第2話 気になるあの子とバカな俺
肉まん賭けを背負わされつつ、ピロティへと進んだ俺たち三人は、偶然だがあの綺麗な女子の後ろに並んでいた。
幸い、城才学園の生徒数はその年によって大きく変動し、今年の入学者は400人と中々に多かったため、クラスは全部で10クラスほどある。
同じクラスにさえならなければ、この完璧容姿の美人さんに無理矢理アタックさせられそうな事態にはならないだろう。
……いや、別にこれはフラグじゃないからね。
「野内藍のうちあいさんですね、はい、これ、10組です。下駄箱は左端の棚を自由に使ってください」
――――そのとき。
受付の前で静かに書類を受け取る生徒の名前が、耳に入ってきた。
野内藍。
偶然だが、俺と同じ苗字。
”同じ”。
その響きだけで、不覚にも胸のあたりが騒めいてしまった。
「蓮、苗字一緒だね。良かったじゃんか。もしかして運命だったりして?………あれ、喜んでる?」
「ヒューヒュー、天才くん春だよー、春一番だよー!」
二人がまた無責任に面白がり揶揄ってくるが、なんだか本当にちょっとだけ浮き足立ってしまっている自分が悔しい。
「うるっさいな!文音!こういう時だけ正しい日本語を使うな!あと、サク!お前彼女できる派じゃねえのか?無理な方に茶化すな!」
俺のことを天才だなんだと囃し立てておいて、普段の扱いがもはや玩具だ。
……やっぱこいつら天才なんかじゃなくて実は馬鹿なんじゃないの?
しかし、さっきのイケてる美人がまさかの“野内さん”だったとは……
もちろん、運命だなんて全く思っていないが、それでも内心では変な冷や汗をかいていた。
だけど、現実は小説ほど甘くはない。
どうせ、クラスはバラバラになるだろう。
――――この時はそう思っていた。
「次の人どうぞ」
「はーい、おお私は1組だ!」
「次の人どうぞ」
「はーい、僕は6組だね」
どうやら二人目にして早速バラバラになってしまったらしい。
何とも儚い絆の結束だ。
そして――次はいよいよ俺の番となる。
正直仲は良いから二人のどちらかと一緒でもよかったが、中学時代の”天才くん”を引きづりたくない思いもあり、離れていてくれと懇願することにする。
(たのむ!他のクラス、他のクラス……)
――――きっと、そんな不義理なことを考えていたのが悪かったのだろう。
「次の人どうぞ」
「あ、はい。野内蓮です」
「野内蓮さんですね、はい、これ、10組です。下駄箱は左端の棚を自由に使ってください。」
「「「……あ」」」
――――思わず三人同時に変な声が漏れた。
面識もないのに彼女――野内藍のことでコソコソと盛り上がっていた罰とでもいうつもりだろうか。
こういうの、天網恢恢疎にして漏らさずって言うんだったっけ?
確か文音と日本語の勉強してるときにそんな言葉を見たような気がするが、今は使い方が合ってるかなんてことはどうでも良くて、本当にそうなってしまうと冗談じゃないって話だ。
「いやー、まさかほんとに同じクラスになってしまうとはねー。さすがだよ天才くん!さっきのは運だけじゃ同じクラスを引けるか怪しかったから、現実でも通用するかもしれないって読んで、フラグをビンビンに立てておく作戦だったんだねー!ラブ&ラブだよ!さあ、藍に会いに行き愛の告白だぁー!」
「蓮……僕は彼女ができるに賭けてる。だから最初は止めたんだ。だけどね、ここまで蓮があの子を気に入ったって言うなら……僕も腹を括ったよ!………さあ、当たって砕けろだ!彼女はまだすぐそこだよ、すぐに追いつける!」
「え、何かおかしくない?……今から告白する展開になってない?期限って1か月だったよね?……ね?」
「何を情けないこと言ってるんだ天才くん!それだから彼女が出来ないんだよ!恋は思い立ったが即実だってさっき言ったじゃないかー!『突撃!出会って告白大作戦!』だよ!しれっと期限を誤魔化してるのも私は見逃さないぞ!」
「だ・か・ら!そんなアグレッシブな恋のことわざはない!」
しれっと誤魔化したことを、しれっと指摘されてしまう。
なのでとりあえず、大声でツッコんで有耶無耶にしておいた。
文音は意外と抜けてるようで抜け目がないから油断できない。
すると、サクが俺の肩を叩き、意外と真面目な顔で囁いてくる。
「蓮、よく考えよう。これから一週間、一か月もじっくりアプローチしている余裕があると思う?……ここは天才奇才が集まる学校、城才学園だよ。普通の女の子ならつゆ知らず、相手はあの最強美人だ。きっとすぐに先輩の耳まで届いて、血みどろの戦いになるんじゃないかと思うんだ。……だから、ライバルが少ない今がチャンスだと思わない?……そう、初対面告白っていう強烈なインパクトと、蓮の芸能人ルックスが最大限発揮できる今……この時こそが最大のチャンスなんだよ!!!」
………サクの熱量が半端じゃない。
「こいつは何をそんなに熱弁しているんだ?」と俺も思う。
だけど何でか……不思議とそんなサクの熱量が理屈を通り越して魂に響いていくのを感じている。
段々と、確かに、そうなのかもしれないと思えてきた。
本当に不思議だ……なぜだろう……
さっきまでは初対面告白なんて問答無用でNGだと思っていたのに、この無駄に説得力があるモテ男に言われると、「あれ、もしかして、もしかしなくてもいけるんじゃない?」とさえ思えてきた。
――――ああ、でも、そういえばそうだった。
俺は両親のおかげで見てくれだけは良いじゃないか。
それは、自分でも自覚がある数少ない長所だったので、見た目を武器にすれば戦えるというサクの主張がここに来てすっと胸に入ってくる。
………あれ、これ、本当にあるんじゃないの?
「……そうだな、文音、サク。お前らの言う通りかもしれない……初ホームルームの自己紹介ですらライバルが増えそうだ……」
いや、絶対そうだ。それはそうに違いない。
そうとなれば本当に今が最高のチャンスというのは間違いない。
なら、あとは俺の行動あるのみなんじゃないのか?
思い出せ――俺は何のために、この学校を選んだ?
(……そうだ。彼女を、作るためだろ!)
「今……初対面のこの時こそが、最大のチャンスなのか?……文音。確か、恋は思い立ったが即実?だったよな……よし。決めた。……やってやるぞ、俺は!!」
そこからの俺の行動は本当に早かった。
──────今さらな話だが、彼、野内蓮は”天才くん”などと呼ばれていたものの、決して天才などではない。
「おおおお!天才くん、その調子だー、ぶちかませー!」
「健闘を祈るよ、蓮。共に果てよう……」
──────見ての通り、彼、野内蓮は、天才どころか、正真正銘のバカだった。
彼女がいる下駄箱へと向かう俺。
その後ろには、調子よくこちらを囃し立ててくる美少女と、青い空に流れる雲を見上げながら諦観の表情を滲ませた、金髪の可愛い男の子がいた。