく知っている。


 最初に来たやつなんて漏らしていたくらいだ。


 思い返せば、あれは彼方だったんじゃないのかとさえ思えてくる。


 声なんてもちろん思い出せないし、姿も見ていない。


 だけど、今はあの染みがカレーと言われるよりも、あの時漏らしていたのが彼方だって言われた方が納得できてしまえる。


 何だか、嫌な方向で点と点が線で繋がってしまいそうな予感がある。


(いや……もう、よそう……いいじゃないか、なんだって)


 知らぬが仏。聞かぬが花。


 俺からは何も聞かないし、何も触れない。


 もうこのことは忘れてやろう。


 俺だって鬼じゃないんだ。


 ……それに、俺もそんな真実なんて知りたくないから。


 まだ知り合ったばかりの友達を探ろうだなんて、そんな野暮な真似はしないと誓う。


(あいつ……もしかしたら、俺並みの相当なポンコツなのかもな……)


 そんなことを考えながら、俺は一限目の授業の準備を始める。


 彼方との友情は、こうして少し複雑だが温かい形で始まったのかもしれない。


蓮「今日のご飯がカレーの人、ごめん」

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