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第22話 事の顛末

 

 俺の頭を悩ませているこの”天才くん”問題。


 その火種となったのは、入学式当日。


 まだ記憶に新しすぎる、欠席した生徒などほぼいないであろう教室分けレクリエーション『学年別・クラス対抗イス取りゲーム』での出来事。


 ――俺が特別指定席を確保してしまい、10組を勝たせてしまったことにある。


 あの時のことを思い返すと、今でも胃がキリキリと痛んでくる。


 実際のところ、俺は何もしていない。

 本当に何も。

 ただ教室の前の方、先生用の席に座っていただけなのだ。

 それがまさか10ポイントもの価値を持つ特別指定席だったなんて、知るわけがないじゃないか。


 しかし、結果だけを見れば俺が10組に大勝をもたらした英雄ということになってしまった。


 結果発表が行われた直後、10組教室が歓喜の渦に巻かれていたのは語るまでもない。


「野内、お前マジですげぇよ!」


 という賛辞の言葉だったり、


「どうやって分かったんだ!?」


 という疑念と驚愕の言葉だったり、


「……………おめでとう」


 という、ここは一応は喜ぶ場面だろうに、一体俺の何がそんなに気に食わないのか、随分と上から目線な、その真意が汲み取れなさすぎる藍の言葉だったり、と様々な反応があった。


 俺はもちろん半分放心状態だったのだが、人間の身体というものはよく出来ているもので、それでも状況判断のため勝手に耳が情報を集めようとしていたのを覚えている。


 だがそれでも状況が鮮明に分かるような言葉など早々拾えるものでもなく、俺のおかげ(何もしていない)でこのゲームに勝利した?であろうこと以外はその時は正直何も分からなかった。


 しかし悲しきかな。

 俺はこういう意味不明な場面には慣れっこだったため、状況も分からないというのに気が付けば体が勝手に動いてしまっていた。


「(ぐっ!)」


 無言でのサムシングポーズ。

 それに続くようにして、クラス中が勝鬨をあげた。


 この時の俺の心境をより正確に表現するとすれば、


(もう……なんか知らんけど皆喜んでるし、俺も喜んどこう)


 という感じだっただろう。

 深く考えることを放棄し、とりあえず場の空気に合わせておこうという、ある意味で自己防衛的な反応だったのかもしれない。


 ――それから少し落ち着いた後、話を聞くにどうやら距離格差がある教室を公平に振り分けるゲームをやっていたらしいことが分かった。


 このゲームの詳細を聞いた時、俺は思い描いていた城才学園という学校の認識を改めることになる。


 パンフレットでは、軍隊のように雁字搦めなカリキュラムをしているという情報だったが、どうやら実態は大分違うものみたいだった。


 だって、普通の高校なら、教室の振り分けなんて事務的に決められるものだろう。


 それをわざわざゲーム形式にして生徒同士で本気の争いをさせるなんて、どう考えてもおかしい。


 だからだろうか。

 厳しいカリキュラムを覚悟してでもここに入った俺からすれば、大変うれしい誤算だったはずなのに、全く違う方向で俺の不安感が駆り立てられた。


 ――そして、話を進めていくと、俺がたちまち人気者になってしまった原因の特別指定席というのは、生徒会長が直前になってわざわざ設定した、いわばこのゲームのメインとなる要素だったようだということも分かった。


 つまり、生徒会長が即興で追加したルールによって、俺の運命が大きく変わってしまったのだ。


 まったく、本当に……本当の本当に迷惑な話なんだが、憎むべき相手が生徒会長だというのならさすがに楯突くわけにもいかない。


 だって、絶対余計に目立っちゃうだろうし……


 まずそもそもの話、見たこともないが絶対に俺が歯向かっても適うはずがないということだけはハッキリしているので、割り切ってこの場では大人しく担ぎ上げられておくことにした。


 ここで下手に「俺は何もやってない!」なんて意見しようものなら、謙虚だ何だと余計に盛り上がってしまう可能性も全然あるだろう。


 実際、中学時代にも似たような経験がいくつもあった。


 正直に「間違いです」と言っても、「謙虚すぎる」「あれでも自慢げにならないのがすごい」と余計に持ち上げられてしまったことなんてざらにある。


 あの時の教訓を活かし、今回は黙っていることにしたのだ。


 ――そんなこんなで、俺が獲得したポイントを持ってして、晴れて10組は1組が使用していた、この教室棟で最もアクセスの良い教室を使用することになったのだった。


 その点だけは俺も非常に喜ばしかったので、今回の手柄くらいは甘んじて受け入れようという気持ちになれたものだ。


 城才学園の敷地は本当に広大で、教室棟だって一日の大半を過ごす場所だからか、教室によってはかなりの距離格差がある。

 1組の教室は玄関に近いだけでなく、加えて言えば前半クラス用のトイレや購買部へのアクセスも良好。

 特別教室棟なんかへの移動も最も手早く行える。


 その反対に、奥の方の教室になると、移動だけで結構な時間がかかってしまうのだ。


 だから、実用性(特に俺は朝が弱めだから登校猶予が長くなること)を考えれば、確かにありがたい結果だった。


 また、その際に余剰ポイントが多かったので、場所が遠くなりそうだったサクのクラスにポイントを譲渡した。


 ……やっぱり友達だからね、遠いの可哀想だし。


 しかし、サクのクラスだけだと他のクラスからのやっかみをお互いに買いかねないと指摘されたので、適当に2クラス選んでポイントをあげることになったりして、そうして10組が大勝を収めたこのゲームは幕を閉じたのだった。


 ――――のだが。


 問題はその後だ。


 どうやらゲーム中に文音が俺のクラスに尋ねて来ており、その際に俺のことを”天才くん”と呼んでいたらしい。


 これが全ての元凶だった。


 文音の”天才くん”という呼び方は中学時代からのもので、彼女なりの愛称のつもりなのだろう。


 しかし、それが他の人の耳に入ってしまったことで、俺の”天才”というイメージが急速に広まってしまったという過去を持つ。


 だから俺は注意をしていたつもりだったんだが、考えてみれば今さらそんな簡単に呼び方を変えてくれるわけもなく……


 そんな些細な事がたちまちに、俺の平穏を吹き飛ばし始めることになる。


 あれは――


 ゲームが一件落着し、やっと新しいクラスや学校のことに集中することになるはずだった入学式翌日のこと。


「そういや野内って、なんであの子……千条さんから天才くん?って呼ばれてんの?……ていうか、千条さん紹介してくれない?」


 唐突に、そんな声が掛けられる。

 紹介云々の部分は勝手にやってろくらいにしか思わないのでスルーだが、そんなことよりも名前も知らないクラスメイトからその呼び名が出たことに冷や汗が噴出した。


「…………え?……身に覚えがないんだけど?何の話?」


 そんな感じに、もちろん全力で誤魔化して見せたりしたのだが……


 しかし、運命というものは俺に対してだけは、いつだって残酷だ。


「天才くーん、今日例の駅前の肉まん行くぞーってサクちゃんが」


「…………」


「ほら」


「…………」


 ――というように、俺の安寧はいとも簡単に、悉く打ち砕かれてしまったのだ。


 この時の文音の登場タイミングは、まるで計算されていたかのような完璧さだった。

 俺が必死に否定している最中に、話題に上がっていた当の本人が俺のことを”天才くん”呼びで現れるという、これ以上ないほど決定的な証拠を突きつけられてしまう。


 もはや言い逃れは不可能だった。


 やはり元凶となる人物を改めない限り、俺の些細な抵抗など無意味で無価値なものだったということだろう。


「臭い物に蓋をしていただけだった」って言葉は美少女である文音には臭いって表現が似つかわしくないし、第一怒られるに決まってるので絶対に言わないのだが、ほんとにそんな感じだった。


 ……臭い、臭すぎる、臭すぎてどうしようもない。


 なら蓋をするんじゃなくて臭いものを処分してやればいいじゃないかって話なんだが、それが中々に無理難題なことだと分かっているから余計にもどかしい。


 そもそも、臭いものを処分するのが嫌で難しいことだからこんな言葉が生まれたんじゃないだろうか。


 文音に”天才くん”と呼ぶのをやめてもらうなんて、現実的に考えて不可能だった。

 彼女は中学時代から3年間、一度たりともその呼び方を変えたことがない。

 むしろ俺が嫌がれば嫌がるほど、面白がって使い続けるタイプだ。


 それに、文音に悪気がないことも分かっている。

 彼女にとって”天才くん”は素直な気持ちからの呼び方であり、俺を困らせようという意図はない。

 だからこそ、強く言うこともできず、結果的に問題は解決されないまま残り続けることになった。


 まぁ。


 だからつまり……


 俺にはどうすることもできなかったということだ。



 ――そこからは、過去を擦ったような展開となっていく。


 いや、むしろそれよりも悪化していた。


 中一のときは最初はクラス内だけで徐々に噂が広まっていった気がするが、今回は学年中に音速で広まっているのだ。


 間違いなくゲームの結果が尾を引いていた。


 城才学園という環境も影響していたと思う。


 ここは天才や変人が集まる学校として有名で、生徒たちも自然と「すごい人」に対してアンテナを張っている。

 そんな中で”天才くん”なんていう安直だが分かりやすい呼び名と、10ポイント獲得という実績が組み合わさってしまったら、話題にならないわけがない。


 中学時代とは比較にならないスピードで、「野内蓮=天才くん」という図式がクラス中に浸透していった。


「野内くん、私たちも天才くんって呼ばせてもらっていい?」


「大手柄だしな!みんな!俺たちの天才くんを胴上げしてやろうぜ!」


「や……あの……」


 ……もうほんと、勘弁してくんない?


『わーっしょい、わーっしょい!天才くーんバンザーイ、バンザーイ!』


 ……まるで、天皇陛下にでもなった気分だった。


 比喩で神輿になったなんてものではなく、現実で本当に担ぎ上げられ胴上げまでされたのは忘れられない。

 もちろん、それは嬉しい意味ではなくとんでもなく悪い方向で、だけど。


 そうして俺は、登校2日目の昼休みにして、早すぎる仮病を使うことになったのだった。


「みんな。盛り上がってるとこごめんなんだけど、俺、体調悪くなったから早退するよ………」


 この時の俺の演技は我ながら情けないものだっただろう。


 元々、虚勢を張ることには慣れてしまっているが仮病を上手く使いこなせるほどに有能な俺でもない。


 だから、明らかに仮病だと分かる程度の演技力しかなかったのだが、それでも今すぐにその場から逃げ出したい一心で必死に訴えた。


「……全然良さそうに見えるけど?サボるの言い間違いじゃないの?……それとも、また何かあるの?」


 その結果、藍に妙な勘繰りをされてしまうことになる。


(……何だよ、またって!何かって!)


 と思い切り叫んでやりたかった。


(……何もないんだよ!俺の頭には!)


 この時の藍の視線は鋭く、まるで俺の内心を見透かそうとしているようだった。

 彼女はきっと、俺の行動に何か裏があると考えていたのだろう。

 実際には何もないというのに。


「いや、ほんとに……オエ……吐きそうだから……じゃ、そゆことで先生には言っといて……」


 この時の俺の「オエ」という演技は、思い返してみても本当に恥ずかしい。

 小学生でももう少しましな演技をしただろう。

 しかし、その場から逃げ出したい一心で、プライドも何もかも投げ捨てて必死に訴えた。


 ……まぁ、元々捨てるほどのプライドなんてないんだけど。


 そうして俺は、そのまま逃げるように寮へと帰っていった。


 帰り道、春の陽射しが心地よかったが、俺の心は重かった。


 まだ入学して2日しか経っていないのに、すでに学校が憂鬱な場所になってしまったからだ。


 普通の学園生活を送りたかっただけなのに、なぜこんなことになってしまったのか。


 寮の自室に戻ると、静寂が俺を迎えてくれた。


 ここだけは、誰も俺を”天才くん”と呼びはしない。

 ベッドに倒れ込み、ただ無心で天井を見上げながら今後どうしようかを考えた。


 しかし、俺の頭では当然すぐには答えは見つけられない。


 明日もまた学校に行けば、同じような状況が待っているのだろう。


 そう思うと、憂鬱さは増すばかりだった。


「はぁ……まぁとりあえず、明日くらい学校休んじゃってもいいよな……」


 城才学園での俺の学園生活は、こうしてどんどんと波乱含みの怪しい雲行きになっていったのだった。




蓮「学校だって仕事だって、休みたいときは休んだほうがいいんだよ。知ってた?(迫真)」

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