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第17話 野内蓮という男


 「……さて、これで完璧な独占状態になったわね」


 玉井先生を蓮の席に座らせることに成功した藍は、つぼみと共に安堵の息をついていた。


 教室内を見回すと、全ての席に人が座っている光景が目に映る。


 そして、落ち着いた拍子にこの状況を作り出すまでの過程を思い返せば、改めてそのめちゃくちゃさを実感した。


 まずそもそも、藍たちに何も言わず蓮が姿を消したこと。

 続いて彼から送られてきた難解で不可解な伝言。

 さらには玉井先生を説得して席に座ってもらうまでの一連の流れ。


 ——それらすべてが想定外の連続だった。


 しかし、その結果として10組は他のクラスでは到底不可能と思われる完全独占を達成している。


 それ故に、どんなに内心文句が出てこようとも、十分に価値のある成果だと藍は納得するしかない。


「やったね藍ちゃん! これで10組の完全独占だよ!」


 つぼみが嬉しそうに声を上げる。

 その表情には純粋な喜びが表れており、藍も思わず頬が緩む。

 入学初日からこれほど理想通りの団結感を味わえるとは思っていなかった。


「ええ……本当に、座ってくれて良かった」


 藍も素直に喜びを表現する。


 クラスメイトたちも最初は何をしてるのかと困惑していたが、玉井先生が席に座ったことで10組の完全独占が成立したことを理解すると、途端に所々で歓声を上げ始めていた。


 そんな教室内に響く喜びの声を聞きながら、藍は改めて今の状況を整理してみる。


 教室の全ての席が自クラスだけで埋まっているという事実は、数字だけ見れば他のクラスを圧倒している。

 1組から9組までのどのクラスも、どれだけ纏まろうがせいぜい30席程度の確保が限界だろう。

 物理的に考えても、全員が同じ教室に集まるなんて芸当は、普通なら不可能に近い。


 だからこそ、この独占状態には確かな価値があるはずだと。


 ――そう藍は信じていた。


「でもさ、野内くんはどこにいるんだろうね?藍ちゃんの言い方だと、このまま戻ってこないんでしょ?」


 つぼみの疑問に、複雑な表情を浮かべる。

 藍だって、蓮は今日出会ったばかりの人間で、まったくその素性を知らない。

 彼が今どこで何をしているのか、なぜゲームのことすら知らないはずの段階で姿を消したのか。

 それらすべてが謎に包まれている。


 強いて言うなら、最低な告白をしてきた点から碌な男ではないということだけはハッキリしていた。

 あの時の態度を思い返すだけでも、藍の眉間には皺が寄る。


(千条さんの伝言通りなら、彼もどこかで動いているはずだけど……)


 藍は無意識のまま蓮のことばかりを考えつつ、教室のざわめきに耳を傾けていた。

 皆が独り占めの喜びに浸る中で、藍はどうにも引っかかるものを感じる。

 それは言葉にしにくい、ぼんやりとした違和感だった。


 ――そして時間が経つにつれて、その違和感は大きくなっていく。


「ねえ、つぼみ。もう結構時間が経ってるけど、まだ結果発表がないわね………」


「あ、本当だ。3年生はもうとっくに終わったのにね」


 他のクラスメイトたちも徐々にその異変に気づき始める。

 最初の興奮が収まると、待ち時間の長さが気になり始めたのだ。


「先生、まだ発表ないんですか?」


 誰かが玉井先生に尋ねる。

 クラス全体の気持ちを代弁するような質問だった。


「うーん、私も詳しくは知らないのよねー。でも、多分もうすぐよーもうすぐ」


 玉井先生は相変わらずのんびりした口調でそう答える。

 しかし、その表情にも若干の困惑が見て取れた。

 先生自身も、この奇妙な待ち時間に疑問を抱いているのだろう。


 その後も、藍たちは無言でただただ待ち続けるのだが、一向に放送がかかる気配がない。


 教室内の雰囲気は時間の経過とともに重くなっていく。

 最初の達成感や喜びは影を潜め、代わりに不安と苛立ちが支配的になってきた。


 何かトラブルでも起きているのだろうか。


 ゲームの盛り上がりなどとうに過ぎ去り、学年中が静寂に包まれている。


 ――――そんな中でのことだった。



 コツ、コツ、コツ――



 ゆっくりとした、しかし確かな足取りが聞こえてくる。

 その音は、静まり返った教室棟に響き渡っている。

 最初は遠くから聞こえる微かな音だった。

 しかし、規則正しいリズムで刻まれるその足音は、確実に大きくなってきている。


(誰……?)



 コツ、コツ、コツ、コツ――



 遠かった足音は、着々と大きくなっていく。

 廊下を歩いているであろうその人物の足取りには、急いでいる様子も迷っている様子もない。

 むしろ、目的地をはっきりと定めて堂々と歩いているような印象を受ける。

 その目的地が8組、9組なのか、10組なのかは分からないが、とにかく藍たちの方向へ向かってきているようだ。


 藍は自然と入り口の方に視線を向ける。


 この静寂の中で響く足音は、異様なほどの存在感を持っていた。

 まるで、この沈黙を破るために現れた何者かのような、そんな感覚。


 長い待機時間のせいもあって、これが状況を変える誰かなのではないかと。

 そんな期待に、クラスメイトたちの視線も入り口近くへ集まっている。


 そして。


 しばらくすると、その足音の主が教室に現れた――



(―――――――――え!?)



 ――――口から、思わず声が漏れでそうになる。


 教室の入り口に現れたのは、藍たちにわざわざ他人を使い伝言を寄こした人物。


 ――――他でもない、野内蓮その人だった。


 藍は目を疑った……どころの話ではない。

 驚きを通り越している。

 伝言では、彼はここには来ないはずだったから。


 それなのに………

 なぜ、今になって現れたのか。


 しかし当の蓮はそんな藍やクラスメイト達の様子など気にした様子はなく、堂々とした足取りで、まるで何事もなかったかのように教室へと入ってくる。


 その表情には今朝までの飄々とした様子はなく、どこか自信に満ちた雰囲気が漂っていた。


「……野内くん!?」

「おいおい……聞いてた話と違うぞ」

「まさか、お前のせいじゃないだろうな!この待ち時間!」

「どこ行ってたんだよ!」


 クラスメイトたちから次々と声が上がる。

 大体の生徒が、この無意味な時間の原因が彼にあったんじゃないかと推察したようだ。


 しかし、蓮はそれらに答えることなく……いや、全く取り合う様子もなく、ただ教室を見回している。


(まさか、ここに来るなんて…………)


 その混乱は決して藍も例外ではない。

 蓮はここには来ないと皆が皆思っていたのだから仕方がないだろう。


 だって、自分の席を埋めておけ、なんて伝言だったんだ。

 それも、わざわざ知り合いを介してのもの。

 ここには自分は来ないからと解釈する方が自然だった。


 それなのに、どうして今更現れたのか全く分からない。


 すると、蓮の視線が、藍の後ろ――本来の自分の席に座っている玉井先生に向けられる。


 そして、ほんの少しの間があった後、


「…………あら、野内くん。やっと来たのねー」


 と、玉井先生が蓮の視線を受けたことで、交代するために席を立ち上がろうとした――のだが。


 この瞬間、藍の頭の中で警鐘が鳴り響く。


(――――待って!!)


 ――藍は咄嗟の判断で立とうとした先生を抑える。


 今ここで先生が席を立てば、離席禁止のルール違反になる可能性が高かったからだ。


 ルールには確か、


『一度選択し着席した()()()()から離れることは禁止する』


 と書いてあった。


 藍の推理では、このルールの意図は結果発表時の『指定席に座った者』という意味の固定にある。


 仮にこれが、


『一度選択し着席した生徒は席から離れることを禁止する』


 だった場合、先生が参戦したら、色んな場所の席に座っては立つという行為を繰り返すだけで『指定席に座った者』という事実だけを大量に作りに行けてしまうからだ。


 そうなればゲーム崩壊待ったなしだろう。

 故に、こんな言い回しをわざわざしているのだと藍は判断した。


 しかしだからこそ、藍は先生を生徒の席に座らせ参戦させてもいいんだと考えられた。


 該当()()ではなく該当()など、所々に”()()”ではなく、”()”という言葉を使用している部分が作為的だったから。

 ポイントを得られるのは、指定席に座った()()、ではなく、指定席に座った()、と明記してあったから。


 きっと、先生の参加を見越しているルールなんだなと、そう判断できた。


 つまり、このルールは誰が立ってはいけないのかではなく、誰であろうと一度座った席から離れてはいけないと定義しているのだ。

 それは、指定席の重複を避けるために。

 一度着席した者の結末を変えさせないために。


 これだけでも先生を立たせない理由は十分すぎるのだが、さらに言えば、先生が席に座ることが問題ないという前提で独占をしているのが、今の10組の状態だ。


 先生だけ離席自由なんて都合の良い解釈をできる状態ではとてもない。


 もし反則になってしまえば、無条件で最下位なのだ。

 せっかくの完全独占が、一瞬にして水の泡になってしまう。


 余計に立ち上がらせるわけにはいかない。


 ――そう考えながらも、藍は咄嗟のことだったので声を出せず、無言で、しかし必死な形相で玉井先生に目配せを送っていた。


「立たないで」と。


 しかし、さすがは先生というべきか。


 理由は分からずとも藍の言いたいことだけは理解したようで、玉井先生は動きを止めている。

 そして、少し困ったような表情を浮かべながら、浮かしかけた腰を下ろしなおした。


「あ、あのー……野内くん。ごめんなさいね、もう座っちゃったから……」


 先生の声には申し訳なさと困惑が混じっている。

 戻ってきたのなら、蓮に席を譲るのが自然だと思っていたのだろう。

 しかし、藍の必死な制止を受けて、何かのっぴきならない事情があることを察してくれたのだ。


 蓮と玉井先生、そして藍の三人の間に、奇妙な沈黙が流れる。


 この沈黙の中で、藍は蓮の真意を測りかねていた。


 蓮は一体何のためにここに来たのか。

 まさか、本当に先生から席を取り返す必要があったのだろうか。

 それとも、別の目的があるのか。


(…………彼は一体……何を考えているの?)


 藍は蓮の表情を読み取ろうとするが、その顔からは何も読み取れない。

 ただ、その瞳には確かな意志の光が宿っているように思えた。


 そして――


「……ふんっ」


 ――蓮は小さく鼻を鳴らすと、不敵な笑みを浮かべた。

 まるで、すべてが自分の計画通りだと満足げに言うように。


 それから蓮はゆっくりと教室を見回すと、教室左前方の……教師用の席へと向かい始めた。


「え?」

「おい、あそこって……」


 たちまちにクラスメイトたちがざわめき始める。


 蓮はそのまま何の躊躇もなく、教師用の椅子に腰を下ろした。


 そして、足を組み、ふんぞり返るような姿勢を取る。


(………!?)


 藍は驚きのあまり、ただ呆然と見つめることしかできない。

 教師用の席に座るなんて、普通なら考えられない行動だったから。


 蓮の態度はあまりにも自然で、まるでそこが自分の席であると思っているかのようだ。


「……おい、野内! 何やってんだよ!はやく他で席探してこいよ!」

「先生の席だぞ、それ!」


 同じようにその行動に呆気にとられていたクラスメイトたちだが、少しすると非難の声が飛び始める。

 だが当の蓮は、涼しい顔でそれらを聞き流していた。


 つぼみも小声で藍に話しかけてくる。


「…………ねえ、藍ちゃん。野内くんってホントに凄い人なの?あんなところに座ってるけど」


「……分からないわ。でも……」


 藍は言葉を濁す。

 確かに非常識な行動で、とても擁護しきれないものだが、蓮の態度にはどこか確信めいたものが感じられたからだ。


(まさか、あの席が…………?)


 ふと、そんなある可能性が頭をよぎる。

 しかし、それはあまりにも突飛な考えだったため、藍には信じられない。


 さすがに玉井先生も困惑した様子で蓮を見ている。


「あのー、野内くん?そこは先生の席なんだけど……」


「問題ありませんよ、先生」


 ここで――蓮が初めて口を開く。

 その声は、クラス中のヘイトを買っているとは思えないくらい、驚くほどに落ち着いたものだ。

 まるで、何の問題もない当然のことを説明しているかのような口調。

 その余裕ぶりが、かえって周囲の困惑を深めていく。


「だって、先生は俺の席に座ってるんですから。交換ってことで」


 その言葉に、教室中が再び静まり返る。


 ……確かに、理屈としては通っているなと藍は考える。

 というか、実際問題、先生が蓮の席を確保している時点で数が合わなくなってしまうので、そうせざるを得なかった。


 しかし、それでも生徒が教師の席に座るなんて、普通はまず考えない。

 普通ならまず代わりの席を探しにいくだろう。

 真っ先にそこに座るという発想自体が、常識の範囲を超えている。


「でも、それは……」


 一切の躊躇もないその発言に玉井先生が何かを言いかけたのだが――



『1年生、全生徒が揃いましたので、これより獲得ポイントの結果発表を行います――――』



 ――――その時、校内放送が響き渡った。


 待ちに待っていた結果発表がついに始まるのだ。


 その瞬間、教室中が意味不明な蓮のことから意識を切り替えたのが分かった。



『――まずは指定席の発表です』



 クラス中から息を飲む音が聞こえる。

 藍も緊張しながら放送を聞く。

 動けないながらも完全独占という完璧な状態を作り出した10組に、どんな結果が待っているのか。

 それを聞き逃さないよう誰も声を発しはしない。



『指定席に座った者、10名――』



 放送では、各クラスから1ポイントを獲得した者たちの名前が読み上げられていく。


 ――――しかし、その中に10組の人間の名前はない。


(やっぱり、式に参加できなかったから……)


 動くことを禁じられていたため、この状態は少なくとも10組からして最善で。

 それでも無理だったのだから仕方のないことなのだが、それでも悔しさは残る。


 周りのクラスメイトたちも同様の表情を浮かべていた。

 期待があっただけに、落胆の色は隠せない。


 この結果からも、きっと生徒会長が指定席を意図的にここには配置しなかっただろうことも薄々分かる。

 せっかくの独占も、結局は実質的にゲームに参加できなければ意味がなかったということだ。


「……まあ、仕方ないよね」

「うん、遅刻したんだから……」


 諦めムードが漂い始める。

 教室内の雰囲気は、先ほどまでの高揚感から一転して沈んだものになった。

 努力が報われなかった時の、あの特有の重苦しさが空気を支配している。


 ――しかしそんな中、蓮だけは全く様子が変わっていない。


 相も変わらず自信に満ちた表情で教室の後ろの方を見つめながら、じっと放送に耳を傾けている。

 皆が落胆している中で、一人だけ違う世界にいるような佇まいだった。



『続いて、特別指定席の発表です――』



 クラス中がこの最後のチャンスに希望を託しているその瞬間、藍は蓮の口元が微かに上がるのを確かに見た。


(まさか……そんなこと、あるわけ…………)


 信じられない可能性が、再び頭をよぎる。



『特別指定席に座った生徒1名────』



 まさかと思うが、それでもそんな予感が確かにしていた。

 蓮の確信に満ちた表情、教師用の席への躊躇のない着席、そして今の微かな笑み。


 ――すべてが一つの結論を指し示している。



『10組=野内蓮、10ポイントを獲得です。おめでとうございます』



「……………………………………」


 一瞬の静寂。

 まだ明るいというのに、目の前が真っ暗に感じられるほど静かになる。


 そして、それは一瞬にして消し飛ばされる――――



「「「ええええええええええええ!?!?」」」



 教室中に、鼓膜を破らんとするほどの大きな驚愕の声が響き渡った。


「う……嘘だろ!?」

「野内が10ポイント……!?!?」

「どういうことだよー!?」


 混乱と興奮が入り混じった声が飛び交っている。

 誰もが信じられないという表情で、教師用の席に座る蓮を見ていた。


 それは、藍だって同じだ。


(そんな…………まさか、ほんとに先生用の席が……特別指定席だったなんて…………)


 それは、誰も予想なんてできなかった結果だった。


 生徒用の席の中から指定席を探すものだと、誰もが当然のように考えていたから。



 ――――これは、誰もが平等にかかってしまう無意識のバイアスを利用したもの。


 結果が分かってしまえば――”言われてみれば簡単なことだった”となるもの。


 だが、バイアスというのはかかっているときは非常に厄介なものだ。


 それは、このゲーム中に、まさか教師用の席までもがゲームの対象だったなんて誰も気づけなくなるほどに。


 藍は慌ててルールを見返してみる。


 するとそこには――


『それぞれ自学年に割り当てられた教室棟へと向かい、各々が好きな教室の()()()()を自由に選択し着席する。なお、一度選択し着席した()()()()から離れることは禁止する』


 ――と、確かに明記してあった。


 着席していいのは、好きな生徒の席ではなく、()()()()

 離席をしてはいけないのは、全ての席ではなく()()()()だけ。


 詰まる話、特別指定席に座るためには、教師用の席に座った先生を退かして座るしかなかったのだ。


 さらに言えば、特別ルールには――


『各学年それぞれに、特別指定席を設け、特別指定席に座った()()は10ポイントを得ることができる』


 ――とだけ書いてあったため、特別指定席は恐らく1つではなく、各クラスの教師用のイス分あったのだろう。

 ご丁寧にここでも特別指定席に座った”()”ではなく”()()”と書き分けられていることからも、知らぬ間にゲームに参加している先生たちが座っていても点数にはならないようにする意図を感じる。


 ただもちろん、これに気付いたからと言って何も知らない先生を退かすだけでも相当に難しく、そこに居座るとなるとほぼ無理なんじゃないかとさえ思えるほどに難しいことだった。


 様々な才能を磨いてきたであろう3年生でさえたったの一人しか確保できていないことを考えると、蓮の異常さがより際立ってくる。


「すげぇ……」

「マジかよ…………」

「10組、1位じゃんか!!!」


 落胆から一転、教室が歓喜の渦に包まれる。

 クラスメイトたちは興奮を隠せない様子で、先ほどまでとは一転して口々に蓮を称賛し始めた。

 手のひらを返すとはまさにこのこと。

 つい数分前まで非難していた同じ人たちが、今度は「天才だ」「すごい」と褒め称えている。


「野内くん、すごい!!」

「どうやって分かったんだ!?」

「天才かよまじで!!」

「ありがとーう野内ぃーー!!」


 一方で、称賛を受けもっと自慢げな顔をしていると思っていた蓮は、すごく澄ました顔をしている。

 この結果は当然だとでも言いたいのだろうか。


 つぼみも興奮した様子で藍の腕を掴んでくる。


「藍ちゃん! すごいよ! 10組が1位だよ!」


「え、ええ……」


 藍は非常に複雑な心境をしている。


 確かに嬉しい。

 だって、クラスが1位になったのだから。

 これで10組は学年トップの成績を収めたことになる。

 教室の配当も、きっと一番条件の良い場所になるだろう。


 しかし、同時に釈然としない気持ちもあった。


(…………彼は最初から、これを狙っていたの?)


 もしそうだとしたら、あまりにも大胆すぎる作戦だ。

 自分が先生の席に座るために姿をくらませ、他人を遣い伝言をクラスに渡しておく。

 それでも先生が座ってなかった場合や他のイレギュラーな事態を懸念して、保険のつもりで登場を遅らせたのだろう。

 遅くにいけば、どんな形であれより確実に自分の席が埋まっているだろうから。


 普通に生きていたらこんなこと思いつきもしない、とんでもない作戦と実行力だった。


 ――そして、もう一つ気になることがある。


(…………そうだとして、どうやってこの作戦を?)


 蓮はゲームの発表がある入学式には出席していなかったのだ。

 文音からの伝言があったため、てっきりゲームのことは誰かから聞いて作戦を立てたのかと思っていたが、

 その段階で教師用の席が特別指定席だと分かっていたのでは、説明がつかないことがある。


 そう――


 ”()()()()()()()()()()()()()()()()()”だ。


 どう考えてもサボっているとしか思えなかったが、

 この結果を踏まえると、明らかに席に縛られる状況を回避していたのだと分かる。


 いつどうやってゲームを知ったのか。

 いつどうやって離席禁止という縛りを察知できたのか。

 そしていつどうやって特別ルールを知り、特別指定席を看破したのか。



 ――――謎ばかりだった。



「いやー、野内くん。まさか特別指定席とはねー」


 玉井先生も驚きを隠せない様子で蓮に話しかける。

 先生自身も、まさか自分が座っていた場所に、そんな秘密があったとは思っていなかったのだろう。

 困惑と驚きが入り混じった表情を浮かべている。


「本当にびっくりしたわ。でも、おめでとう」


「……ありがとうございます。でも、たまたまですよ。たまたま」


 蓮は謙遜しながら軽く頭を下げる。

 しかし、やはりその表情にはどこか複雑なものが見て取れる。


(喜んでいないの………?)


 最大の結果を残せているのに、それでも嬉しそうにしている風には見えない。

 普通なら、これだけの成果を上げたなら少なからず誇らしげにするはずだ。

 それどころか、蓮はむしろ困ったような、戸惑ったような表情をしているように見えた。


「………野内くん」


 ここで、これまで蓮に対して声を掛けてなかったことに気付いた藍が近づき名前を呼ぶ。

 その声に反応し、蓮が振り返ったその瞬間、二人の視線が交錯した。


「……………おめでとう」


 藍はそれだけを言うので精一杯だった。

 他に何を言えばいいのか分からなかったから。


「………ああ、ありがとう」


 蓮の返事は非常に素っ気ない。

 やはり藍にはとても喜んでいるようには見えなかったが、その目には確かな何かが宿っているようにも感じられたため、とりあえずは言及しないでおく。

 それが何なのかは、藍には分からなかったから。


 教室中は未だ興奮冷めやらぬ様子だ。


「これで1組の教室ゲットだぜ!」

「最高! 下駄箱近いし!」

「野内、お前マジですげぇよ!」


 皆が口々に喜びを表現している。

 しかし、藍の心にはまだモヤモヤしたものが残っていた。


(………結局、彼の思い通りになったということ?)


 朝の告白から始まり、自己紹介での騒動、そして今回のゲーム。

 すべてが野内蓮という男の手のひらの上で転がされているような気がしてならなかった。

 まるで、最初から脚本が決まっていたかのように。

 そして、自分たちは皆、その脚本の中で踊らされていただけなのかもしれないとさえ思える。


 改めて蓮を見つめる。

 教師用の席に座りふんぞり返る彼の姿は、型破りで、常識外れだが、驕り高ぶってはいない。


(認めたくはないけど………)


 ――この男は、確かに只者ではない。

 それだけは認めざるを得なかった。


(………それでも、このまま彼の思い通りになるなんて許せないのは変わらない……すぐに別れを切り出させてみせるわ)



 野内蓮という男に興味が湧いてきた自分に気づきながらも、藍はそれを必死に否定するため一層強く決意をするのだった。


藍「…………」

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