第21話 蓮にとっての大問題
第二章スタートです。よろしくお願いします。
「いやだいやだいやだ!!学校行きたくない!!」
4月上旬、1日の月曜日にあった入学式からちょうど一週間が経った、新しい友達なんかと早く馴染もうと全体的にガヤガヤと騒がしくなりはじめる頃。
学校の敷地内にある寮の自室で、俺は布団にくるまりながら心の底からそう叫んでいた。
「蓮、いい加減にしてよ」
「おーい天才くーん!もうそろ時間まずいよー、地獄だよ地獄ー」
そんな俺を無理矢理連れ出すためにやってきているのは、中学からの付き合いがある島田朔と千条文音だ。
布団に包まる俺を外界へ放り出そうとしている。
まるで繭にくるまった蜘蛛をいじめているみたいに見えるんじゃないだろうか。
……いや、まずそもそも蜘蛛が繭を作るかどうかは知らないんだけど。
「……文音、そうなんだよ……地獄なんだよ、ここは……」
とりあえず神妙な面持ちでそう呟いてみる。
文音の、おそらく「遅刻」と言いたかったであろう発言に俺は敢えてツッコまない。
俺が一々ツッコんでるからきっと治らないんだろう。
ていうか、わざとやってるんじゃないかってレベルだし。
ここは我慢だと思ったのだ。
しかし、そんな俺の思いも虚しく――
「いやいや天才くん、そこは『俺は悪い事なんかしてないわ!』とかさ、何か適当でもツッコんでもらわないと。さすがにこんな間違いしないよ、私」
「……ボケが分かりにくいし弱いわ!」
結局、ツッコんでしまった。
ボケに対して冷静になるボケ、と来たか……
本気なのかボケなのか分からないことを言わないでほしい。
大体、そんな弱いボケに対してツッコみで面白くしろと強要されているこっちの身にもなってほしいものだ。
文音はこんな感じで、今日も今日とて相変わらずだった。
中学時代から全く変わらない、この天然なのか計算なのか分からない言動。
それでいて、興味を持ったことには異常なまでの集中力と習得能力を発揮するという、まさに天才の名に恥じない女の子。
「そんなことやってないで早く行くよ。ほんとのほんとに遅刻しそうだし……はいっこれ」
そんな俺たち二人のやりとりを見ていたサクが俺のカバンを投げてきた。
もう行くぞという合図だ。
サクの表情は、いつもの冷静沈着なそれだった。
可愛い系の見た目とは裏腹に、どんな状況でも的確な判断を下す。
それが島田朔という男。
中学時代からバカな俺に愛想も尽かさず(もしかしたら尽かしてるのかもしれないけど)常に的確なサポートをしてくれる頼もしい友人だ。
「……いや、あの、俺まだ着替えてないんで……」
しかしそんな友人の誘いを断り、「先に行ってて、俺は後からゆっくり行くから」と暗に示す。
こうして俺は先週までもサクたちの誘いを乗り切ってきたのだ。
実際、先週は3日も学校を休んでしまっている。
「ふふふ、天才くんってばおかしいよ。天才くんは何で天才くんって呼ばれてるんだっけ?さあ、思い出すんだ、その隠された特技、移動瞬間早着替えを!」
「そんな便利な特技があったらこんなこと言ってないよね?」
俺が着替える素振りを見せると、文音が外に出始める。
その際、「わーカレーだ!」なんて騒ぎながら、今は完全に冷めきっている昨夜のカレーを勝手に一口食べていった。
本当に気が遠くなるほどの自由人である。
俺もあの気楽さを見習いたいものだ。
……いや、やっぱりいいかな。あそこまで自由だと、何かと大変そうだ。
そして、そのままサクも学校に向かい始めてくれたらミッションコンプリート――だったのだが。
(………あれ、何か今日……先行ってくれないんだけど)
サクが、全く部屋から出て行ってくれる気配がない。
それどころか、謎に部屋を見回していたかと思うと所々を物色し始めていた。
その手付きはまるで何かを探しているかのようで……
(……ま、まさか……エロ本を探してるのか?)
……間違いなかった。
どこからどう見てもあれはエロ本探しだ。
漫画なんかでよく見るような、友人の部屋に上がったときのお約束。
(……いやいやサクさん。スマホが当たり前の今どきにそんなものあるわけがないじゃ――)
――ないか、と。
前時代的にも程があると。
そう、一蹴してやりたいところだったのだが……
不覚にも、俺に先週の記憶が蘇る。
(……や、やばい!!まずい!!……や、や、やばい!!)
先週の記憶。
学校敷地内にあるコンビニに行った時のこと。
俺はそのコンビニとは思えぬ品揃えの豊富さと、妙にお洒落な内装に非常に興奮していた。
城才学園のコンビニは、一般的なコンビニとは一線を画していて、まるで高級書店のような落ち着いた雰囲気を持ち、文房具から日用品、そして……そういった雑誌まで、幅広く取り扱っている。
そのせいもあってか、普段の俺なら絶対にしないのだが、不覚にも……
不覚にも、ちょっとそういう本を試しに買ってみてしまったのだ。
……いや、本当に気の迷いだよ、うん。
新しい環境への好奇心だったのか、それとも高校生になったという意識の変化だったのか。
理由は定かではないが、とにかく買ってしまったのは事実だった。
ただ、その日部屋に持ち帰ったあと俺はそれをどこにやってしまったのだろうか。
それだけがまるで思い出せない。
少なくとも、コンビニで立ち読みして以来開いていないことだけはハッキリしている。
こんなことなら帰り道にでも捨てておくべきだった。
ただ幸いにして、俺の部屋には荷解き途中の大量の荷物が散乱しており、目的の物を探し出すのは俺でも困難だ。
サクのあの感じではまず速攻で見つけられることもないだろう。
しかし、買ったのは事実なのでサクの今の行動がまずすぎることには変わりない。
……見つかったら死ぬほど恥ずかしいからね、そりゃまずいよ。
だから意地でも止めなくてはならないのだが、本当に目的の物があることを悟られるわけにはいかないため、ここはさりげなく行かねばならない。
そうした決意を新たに、俺はご自慢の見せかけの落ち着きっぷりを発揮してみせる。
「………おーい、サクさん?」
俺は限りなく、全く動揺していない風の声で話しかけた。
「……んー?何?」
サクはそんな俺の様子を気にする様子も無く、ただ淡々と暇つぶしかのようにテレビの裏などを覗いたりしている。
本当にただの暇つぶしなのだろう。
「あー……なんだ、その。……俺、着替えなきゃだから先行っててくれていいよ?」
曖昧ではなく、正面から堂々と追い払おうとする。
これはどこにあるかも分からないエロ本死守のためもあったが、今日という日を欠席にしてやりたい気持ちも混じっている。
一石二鳥ばんばんざいだ。
「…………いや、今日は蓮が準備できるまで待ってるよ。先週も扉越しにそう言うから先に行ったのに。……何だかんだで3日も休まれたからね」
しかし、あえなく撃沈してしまった。
(先週の俺、ちゃんと学校行っとけよ!)
なんて都合のいいことを思ってしまう。
「ぐっ……いやだなぁーサクさんたら……ははは………あ、あれだよ?ほんとに後から行くつもりだったんだよ?まじまじ。急におなか痛くなっちゃってさ、はは……」
そう――
俺はある理由からただ行きたくなかったがために、先週は3日間も学校を休んでいた。
だって……
分かってよ……
大変で大事な時期なんだよ今。
しかし、サクは俺の言い訳などまるで聞いてないように鋭い目つきでこちらを許さんとする表情をしていた。
どうやら本気でここで待つつもりらしい。
こうなってしまっては、俺ではどうしようもないので降参するしかない。
「はぁ……分かったよ……準備するよ」
「うん」
そうして俺は、サクの目の前で迅速にお着替えを始める。
問題のサクは俺が着替え始めるとエロ本の物色をやめたのか、キッチンのあたりでごそごそとしていた。
おそらく文音と同様に俺の作ったカレーをつまみ食いしているのだろう。
そして直に玄関の扉の音が聞こえたので、外に出たようだと分かった。
男子の着替え、それも制服という決まった服装に着替えることなど造作もないことで、俺もサクに続いて足早に外に出る。
「……お待たせー」
「ほんとにね」
「れっつらごーだ!」
この二人が部屋の中まで押しかけてこなければ休めていたのに……
などと、朝から待っていてくれた友人たちに対して恩知らずな事を考えながら出発する。
気にかけていてくれることを友人として嬉しいと思う反面、同じくらい迷惑なのだ。
……サクたちが来なければ絶対に学校なんか行ってないって言い切れるほどに、休みたいからね今。
寮から教室棟への道のりは、先週の殆どを休んでいた俺からしたら見慣れたものではなく、特別に長く感じられる。
周りを見渡せば、桜の花も未だ健在だが、ほんの一週間で青々とした木々の新緑が眩しい季節になってきていた。
城才学園の敷地は本当に広大で、まるで一つの街のようだ。
寮エリアだけでも相当な広さがあり、そこから教室棟まで徒歩20分という距離。
普通の高校では考えられない規模だろう。
「ねぇ蓮、いい加減諦めたらどう?」
そんなことを考えながら、教室棟に向け長距離走ばりの速度で走っている最中、サクがそんな戯けたことを言ってくる。
具体的には、俺が学校を休もうとしている理由についてのことを指していた。
「そうだよー。あんなに目立っちゃったんだからもう無理だってー」
それに吊られてか否か、文音までサクと同調している。
「…………」
対する俺はというと――
もちろんそんな意見に耳を傾ける気は毛頭ない。
目下、俺の頭の中ではサクたちの言う諸問題たちに対して絶賛対策会議中なのだ。
もっとも、その対策が全く浮かんでこないこともあって今はとりあえず学校を休んでおこうという作戦だったのだが、結局こんな感じで連れ出されてしまっているんだけど。
「口を挟まないでいただきたい」と密かに思うが、決して口にはしない。
ほら……多分、現実逃避だの何だのと論破されちゃうだろうし……
そんな無視を決め込んでいる俺で短すぎた会話のラリーは止まったので、3人とも教室棟へと急ぐことに専念する。
時間は本当に無い(俺がごねたせい)のだが、この3人の足は相当に早いため遅刻せずに到着できそうだ。
途中、他の生徒たちとすれ違うたびに俺への視線を感じたが、気が付かないふりをする。
「はああ……疲れた……蓮と文音の足に合わせるの大変なんだよ」
そうして、やっとこさ下駄箱へ到着すると、サクがやっかみをかましてくる。
「はい!ですよね、すみません!」
「あのね……」
”じゃあ明日からは俺に構わず先に行ってくれて大丈夫ですよ!”
なんて言葉が続きそうなことに気付いたのだろう。
まだ言ってもないのに呆れられていた。
すると、そんな俺に呆れたからか遅刻しそうだからかは知らないが、俺と文音が靴を履き替えるのを待たずしてサクは一人だけ廊下へと軽々と駆けて行ってしまう。
(まったく……思ってはいるけど言ってはいないんだから、そんな態度しなくてもいいじゃないか)
などと思いながらも、内心を頑張って登校ムードに切り替えようとしていると――
その時。
「あれが、ほら、例の”天才くん”……」
――そんな、俺の心中をかき乱すような雑音が耳に届いてきた。
「めっちゃ男前じゃんかよ!世の中不公平じゃね?もっと眼鏡キリッみたいなのでいてくれよ」
「バッ、あんた声でかすぎ!目つけられたらやばいって」
「……あ、わりーわりー」
騒いでいた声たちがそそくさと遠ざかっていくのが分かる。
まだ1週間しか通っていないというのに、手早く男と女で仲良く登校している者たちだ。
「………」
それを聞いた俺はというと……
……ただただ、無言でその場に立ち尽くしていた。
遅刻しそうだというのに、無言でただただ下駄箱の前から動こうとしない。
そうならざるを得ないのだ。
そう……
目下、俺の頭を悩ませているのは他でもない……
聞こえてきた声の内容――この”天才くん”問題に他ならなかった。
蓮「第二章スタートして欲しくなかったです……」
蓮「たのむから、お願いだから、普通の内容であってくれ……」
蓮「みんなも……ブクマと☆で俺の普通を祈ってね……」
作者「第二章も出来るだけ毎日投稿で頑張ります。出来なかったらすみません(保険かけとかないとね)」




