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第15話 クラス対抗イス取りゲーム⑦ 指定席の法則


 『サクちゃんへ、天才くんはいなくなったようです』


 という文音からの連絡メールを受け取ったサクは、右手に持った携帯をポケットに滑り込ませた。


(……いなくなった?)


 天才くん――蓮は10組にいなかった。


 それが深謀遠慮の策なのか、それとも単なる怠惰の発露なのか。

 文音とサクの見解は、後者のサボタージュで一致していた。


(今回は蓮との勝負は諦めて、この学校での実力を示すことに専念しますかね)


 来るか分からない相手を待っていても、実りはない。

 考えを修正し、意識を切り替えることにする。


 サクは携帯をしまうと、改めて周囲を見回した。

 教室棟のホール全体に響く生徒たちの喧騒が、まるで戦場の雄叫びのようにも聞こえる。

 誰もが指定席を見つけ出そうと必死に頭を働かせているのだろう。


 教室棟の廊下には、今も多くの生徒が行き交っている。

 最も人の目に付きやすい1組の教室は、36席あるうちの半分ほどの席が既に埋まっていた。

 場所を考えれば何も不思議なことではない。

 だが、奇妙なのは最初に来て適当に座った3人以外、全員の顔に確固たる自信が漲っていることだった。


「これはやっぱりギャンブルだったかな。全員が全員、自信満々だ」


 通称、”天才学園”。


 その俗称は入学した生徒の自意識を助長させる側面もあるのだろう。

 入学できた時点で自身には才能があるのだと、勘違いをしてしまうほどに高い社会的評価を得ている学校だった。


 しかし、サクの目にはその自信の質に違いがあることが見て取れた。

 根拠のない自信と、確固たる根拠に基づく自信。

 その区別ができるようになったのは、3年間蓮と共にいた経験があったからかもしれない。


 それ故に、中でも更に確かな感触を頼りにして席を選んでいる生徒が何人かいるのを、サクは決して見逃さない。


(一番左の窓際最後尾に座ってる人と、前の一つを飛ばして連続で三人。あの人たちの席はほぼ確実に指定席かな)


 1組の教室は全部で36席。

 それが既に廊下から見て奥側、上から見て左側の、窓際の席の方から半分程度が埋まってしまっている。


 ほとんどの生徒が頭の中で色々な推測を立てどうするべきか悩んでいるのだが、功を焦る気持ちと席が埋まってしまう事態を怖れて全体的に早いペースで着席をしていた。


 それでもサクは廊下の柱に背中を預け、腕を組んで観察を続けていた。

 急いては事を仕損じる。

 これも中学時代に蓮と共に過ごしたことで学んだ教訓だ。

 確実性を欠いた行動は、結果的に大きな損失を招く。


 そう考えたために、石橋を叩いて渡る慎重さで何とか踏み留まっていたのだ。

 才ある者たちを利用し、当てはまる法則を導き出し、より確実にポイントを獲得しやすくするために。


 そしてその辛抱の果てに――ようやく見つけ出せたのが彼らだ。


 やっと見つけた指定席と思しき席に座る生徒たちからは、一片の迷いも感じられない。

 まるで、答えを知っている受験生のような――そんな確信に満ちた佇まいだった。


「……あの人たちを信じて席を探してみるとしますか」


 悠長にしている暇はない。

 廊下は今も人の波で溢れ返っている。


 余裕をかましただ静観していれば、あっという間に座る席すらなくなってしまうだろう。


 サクの頭の中では既にいくつかの仮説が形成されつつあった。

 座席の配置、番号の振り方、そして何より――生徒会長が言っていた言葉の意味。


「とはいえ、どうしたもんかね」


 法則の候補はいくつか浮かんでいるが、あの4人の選択だけでは特定できない。

 せめてあともうひとり、決め手が欲しい。


「……今のところ、L字型に配置しているのが一番有力かな?数も11でぴったりだし」


 そう、生徒会長は指定席すらも後から変更するような発言をしていた。

 つまり、当初の予定になかった特別指定席も織り込んだ再編成をしているはずだ。

 間違いなく10個を選ぶ法則ではなく、11個の席を特定できたうえで特別指定席も判別できるような法則で指定しているに違いない。


 サクは指を折りながら、頭の中で座席表を思い浮かべた。

 横6列、縦6列の36席。

 その中で特定の法則に従って11席を選び出す。

 あの生徒会長ならば、きっと簡潔でいて美しい法則を選ぶはずだ。


 しかい、それ以上の推測は、霧の中を手探りで進むようなもので非常に難しい。


(一か八か、もうL字のどこかに座ろうかな……)


 そうしてサクが法則性の特定に頭を悩ませていると、目の前を瓜二つの二人の女子が通り過ぎた。


(双子かな……)


 瓜二つの造形に、思考が一瞬ゲームのことから脱線した。

 だが、その容姿以上に目を引いたのは、二人から漂う独特の気配。

 まるで鏡写しの陰陽のような、相反する空気感だ。


「あずき」


「うん、間違いない」


 前者のみずきと呼ばれた少女は凛とした声音、後者のあずきと呼ばれた少女は穏やかでダウナーな声。

 声質は酷似しているが、その佇まいは対照的。

 同じ顔立ちでありながら、これほど印象が異なるものなのかと、サクは感心した。


 両者とも蕨餅を模したような、和菓子を思わせる愛らしいデザインの髪留めで艶やかな黒髪を飾っている。

 髪留めのデザインは独特で、市販品では見ないようなものだ。

 おそらく特注品か、手作りのものだろう。

 二人が同じものを身に着けているということは、姉妹の証――いや、もしかすると苗字を表しているのかもしれないなと、何となくサクは思う。


 そして彼女たちは言葉少なに意思疎通を図ったかと思うと、迷いのない足取りで人混みを掻き分け、1組の教室へと消えていった。


「僕も、もたもたしてらんないしねー……」


 その後を、いよいよ焦燥感に駆られたサクは追うことにする。

 普段の慎重な姿勢からすれば、自分らしくない軽率な行動だったが、不思議と彼女たちについていくことに抵抗はなかった。


 人混みを抜け、1組の教室へ足を踏み入れると、双子は既に着席していた。

 廊下側から2列目の、最後尾から数えて1席前に一人、その前にもう一人。

 二人はそのまま仲良くおしゃべりをしている。


「……なるほど、L字じゃなかったか」


 はじめの方から座っていたあの4人よりも、思案中の自分の直感を刺激した双子の信頼度の方が高かった。

 そのため、L字配置の仮設ををこの段階で排除する。


(パッと見まわして僕が判断できるのは、この双子を含めて6人。他も自信満々だからそれ以上は見分けがつかないけど。ただ、この6人の席が正解だと仮定すると……)


 左前から横順に番号を振っていき、1番から36番までの席番号を勝手に付けていく。

 そしてサクは素早く彼女たちの席番号を確認した。

 みずきが19番、あずきが13番。

 さらにそこに、最初に発見したあの4人の席番号を加えていく。


「…………7、13、19、23、29、31」


 サクは頭の中で数字を並べ直し、小さく言葉にする。


 7、13、19、23、29、31。


 この数列には明確な規則性がある。

 どれも、1とその数自身でしか割り切れない数字という規則性――


(――――素数、か)


 数学における孤高の存在。


 1とその数でしか割り切れないという性質を持つ、社会に馴染みにくい天才たちと似ていて、指定席に相応しいものだ。

 36ある席のうち、素数に当たる席は11席しかない。

 そして、彼女ら6人が座っているのは、左前の席から横に順に番号を振った場合に素数に当たる席だった。


「ビンゴだね。間違いない」


 確信を得るや否や、サクは空いている素数の席へと向かう。

 先ほど追いかけてきた二人の前の席、17番の席へと腰を下ろした。


 17番の席に座りながら、サクは改めて素数の配置を確認する。


 2、3、5、7、11、13、17、19、23、29、31。


 この中で5、11、17の比較的廊下側の席はまだ空いていた。

 しかし、5番は最前列の席で今から座るんじゃ目立ちすぎるし、11番も中途半端な位置にある。

 それに比べ、17番の席は列の真ん中あたりで全体の観察にも適しているし、何より双子との距離も近く丁度良かった。


(上手くいって良かった。だけど、この場合、特別指定席は多分……)


 ――横列で素数が1席のみの場所。


 左前から横順に番号が割り振られている以上、横列基準で1席だけ浮き彫りになる番号の席が特別指定席。


 それ以外に考えられない。


 そう推測し、目を付けていた6人の中で最も早く着席していた男の方を盗み見た。


 教室の左後ろ、31番の席に鎮座する男。


 見れば、男は優雅に足を机の上で組んでいた。

 優雅というのは、纏う雰囲気の話だ。

 貴族的な気品と不良の荒々しさが同居する、不思議な存在感。

 それでいて、女性を虜にしそうな危険な色気を放っている。

 ただ座っているだけなのに、圧倒的な威圧感がある。

 ポケットに手を突っ込み、窓外の景色を眺めながら、椅子を後ろに傾けてゆっくりと揺らしている。


 鍛え抜かれた肉体は高校生の域を超え、着崩した学ランの隙間から覗く赤いTシャツが、獣のような体躯を強調していた。

 さらに言えば、座っていても180後半はあろうかという長身なのが明確に分かる。


 ……あの男は明らかに他の生徒とは格が違う。


 威圧感もそうだが、何より――

 自分が特別指定席に座っているという確信に満ちた態度が、見ている者を圧倒した。


(……まぁ、あそこで決まりかな。どうやって見抜いたかは分かんないけど、今回は仕方がないか。蓮以外にも凄そうなやつらが大勢いるってことだね)


 そうやって視線をそのまま自身の後方にスライドすると、真後ろの女子と目が合ってしまった。

 しかしサクは一切動じることなく、ただ人懐っこい笑みだけを返して前を向き直ろうとする。


 しかし――


「あんた、さっきホールでうちらのこと見とったやつやろ」


 予想外にも唐突な指摘を受け、サクは流石に前を向けなかった。


「………まさか?確かにホールにはいたけどね」


 ほんの一瞬だ。

 彼女たちがサクの前を通り過ぎていったときに、ほんの少し意識を向けただけ。

 それを見抜かれたことへの焦りから、とっさに誤魔化してしまう。

 彼女の観察眼は想像以上に鋭かった。

 あの人混みの中で、ほんの一瞬の視線を感じ取るとはやはりただ者ではない。


「ふーん。しらばっくれるんや。ま、自分の力で席も取れへん卑怯者になんて、興味あらへんけどなー」


 関西の方の血が混じっているのだろう。

 聞かずとも、喋り方がそれを教えてくれた。


 彼女はそう言い放つと、本当に興味を失った猫のように後ろを向きかける。

 サクはその物言いに多少は苛立ちもしたが、彼女たちを見て、彼女たちの後を追ってきたのは事実なので否定する術もない。


 なので、一応の弁解をするためにも開き直ることにした。

 気付かれていたことに驚きはしたが、もとより隠し通すことでもない。


「これは手厳しいね。……うんそうだよ、僕はホールで君らを見かけて後を追ってきた。……だけど、堂々と席が分かったような意味深な発言をした君たちも不用心だったと思うんだけど?」


「うちらのは不用心やない。周りの反応を見とっただけや」


「反応を?」


「せやで。ここはあの天下の天才学園やろ?どんな化け物が潜んどるか、確かめたかってん。あんたみたいにのこのこ尻尾振って付いてくる狐もおるやろな、思てたけど……まあ、無反応な凡人が大半やったわ」


 彼女は「はあ」と、つまんない、期待外れ、と言わんばかりの溜息をしている。


 どうやらわざわざ周りに発言を聞かせて、周囲の実力を計っていたらしい。

 しかし、サクはそのお眼鏡に敵わなかったようだ。


「なるほどね。でも正解の席に座ったのはどうして?僕に気づいていたなら、ハズレに座りでもすれば攪乱できたんじゃ?」


 そう――

 サクの存在に気づいていたなら、嵌める事もできたのだ。


「なんでうちがそないな面倒なことせなあかんの?うちらはうちらでポイント取ったらええだけやし、他は知らんわ。あんたのことかて、今目ぇ合うまで気づかへんかったしな」


 嘘偽りのない瞳。

 心底どうでもよさそうな態度に、却って清々しさすら感じる。

 彼女の言葉は辛辣だったが、それが飾らない率直さを持っていることの証明だと感じた。

 ゆえに、建前や社交辞令を嫌う性格だということがすぐに分かる。


 そういう相手の方が、サクにとっては付き合いやすい。


「傷つくことをつらつらと……ま、袖振り合うも他生の縁ってのがあるしね。僕は島田朔、関わることがあるかは分からないけど、今後ともよろしくね……蕨みずきさん」


 そう言って、サクは手を差し出した。

 払いのけられることを覚悟していたが、彼女は意外にも感心したような表情を見せる。

 どうやら自己紹介は成功したらしい。


「ふーん……ちょっと見直したわ。さっきまでは塵一つほども興味なかったんやけど、今は埃くらいには格上げしたろか」


「……光栄だね。で、一体何に感心したか教えてもらっても?」


 握手を求めたことにだろうか、それとも自分から自己紹介をしたことにだろうか。

 そういったような悩ましい素振りをサクはわざとする。

 内心は賭けに勝った博徒のように昂っていたが、平静を装っている。


「あんた、よううちらの苗字分かったなー思てな。感心感心やわー……この髪留めからやろ?」


「ああ。そのこと。珍しいデザインの髪留めだからね。それに、二人でしているもんだから共通のトレードマークみたいなものだと思って。――例えば……苗字を表してる、とかね」


 実際は確信など全く無かった。

 まるで分かっていたかのように言っていたが、当たっていれば儲けもの、外れても話の種になるだろうくらいの軽い気持ちでの発言だった。


 しかし、どうやら的中したらしい。

 蕨餅の髪留めで「蕨」。

 答えを知ってしまえばなんと単純なことか。


 世の中、案外そういう”言われてみれば簡単なことだった”ってことだらけなのだろう。


 と、サクがそんな自分を褒めたたえ感慨に耽っているのを見透かしたのか、それを断ち切るように彼女は改めて自己紹介をしてきた。


「……ま、そういうことにしといたろ。うちは蕨みずき。後ろは双子の妹の――ほら、一応挨拶しとき」


 みずきに促されて、後ろにいるもう一人が顔を覗かせる。


「蕨あずきだよー。よろしくー」


 姉の凛とした佇まいとは対照的な、随分とゆったりとした印象を受ける。

 話し方も、姉とは違い標準語のイントネーションだ。


「島田朔です。よろしくね」


 気だるげな感じのあずきの人当たりの良さは、みずきとは正反対なものだった。

 しかし、だからこそ二人で一つの完璧なバランスを保っているのかもしれない。

 陰と陽、刀と鞘。

 そんな関係性が垣間見える。


(さて、いい機会だし友好を深めておこうかな)


 と、サクは考えていたのだが。


 その時――


『3年生、全生徒が揃いましたので、これより獲得ポイントの結果発表を行います――――』


 校舎のスピーカーから、そんな校内放送が響き渡った。


みずき「応援よろしゅうなー?」

あずき「よろしくー」

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