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第14話 クラス対抗イス取りゲーム⑥ 野内蓮の策略


 「おしりおき…………おしり置き…………便座のこと?………いや違う、この場合…………椅子……?」


 藍はそんな、突拍子もないような思考に辿り着く。

 自分でも、まさかそんな暗号めいた伝言ゲームのようなことがあるのかと疑っているが、それでも確かめずにはいられない。


 杞憂かもしれないが、念のため。

 先程モニターに映っていた、ルール説明が書いてあるスクリーンの画面を撮った写真を携帯で確認する。


「え?どうしたの藍ちゃん?」


 真剣な表情で独り言をつぶやく藍を、つぼみが心配そうに見つめる。


「つぼみ、さっきの彼女……ほら、千条文音さんって名前の。……彼女、教室から出ていくときわざわざ何のために私のところに来たの?」


「可愛かったからじゃない?」


 即答だった。


「……ううん、そんな理由じゃない。最初は私に興味があって話しかけてきたんだと思ったんだけど、何か意図があったように感じるの。……最後の言葉、変だったでしょ?」


「ああ、うん、でもあれは嚙んじゃっただけなんじゃない?」


 藍は携帯の画面を見つめながら、ルールの文言を改めて確認していた。


「私もそう思ってた。ただの日本語の間違いか、噛んでちゃんと言えなかったのかなってね。でも、彼女はこう言っていたの。――――”これから、おしりおきをよろしくね”って。………このおしりおきって、野内くんの空いてる椅子のことを指してるんじゃない?」


 彼女は自分に用があったわけではない。

 その後ろの席に用があったのだと思い至る。


 携帯の画面に映るルール説明を見ながら、藍の頭の中でパズルのピースが組み合わさっていく。

 千条文音の行動、野内蓮の不在、そしてその空いている席を託す伝言――すべては繋がっている気がしてきた。


「そうかもだけど……でもでも、つぼみはそれでも意味がよく分からないんだけど?」


 ”これから、おしりおきをよろしくね”


 ――自分なりに意味を補完して言葉にしてみる。



「――――”これから始まるゲームで、後ろの空いた席の確保をよろしくね”」



 その言葉の意味を理解した途端、彼女が訪問した真意や背景を察することになった。


 到底、何を考えてこんなことをしたのかは分からないが、こんな言葉を伝言するのはこの状況ではたった一人しかいない。


「……ん?それって?つまり、どういうこと?」


 それは、つまり――――


「――――これは、野内くんからの伝言よ。空いている自分の席を確保しろってね」


 友人を使い、どこからか自分の席を確保するように指示を送ってきた。


 それが、この不思議な出来事の真相。


「え?どういうこと?」


 つぼみは目を丸くして驚いている。

 無理もない。

 普通なら、こんな複雑な推理には至らないだろう。

 藍とて同じ気持ちだったが、告白のこともあり変に落ち着いていた。


「彼は、どうやってかは分からないけど、この状況になることを予見していたのかも。だから教室に最初からいなかったのよ、きっと」


 本当にどうやって知ったのかは皆目見当もつかないが、蓮だけがこの拘束状態を回避しているというのは事実。


 絶対にサボりだと思っていたのだが、考えてみればいくら面倒だからと言って、入学式を何も理由なしにすっぽかすなど到底ありえないことだった。

 何か深い考えがあってのことだったと言われた方が納得出来る。


「そ、そんなバッカなー!藍ちゃん考えすぎだって。いくら何でもそんなの分かりっこないでしょー?それにさ、文音ちゃんも野内くんを探してたじゃん。じゃあ野内くんから伝言なんておかしくない?」


 つぼみの言う通り、確かに表面的には矛盾している。

 しかし、藍の直感は別のことを告げていた。


「表向きはね。でも、探してただけならあんな教室の奥まで入ってこなくても大丈夫でしょ?……よく思い出してみて。彼女は野内くんを探しに来てたけど、実際に教室に来てからは何をしていた?」


 彼女が教室に来た時のことをつぼみに思い出させる。

 藍もまた千条文音の一連の行動を脳内で再生していた。


「えっと……野内くんがいるかまず確かめて……それからいないのが反則かどうかを先生に確かめて……すぐに出てこうとしたけど近くにいた藍ちゃんに、話しかけた。で合ってる?」


 思い返してみれば、単純に人を探しているだけにしては行動が目的的すぎる。


「ええ、その通り。彼女が来た目的は二つ。一つ目は野内くんが今ここにいないことが反則かどうか確かめる事。二つ目は野内君からの伝言を誰かに伝えて空いた席を埋めさせることよ」


 そう――

 これはあの男、野内蓮が何かしらの企みをしているという証左だった。


 あんな狡猾な計算高い告白をしてきた男だ。

 策謀家の一面があっても何ら不思議はない。


「うっそ――それホント?だとしたら野内くんって……もしかしてめっちゃすごい人なんじゃない?」


 これがもし、メモを落とした段階から既に彼の作戦通りだったとしたら――

 この時点で10組の自分の1席を除いた全ての席の独占と、不測の事態に備え自分一人だけが駒として自由に動けるようにするという、考え得る限り最高の状態を作り出したことになる。


 それも、クラスメイトに一切直接指示を出すことなく、だ。


(認めたくないけれど……)


 藍は内心で複雑な感情を抱いていた。

 もしも自分のこの推理が正しければ、野内蓮という男は単なるバカではなく、恐るべき戦略家だったということになる。

 素直にあの男の手柄を称賛したくないのだ。


「……そう、なのかもしれない」


 だけど、認めざるを得ない。

 ここまでの手腕だけでも、凄腕の采配の才能、未来予知とも思える戦術眼の鋭さは明白だったからだ。


「でもさ、なんで自分の席を埋めさせようとしてるの?それって野内くんが困らない?」


 つぼみの疑問はもっともだった。

 普通に考えれば、自分の席を他人に取られてしまっては困るはずだ。


「戻ってこないから困らないのよ。だからほら、このままだと完全な独占になってないでしょ。”もしも自分の空けた席だけが、10組にある唯一の指定席だった場合”、っていう最悪のケースを事前に潰しておくのは必須でしょう?」


 そう。

 今のままではほぼ独占の状態であって、完全な独占の状態ではない。

 これは、独占の最大の強みである、教室内の全席をカバーできるという利点を放棄している状態だ。

 もしもあの男の席だけが指定席だった場合、10組は0ポイントということになってしまう。

 最悪のパターンが残された、穴がある状態。

 それを避けるためには、誰かがその席に座って10組の管轄にしておく必要がある。


 だから、その穴を埋めておけという意味での伝言だった。


「え!だとしたらはやくしないと!」


 つぼみは慌てて周囲を見回す。


「ほら、ここって藍ちゃんの後ろだし(……ついでに隣がつぼみだし)座りにくいから、まだ誰も座ってきてないけど……」


 声のトーンを落とした。


「……皆こっちずっとチラチラ見てくるし。多分もう時間ないよね」


 つぼみの指摘通り、廊下の生徒たちは依然として明らかに10組の教室を気にしている。

 今から悠長に話し合っている時間はないだろう。


「……あれ、でも、どうやって野内くんの席埋めればいいの?」


 この段階でようやくつぼみは首を傾げる。


 しかし、藍はこの伝言に気付いた時点である解決策を思いついていた。

 既にルールを再確認しており、彼女――千条さんの行動からも、これがあの男も想定していたであろう唯一の解決策なのだと確信している。


「大丈夫。さっきルールも見直したけど、問題ないはず。私に任せて――――」


 そう言って後ろの空席を埋めるため動こうとしたそのとき――

 突然の校内放送が流れ始めた。


『3年生、全生徒が揃いましたので、これより獲得ポイントの結果発表を行います――――』


 全校放送にて、3年生の指定ポイント獲得者及び特別指定ポイント獲得者が発表されていく。


 3年生の結果は、指定ポイントの半分以上である6ポイントを1組が獲得し、残りを他クラスが獲得。

 そして、特別指定ポイント10を10組の生徒が獲得したという結果で幕を閉じたことが伝えられる。


「3年生はもう終わったのね。講堂を出るのも最後で、教室棟も一番遠い場所にあるのに……さすがにクラスのまとまりも実力も違うということね」


「はやっ!1年生なんかまだあんなに廊下でウロウロしてるのにね」


 つぼみの言うように、廊下には未だ多くの生徒が残っている。

 奥までは見えないため推測だが、100人から200人というところだろうか。


「つぼみ、私たちも動くわよ。あ、動くって言っても立っちゃだめだからね。口だけでやるの」


「え、うん。でも結局藍ちゃんどうするの?」


「その答えは彼女が見せて行ってくれてたから。つぼみはいったん私に任せて、もし困っていたら助けて」


 そんな何も分からないような指示に対して、

 つぼみは悩む素振りすらせず、全く考えずに即答する。


「うん!よくわかんないけど、もうなんでもオッケー!」


「よし……じゃあ、やるわ。」


 そう小声で合図すると、藍は教卓のあたりに立っている若い女性教師に声をかけた。


「あの……先生、お願いがあります」


 1年10組担任、玉井小南(たまいこなみ)

 二十代後半に見える、やる気のなさそうな女性教師だ。


「んー?どうしたのー野内さん?お手洗い?」


 この場合、トイレくらい行かせてもいいのか、はたまたそれでも反則負けになってしまうのかの判断に悩み始める玉井に構わず、藍は言葉を続ける。


「いえ、お手洗いではないです。その……お願いというのは、もっと別のことでして」


「そう?じゃあなにかなー」


 やる気のない語調だが、一応は教師として話は聞いてくれるタイプの先生だった。

 時間が惜しいが、ゆっくりと満を持して藍は本題を先生にぶつける。


「……先生に、私の後ろの席……野内くんが空けている席に座ってほしいんです」


「ん、ぁえ?」


 思ってもみなかったお願いに、変な声が漏れ出していた。


「え?私が?……でも、え?いいの、それ……ていうか、野内くんの席取っちゃったら野内くん困るじゃない」


 戸惑いつつも、冷静に却下するための理由を探し出している。

 問題になりそうなお願いだが、問題になるとも言い切れない。

 グレーゾーンなお願いなので困っているようだ。


(まぁ、そうなるわよね……)


 藍はこの時点で玉井先生の性格を既に把握していた。

 面倒なことは避けたがる、典型的なタイプの大人だ。

 しかしそうであれば、論理立てて説得すれば動いてくれる可能性も大いにある。


「いえ先生、実は……先程は誤魔化していたのですが、野内くんはこの席には戻ってこないことになってるんです」


 藍はここで一度言葉を切り、玉井先生の反応を確認した。

 先生は眉をひそめたままだ。


「ですから、このままだとこの席は他のクラスに取られて10組の独占が崩れてしまうんです」


「うーん、だけど……でもそれは……」


 何かを言いかける先生の言葉を待たず、畳みかける。

 藍は決定的な一言を放った。


「なので、まだ私たちがここを独占できる可能性があるのは……残された選択肢は、10組の担任教師である玉井小南先生、ただ一人なんです」


 てっきり、これで何も言えずに要求を呑んでくれると思っていたのだが――


 藍の口から出た発言に、玉井先生は全く驚いた様子ではなく、露骨に面倒くさそうな態度を見せていた。


「えーと……でも、私が座ったらルール違反かもよ?ほら、生徒じゃないし私。それに、もし反則だったら最下位かもしれないじゃない?たった1席のために、そんなリスク取るべきじゃないと思うの」


 ――それは、玉井小南という女性の性格が如実に表れた返答だった。


 屁理屈ぎみでもあくまで正論。

 面倒くさいことには徹底的なまでに回避行動を取る。


 皮肉にも、その面倒くさがりぶりが実に面倒だった。


「そうですね。私もルール違反かどうかが気になったので念の為ルールを再確認しました」


 藍は携帯の画面を示しながら説明を続ける。


「そしたら……教師を除外する記載はありませんでしたし、”各クラス対抗戦”としか書かれていませんでした」


 先生は何も言い出せない。


「”各クラス生徒対抗戦”では無く、です。なので、責められることもなければ、ましてやルール違反でもないと思います」


 藍は最後の一押しをかける。


「先生も、そう思いませんか?」


 理詰めには理詰めで。

 それは最も効果的で、正確に相手を突くことができる手段だ。

 間違いなく、ここで折れると踏んでいた。


 しかし――


「うっ……で、でもー……」


 玉井先生は、これでもまだ面倒事に巻き込まれまいと抵抗している。

 まったく、どうやら藍が想像していた以上の、筋金入りの面倒くさがりだったらしい。


 さて、この次はどうするべきかと藍が次の一手を考えていると、

 ここでつぼみが突然口を開いた。


「先生ー、この教室遠くないですかー?」


「!?……そうねー、それは私も思ってるわー」


 玉井先生がつぼみに同調する。


(つぼみ、ナイスフォロー!)


 藍は内心でつぼみの機転を称賛した。

 感情論で攻めるという発想は、なるほど効果的だ。


「このゲーム、勝ったら1組の教室ですよ?あの、1組………あそこずるくないですか?……………下駄箱近くて」


 理詰めがダメなら感情論で。


 つぼみの作戦がその先も上手くいくのかは不安だったが、玉井先生の顔を見た藍は無言で成り行きを見守ることにした。

 確かに、玉井先生の表情に変化が見られたからだ。

 毎日の通勤を考えれば、教室の場所は重要な問題なのだろう。


 ――――そして、しばらくの沈黙の後、玉井先生はゆっくりと口を開いてこう言った。


「……分かったわ。私が、野内くんの空けた席に座ります!!」


 そこにいたのは、さっきまでやる気なくだらけていた教師などではない。


 挑戦者のように闘志を宿した表情の、まるで別人のような若い女性――玉井小南だった。



 ――――結局、この面倒くさがりは将来楽をするために、いちばん面倒くさい道を選んだのだった。

小南「みんな☆押しといてねー」

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