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第19話 天才くん


 それから5分ほどトイレで籠り続けた後、本当に放送がかかる気配が全くなかったので、意を決して俺はトイレを飛び出した。


 静かだったので分かっていたことだが、案の定外には誰の姿もなかった。


 座り続けて固まっている身体を解すため、優雅に背伸びをしてから教室棟へと足を進めることにする。


 昼前の春の空からはどこか微笑んでいるような陽の光が降りそそいでおり、静かに季節の温もりを告げているような気がした。


 しかし、今はそんな気持ちのいい天候でさえまるで俺のことを嗤ってるようにしか感じられない。


 空の青さが針のように痛々しく感じられ、温かな日差しですら皮肉っぽく思えてくる。


 ……そもそも、そんな感性を持ち合わせている自分がひどく悲しい。


(よし、行くぞ。堂々と、何事もなかったかのように……)


 そうして俺は順調に歩みを進めた。


 講堂から歩いて5分ほどの距離にある教室棟につく頃には、これから晒されるであろう注目の視線に対する心構えがようやく完成していた。


 そして、下駄箱にて靴を履き替えた後、やけに広い下駄箱と廊下を繋ぐホール部分を抜け1年生の教室がある廊下へと足を進める。


 その足取りはゆっくりと、態度も堂々とした立ち振る舞いを強く意識する。

 内心では心臓が早鐘を打っているが、表面的には余裕を装った。


 廊下の前へとたどり着いた時点で、少しだけ立ち止まって深呼吸をしようとしたのだが、「もう一思いに突き進んでしまったほうが楽か……」という気持ちのが勝ったため足を止めることはしなかった。


 そこから少しだけ廊下を進むと、すぐに一つ目の教室が見える。

 ホールからは目と鼻の先だ。


(良いなぁここ……俺もこの教室が良かったなぁ。……近いし)


 今の俺からすればすごく羨ましい位置にある教室だ。


 ……いや、今じゃなくても羨ましい。


 そんなことを考えながらも、俺の身体は直前で臆する様子など微塵もなく、堂々と1組の前に姿を現す。

 踏ん切りがついてしまったからだろう。

 身体は重いのに軽い。


 そうして1組の前を通る時、案の定皆が皆こちらに視線を集めてきた。

 それだけではなく、ひそひそと話し声も聞こえてくる。


 恐らく、俺に対する陰口のようなものだろう。


(ふふん、言いたいやつは言えばいいさ)


 しかし、俺は全く気にする素振りも見せない。

 俺は知っているのだ。

 こういう時は、恥ずかしがれば恥ずかしがるほどに――加速度的に恥ずかしくなっていくことを。


 だから、俺は表に出る時は常に堂々とすることを心がけている。

 恥ずかしいという感情を誤魔化すために。

 そうすれば、恥ずかしいことでも平然と行えるという、俺が中学で培ってきた自慢の技術だった。


 ――とはいえ、俺が教室の方を見て直接視線を交わすのは流石に羞恥心があふれ出てきてしまうため、絶対に教室の方は見ない。


 ただ単調に順調に、10組の教室まで足を進めるだけだ。


 そうして俺は、2組、3組、4組……と、全員の注目を集めながらも華麗にそれを躱し、ついには10組手前へとたどり着くことに成功した。


(ふうううううう……やりきったああああ!!俺はやりきったぞおおおお!!)


 まだ10組にはたどり着いていないが、9組の前を抜けたあたりから達成感と解放感が全身に襲ってきていた。


 多少悪目立ちこそしてしまったものの、俺の予想通り学年中の生徒が待たされている状態だったため、これ以上はないナイス判断だったと少し前の自分を褒めたたえたい。


(……今日の俺も不幸続きだったけど、日ごろの行いのおかげかな。とりあえず、不幸の中でも最悪の状態だけは避けられてる……気がする!)


 もちろん、日頃から意識して善い行いなどしていないわけだが。

 だからと言って別段悪い行いもしていないので、それは日頃の行いが良いと言えるんじゃないかな。


 頭の中で都合の良い解釈をしておく。


 達成感からか、そんな下らない思考に引っ張られてはいたが足だけは前へと進め続け、俺はようやくゴールである10組の教室に到着した。



(ゴー――――ル!!!)



 なんて自分の中だけで喜びの雄たけびを上げながら、それと同時に教室内へと堂々と足を踏み入れる。


 ――すると、他のクラス同様かそれ以上に非難の声が聞こえてきた。


 だが、俺は1組から9組までの地獄の行程を進んできた、まさしく勇者だ。

 それまで通りにまったく気にしないようただ聞き流すだけのこと。

 造作もない。


 ……ていうか、


(いやいや、みんなが遅刻したからこうなったんだよ?間に合ってたら俺も普通に出席できてたって!)


 他のクラスには申し訳ない気持ちもあったが、ただうだうだと文句をぶつけてくるクラスの連中にはハッキリとそう言ってやりたい。

 しかし、ぜひともそう反論してやりたかったのだが、全員の表情なんて確認したくも無かったので頑張って見ないように心がけ、幸いにして入り口から近い自分の席だけへと視線を向けることにした。


(ん?)



 ――しかし、どうしたことだろうか。


 俺の視界には、幽霊にでも驚いたかのような表情をしているとびきりの美人。


 ――の後ろにあるはずの自分の席が。


 担任教師である若い女性に座られているのが映った。



「………………」

「………………」

「………………」



 ……沈黙。


 俺、藍、先生。

 三人が三人、視線だけで状況を探っている。


 しかしそれもほんの少しで、先生が「おや、野内くん」と言い、立ち上がりかけて椅子を引いてくれた。


 ——だから、「良かった。このまま譲ってくれる」


 ……そう思ったのに。


 ……慌てた藍が、無言で咄嗟に先生を止めてしまった。


 再び、先生と目が合う。


「……もう座っちゃったから」


 その一言で、先生に立つ気がないことを悟らされた。


(………え?どういうこと?そんなの別に立てばいいだけなんじゃ……)


 と言うつもりだったのだが、何だか会話が噛み合っていない気もして思い止まる。


(……………あ……え――――)


 ――そこで、ひとつだけこの状況に当てはまるものが頭に浮かんだ。


 こいつら………まさか…………



(――――まさか…………おめーの席ねぇから、ってことですか!?!?)



 ……あの有名な!?

 現実でそんなことあるの!?


 ……え、なに?ドラマですかこの世界。

 入学初日から先生公認でいじめスタートしちゃってるよこの学校……。


 いくら俺が原因で待ち時間があったからって、そんなことしちゃダメでしょ……。


 藍だって、せめて言葉くらい発してくれてもいいのに全く口を開かない。


 いや……ハッキリと俺の席は無いなんて発言すれば問題になるからかな……。


 どうしたものか……



「…………ふんっ」



 ――とりあえずこの状況に直面した俺は、わざとらしく笑みをこぼしながら鼻を鳴らし、教室を見回すことにした。


 乱れた心を落ち着かせ、冷静になるために。


 教室を見回せば、先生を俺の席に座らせているこの状況はクラス公認らしいことがハッキリ分かる。

 誰一人としてこの行為に何の後ろめたさも感じてる様子がない。

 それが怖いと同時に、ひどく苛立たしい。


(……はいはい、そういうことね。はいはいはい。オッケーオッケー、全然オッケー……)


 今のやりとりは数秒程度のほんの一瞬の出来事だったが、

 明確に、入学式どころかその後の時間もサボっていた俺に対する嫌がらせのようなものだと理解した。


 同時に、先ほど何となく取った「ふんっ」という偉そうな態度が大正解だったんじゃないか?と自分に感心する。


 きっと周りからは、まるで席がない事を気にもしていないかのような、むしろ喜ばしく思っているかのような態度に見えたことだろう。


 運良くもあれで、嫌がらせをしても効果が無いと今頃は全員が感じているかもしれない。


 俺はいじめや嫌がらせというのは、それを甘んじて受け入れているから図に乗るのだと思っている。


 例え立場が弱くとも、強気で立ち向かうべきなんだ。


 まぁそれが難しい事だから、いじめに苦しむ人たち(今の俺みたいな)が後を絶たないんだけど……



 そしてそのまま、もしかしたら俺の別の席が用意されているのかもしれないという淡い希望を持ちつつ教室を見回してみると、驚いた表情をして呆けている者たちが視界に入ってくる。


(……おお、効いてる効いてる。もっと俺が困ると思ってたんだろうな)


 今日の俺の判断は、やはりいつもよりも冴えているんじゃないだろうか?


 今だって絶賛思い通りにならない出来事の最中だけど、これでもかなり思い通りになっている方だ。


 そうやってしみじみと、新生活による確かな変化の兆しを噛みしめていると、教室左前方に空いている先生用の席を見つけた。


(…………もうあそこでいいか)


 ……正直少し、いや大分疲れた。


 俺の席は先生に奪われているのだ。

 だったら俺は先生の席に座って、胸を張ってえらそうにふんぞり返ってやればいい。

 目には目を…………屁には屁を?あれ、何だっけ……


 まぁ何でもいい。

 とにかくもう早く落ち着きたい気持ちでいっぱいだ。


 自分が座るための席を探しに行く気などさらさらなく、もう面倒くさかったのもあって俺は当然のようにその席に向かっていった。


 担任教師用に用意された座り心地の良い椅子に座ると、毅然として足を組み、わざとらしく不気味な笑みを浮かべてみせる。


 それは、

「どうだ?一人だけサボった俺を見せしめにしてやろうって魂胆が上手くいかなかったお前らの今の気持ちはどうなっているんだ?ん?」

 ――といった意味の挑発的なものだ。


 そうすると、さっきよりも皆からの声には怒気を感じるようになったし、視線も鋭さを増した。


 おおかた、先ほどまでは俺の態度に驚いた感じだったが、今は嫌がらせが上手くいかなくて悔しいといった感じだろう。


 きっと、さぞ退屈な入学式だったに違いない。

 だけど、気にしない気にしない。

 気にしたら調子に乗るだけなんだよ、こういうのは。


(まぁ、君たちが間に合ってれば俺も普通に入学式出れてたんだけどね!ね!!)


 なんて――心の中だけでだが何度も同じような悪態をつきながらふんぞり返ってやる。

 清々しい気分だ。

 クラスの人気者から一転、嫌われ者になったということ自体は問題かもしれないが、状況が俺の思い通りになっているこの瞬間だけはひどく気持ちが良い。

 もしかしたら俺は本当に天才なのかもしれないとさえ思えてくる。


 ……そんなわけはないんだけど。


 すると、何を思ったのか、もしくは誰かに指図されたのか、自分の席を取られた玉井先生が話しかけてきた。


「あのー、野内くん?そこは先生の席なんだけど……」


(……いや、あなたの座ってる場所は俺の席なんですけど?)


 そうやって嫌な態度で突っぱねてやりたいが、今の俺はクラス中が敵だ。


 露骨な敵対する態度は見せてはいけない。


 これ以上助長されるとそれはそれで普通の学園生活なんか送れないだろうし……。


 ここはあくまで冷静に、感じよく、堂々としていることが重要だろう。


「問題ありませんよ、先生」


 きっぱりと、全員に好印象を植え付けるための発声を心がける。


「だって、先生は俺の席に座ってるんですから。交換ってことで」


 そう言い放つと、先生はもちろん、聞こえてきていた非難の声も鳴りを潜める。


 この反応が成功か失敗かは正直分からないが、

 ここでへりくだった態度なんか取ろうものならこの先の学園生活が別の意味で心配すぎたので、これは正解だったんじゃないかと思う。


 こんな態度を取っていればさすがにもう何も言ってこまいと思っていたのだが、

 玉井先生が意外にも何か反論してこようとしてくる。


 しかしそこで――トイレで聞いていたような放送がかかり始めた。



『1年生、全生徒が揃いましたので、獲得ポイントの結果発表を行います――』



 理知そうな男子の低い声が、静かな1年生の教室棟に響き渡る。


 入学式にて行われていたであろうゲームの結果発表というところで間違いないだろう。


 それにより、俺に向かっていた注目が霧散したので正直とても助かった。


 でも、トイレでサボってた俺にはまったくもって関係ない話だから興味がないし、この地獄の空間から退散するためにも手早く終わらせて欲しいものでしかない。


(ていうか、結果よりも先に俺もゲームの内容が知りたいんだけど……おさらいしてくんないのかな)


 ほら、漫画とかアニメとかである「ここまでの○○は!」みたいな。



『――まずは指定席の発表です』



(はい……ありませんよねそりゃ。知ってました)


 察するに、どうやら席を使ったゲームだったらしいことが分かる。


 トイレでも放送は聞こえてきたが、何せ音が聞きづらいのなんのでゲームの内容にまで頭を回せていなかった。

 それに、俺が考えても仕方の無いことだったし。


 それから少し間を空けて、ハキハキとした口調で放送が続けられる。



『指定席に座った者、10名。1組=宴竜、灰原堅実、押切芽衣、2組=蕨あずき、蕨みずき、4組=頼実リボン、6組=島田朔、7組=稲荷崎葵、8組=上垣内遥輝、9組=スカーレット・イヴ・ブラックストーン。以上の生徒がそれぞれ1ポイントを獲得です。おめでとうございます』



(おおー……サクの名前があったなー)


 さすがにすごいな、サクは。


 サクは一見可愛くて無害に見えるが、あれは手を抜くということを知らないような、他人に厳しく自分にはもっと厳しくを体現してる男だ。


 身長は男性平均ほどで、可愛い系の見た目。

 頭もいいのに、運動も勉強も何もかも努力を怠らないその生真面目な性格は、まるで俺とは正反対だなと常々思う。


 ほんと、何で俺なんかと仲いいんだろうかと疑問を抱くほどに真面目だ。


 それに、サクを超える努力家なんて俺は知らない。

 下手をしたらプロのスポーツ選手なんかよりも毎日ストイックに生きているかもしれない奴だ。

 いくらこの学校に天才が多いとはいえ、サクならば互角以上に競って見せるだろう。


 怠惰な俺ですら思わず尊敬してしまうほどに、全てに全力で頑張っているサクの姿を今までまじまじと見せられてきた。


 それを考えると、この結果は当然と言えば当然か。


 ……まぁもっとも、すごいなって思うだけで絶対に真似はしたくないんだけど。


 それでもサクに結果が出ていることには素直に俺も嬉しく思う。


 あと、関係ないんだけど最後のブラックストーンって名前かっこいいなおい。


 ……どこの国の人だろう、アメリカかな?


 そんな風に、色々なことを考えながらつまらなそうに放送を適当に聴き流して教室の後方を眺めていると、左後ろ、窓側の天井に丸い黒い監視カメラらしきものを見つけた。

 ショッピングモールなどでよく見かけるようなタイプのものだ。


(あー……あれで監視されてるってわけか、どうりで)


 なんで俺が着席したの分かったのかな?なんて考えていたけど、カメラで見られていたと知り苦笑する。


 そんなことにも気づかなかった自分の馬鹿さには今更驚きはないが、それでも呆れはあったため自分を嗤って見せた。


 そんな俺の様子がおかしかったのだろう。


 クラスメイトたちは怪訝な表情でこちらを見ている。


 放送から察するに10組の生徒はどうやら1ポイントも取れなかったようだ。


 ……それも別に俺のせいじゃないからね?


 念入りに言ってやりたい。



『――――続いて、特別指定席の発表です』



 放送が続けられると、クラスメイトたちが何やら頻りに祈り始める。


 その様子が少し面白く笑いそうになったが、何とか表情を堪えた。


 ……いや、もうゲームの結果発表なんだから遅いでしょうよ


 ……ここ、天才ばっかり集まってくるって評判の学校なんだよ?


 そんな神頼みみたいなことは、俺の専売特許なんだから取らないで欲しいものだ。



『特別指定席席に座った生徒1名――――――』



 しかし、特別というからには、その席に座ることはよほどすごいことなんだろう。


 どうやら学年で1人しかいないようだ。


 それに、学校中が聞いている放送で名前が大々的に発表されるということはつまり――今後活躍して学校の有名人になるであろう逸材だ。


 中学の惨劇を繰り返さないよう動いていくつもりの俺からすれば、まさに英雄的存在。


 俺はゲームに参加出来なかったからどのくらい凄いのかは全く分からないけど、名前くらい覚えておいて損はない。


(何組なんだろう?……多分、俺なんかじゃ想像もできないくらい凄い人なんだろうな)


 そう考え、俺も真剣に耳を傾けることにする。



『――――――10組=野内蓮、10ポイントを獲得です。おめでとうございます』



 …………………………………おっ……と。



(……?)



 ……俺?



(………いやいやいや、まさかそんな……)



 …………いや、でも野内蓮って。



 ………………俺?



 ――混乱する頭の中で、必死に状況を理解しようとする。


 次の瞬間、10組の教室は揺れるほどの歓喜の渦に巻かれていた。


(いやいやいやいや、ちょっと待って………は?……え!?……なんで?どういうこと!?!?)


 俺……トイレにいたよね!?!?


 ゲームなんて……参加してないよね!?


 なのに、10ポイント??


 特別指定席??


 …………そんなわけがない。


(あ、もしかして手違いとか……あ!同姓同名の人がいたりして!よし!なら今すぐ確認を……)


 そう思い立ち動こうとした時、ふと――今、自分が座っている席が目に入る。


 ――先生の席。


 ――――教室の前隅にある、担任教師用に用意された……上質で()()な席。



(え……そんな……そんなことって……)



 まさか、これが……特別指定席だとでも!?


 ……いやいやいや、そんなバカなそんなアホな。


 だって俺、たまたま座っただけだよ?


 席が無かったから、いじめられてたから仕方なく座っただけなんだよ?


 そんなやつに10ポイントあげちゃっていいの?


 入学式サボってたんだよ?


(いいの!?ほんとにいいの!?いいんだね!?ええ!?)


 ――しかし、いくら心の中で抵抗しようともこの状況が変わることは無い。


 気が付けば、そんな俺とは対照的に歓喜に沸いていた教室中の視線が一斉にこちらへ集まっていた。

 さっきまでのものとは違う、驚愕と尊敬、畏怖などが様々に混じった視線だ。


 クラスメイトは口々に俺を称賛していたりする。


(――――終わった……俺の普通の学園生活が………完全に……終わった………)


 全校生徒に名前が知れ渡っただけではなく、10点という破格のポイントを獲得し、学年で唯一の”特別指定席確保者”なんて大層な肩書きまでついてしまった。


 これじゃあ、まるで”天才くん”の再来じゃないか……


 ……いや、むしろそれよりも目立ってしまっている。


 俺は――

 ただトイレに籠って……

 いじめで席が無くて……

 仕方なく……


 ……仕方なく?


 ……先生の席に座っただけなのに。

 

 だけなのに……


(それが、何でこうなるんだよ…………)


 あんなに遠回りをしたつもりなのに、避けようとした道に結局辿り着いてしまっている。

 しかも、より最悪の形で。


 何とも運命の皮肉というか、そういったものを感じてしまう。


(――――ああ、これがあの塞翁が馬ってやつなのかな……)


 すぐに覚えた言葉を使いたがるのは馬鹿っぽいなと自分でも思うけど、こういう今の状況にマッチした言葉を使えるとすごく賢い気分になれるから気持ちが良い。


 こういう直視できない現実に遭遇してしまったときには、少しでも違うことを考えたくなってしまうものなのだ。


 ……こんなの分かってくれる人のが少ないかもしれないけどね!


(………あれ、でも塞翁が馬って、確か良い方向に転がった話じゃなかったっけ)


 ――悲しいかな。

 そんな気持ちで使った言葉でさえも、意に反して逆の方角へと向かっていってしまう。




 ――――やはり俺は、人生の方向音痴なのだと思わざるを得なかった。


蓮「…………」

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