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第12話 クラス対抗イス取りゲーム④ 死刑宣告


――――「はぁぁ」


溜息が、教室の静寂に溶けていく。


藍は、自分たちのせいでクラスが入学式に遅刻してしまったことへの反省と、講堂まで全力疾走した息を整えるために、わざと大きく息を吐いた。


各教室に設置されたモニターを眺めながら、教室の入り口に一番近い右前の席についた藍は複雑な心境で物思いに沈む。


入学式という晴れの舞台を、まさかこんな形で迎えることになるとは想像もしていなかった。


(あの男、メモを忘れて落とすなんて……救いようのない馬鹿でしょう。それとも、意図的だった、とか?……いや、あれはどう見ても、ただ馬鹿でドジなだけね)


あそこまでこの場での発表を嫌がっておきながら、あのメモを処分しないのは馬鹿という表現以外しっくりこなかった。

しかも、よりにもよって一番目立つようなタイミングで落とすなんて運が悪いにも程があるだろう。


それに、この出来事により藍の中であの男の評価が全く定まらなくなっている。

狡猾なのかバカなのかハッキリしてほしいものだと藍は思う。


ただ、バカだなとは思うし呆れもしたが、この件のおかげで藍に向けられる視線はこれまでの妬みや羨望ではなく、さっきの出来事への興味へと変わった。


なので、藍はひとまずはこれで良かったと安堵する。


(何はともあれ、これで今までとは違う普通の学園生活への道が開けたわね)


元々、藍はあの男に交際をこの場で発表してほしかった。

恋人がいるという既成事実さえあれば余計な異性からのアプローチを避けられるし、女子からの嫉妬も緩和されるはずだったからだ。


そのため、この結果自体は概ね望んだとおりとも言える。

その過程が目も当てられない間抜けなものであったことを除けば、だが。


一方教室を見渡せば、藍以外のクラスメイト達は浮かれた気分もそぞろに、先ほどまでの熱をいったんは落ち着かせながら静かに入学式に出席している。

教室出席という他の新入生とは違った形ではあるが、新たな門出に対する緊張感が漂っていた。


ここでふと、自身の後方に意識を向ける。


そこには、初対面で、自分に、利己的な理由で告白をしてきたあの男――野内蓮の姿が………無かった。


(まったく、一体どこで何をしているのよ、あの男は……)


藍たち10組が講堂へと到着した時には会場の扉は既に固く閉ざされ、入学式が開式した直後だった。

当然、警備員たちに止められ、呼ばれて外に駆けつけた教師に自分たちの教室での参加を命じられ追い返されたのだが、真っ先に到着したはずの蓮の姿はどこにもなかったのだ。


もしかして、一人だけ入学式に間に合い会場にいるのではないだろうかとも思ったが、モニターに映った10組の座るはずだった場所であろうスペースには誰の後ろ姿もない。


だとしたらお手洗いなんだろうと勝手に思っていたのだが、30分近くあった入学式がもう終わろうという今も、戻ってくる気配が全くなかった。


(……つまり、堂々と入学式をサボっているということね。まったく、入学初日からおかしなことばかりする人だわ)


「はぁ」


呆れ果てて二度目の溜息をついた瞬間、モニターの向こうで変化が起きた。

入学式が終了し、講堂内が俄かに騒がしくなっている。


あの男のことや今後の立ち回りに気を取られ、式の内容など右から左だった。

10組の教室でも、初対面同士の遠慮がちな会話がそこかしこで始まっている。

こんな時、すぐに打ち解けて談笑できる社交性を持つ人が羨ましい。

自分には決定的にそういったコミュニケーション能力が欠如していることを、痛いほど自覚していた。


「ねえねえ、藍ちゃん藍ちゃん、これまじやばくない?」


「…………え?」


と、そんな時に自分に臆せず話しかけてくる女子がいた。

左斜め後ろに位置する席に座った派手な見た目をした女の子だ。


唐突に話しかけられたので、思わず面食らっているのだが、それに気にする様子もなく話が続けられる。


「藍ちゃん、これまじ楽しそうじゃない?ねえねえ?藍ちゃんもそう思うよね?」


彼女は目を輝かせながら頻りに同意を求めてきたが、初対面の彼女にいきなり下の名前で、親しげな話しかけられ方をしたことに藍はひどく戸惑った。


……まったく、あの男といい、この子といい、距離感の詰め方がおかしい人がこの学校には多いのだろうか。

もしかして、パーソナルスペースという概念が欠落しているんじゃないのか、とも思ってしまう。


「あ、あぁ……ごめんなさい、その……いきなり下の名前で呼ばれたから驚いてしまって。えっと、確か……立花つぼみさんよね、立花さんと呼べば大丈夫?」


自己紹介で、クラスメイトの殆どの名前は、完璧とは言えないまでも一応把握している。

そのため、自分の席に近い彼女の名前ももちろん憶えていた。


「ええー、かたいよかたい、ガッチガチだよそれじゃ。気軽につぼみんって呼んでくれて大丈夫だよ、つぼみも気軽に藍ちゃんって呼ぶからさ」


(――いきなり愛称!?)


友達がずっといなかった自分にはハードルが高い。高すぎる。


……だけど、この子からは今までのような悪意や嫉妬の気配が微塵も感じられない。

明るそうで友達も多そうな性格をしているのも口調や雰囲気から一目瞭然だ。

屈託のない笑顔からは、純粋な好意だけが感じられる。


そんなこの子とさえ友達になれなければ、一体誰が友達になってくれるというのか。


ここは思い切って、清水の舞台から飛び降りるつもりで行くべきだと藍は覚悟を決める――――


「つ、つぼみん?……あの、その、じゃあ私も、下の名前で呼ばせてもらおう、かな…」


顔が熱い。

紅潮しているのが自分でも手に取るように分かる。

恐らく小さい頃は友達もいたのかもしれないが、物心がついてから初めて経験する、憧れていた友達らしい会話への照れだった。

やっぱり愛称は無理そうだけど、いきなり下の名前で呼び始めてみるくらいなら何とかなりそうだ。


「…………か」


「か?」


つぼみが言葉を詰まらせ、何やら悶絶している。


「……か、かわいすぎるーーーーー!!この世にこんなかわいい女性がいただなんて驚きだよ!つぼみも相当イケてるって思ってたけど、やっぱりそうでもなかったかも!!って改心してしまったよ、うんうん」


つぼみの表情には一切の嘘偽りがなく、心からの感想を述べているのが伝わってくる。

おそらく、本気でそう思っているのだろう。

思ったことを素直に言葉に出している、そんな様子だった。


可愛い、美人、美しい、など容姿に関する誉め言葉は嫌というほど聞いてきたため、あまりうれしい感情とは結び付いていないのだが、彼女から発せられる本音のそれは、耳心地の良い本当の意味での誉め言葉に感じた。


「ふふっ、ありがとうつぼみ。そういうつぼみも、ネイルも髪もよく手入れされてて、太陽みたいに明るくて……とても可愛いと思うわ、本当にね」


事実、派手ではあるがつぼみはかなり可愛い見た目をしている。

異性にも同性にも好かれそうな明瞭な性格も相まって、自分とは似て非なる人生を歩んできたはずだと、勝手に想像する。


「わわー!藍ちゃんに褒められると素直にうれしいねー!つぼみも頑張ってるかいがあるってもんだよ。…おお、何か自信が一瞬で戻ってきた」


ふふんっと平均よりある胸を張り、得意げな顔をする。

実に気持ちのいい性格をしている子だなと、藍は素直に思った。

こういう明るい性格の人が近くにいてくれたら、きっと毎日が楽しくなるに違いない。


そこで、さきほどの会話を思い出した。


「それで、さっきの話なんだけど、何のこと?」


「あーそうだったそうだった、ほらあれ見てよ藍ちゃん」


つぼみに促されて視線をモニターへと向ける。


そこには、”学年別クラス対抗イス取りゲーム”と題されたスライドの画面が映し出されていた。


「――学年別クラス対抗イス取りゲーム?」


入学式とは思えないスライドの内容に、眉をしかめる。

朝から立て続けに変な事が起こっていたので思考が鈍っているのを感じた。


「なんかね、入学早々学校中でレクやるらしいよ。教室決めするんだって」


「教室決め?」


「うん、生徒会長がそう言ってた」


藍は改めてモニターの内容を注視する。

そこにはルール説明のスライドが表示されており、確かにゲームの結果によって各クラスの教室が再配置されるようだ。


「ふーん、それでクラス対抗でレクリエーション、ね」


突拍子のない奇想天外な展開に、入学する前に聞いていた”変わった学校”という評判が頭に蘇る。


「……どうやら、噂に違わぬ変な学校らしいわね」


生徒も生徒なら、学校も学校ということだろう。

類は友を呼ぶとはよく言ったものだ。

例えとはいえ、学校が友とは、何ともおかしな表現に感じるけれども。


「ね?まじ楽しそうじゃない?こんなレクある学校他にないよ絶対!つぼみ、ここ選んで大正解だったよ!」


つぼみの興奮ぶりを見ていると、確かに楽しそうではあるなと藍も思えてくる。

変ではあるだろうが、良く言えば中学までの堅苦しい学校生活とは正反対の、自由で創造的な環境なのかもしれない。


「それは……確かにそうね。だけど、こんな運任せのゲームなら代表者だけでくじ引きするのとあまり変わらないと思うんだけど」


結局は運否天賦に委ねるしかないルールを見て、藍はそんな冷めた感想を抱いた。


「いやいやー、それじゃ全員が楽しめないじゃん。これはレクリエーションなんだよ?しかも、勝てば教室変更の特権付き。ここは本気で作戦練って、全員が楽しんで挑むべきだと思うんだよね、つぼみは」


「そ、そう?……そうね、私もそう思うわ」


この状況を心から楽しんでいるつぼみに、とりあえず話を合わせておく。

確かに、どうせやるなら楽しんだ方がいいのかもしれない。


そうやって会話を続けていると、画面に映る講堂では、生徒会長と思しき綺麗な女性がノートPCを操作しているのが見えた。


どうやらルールに変更が加わるらしい。


程なくして、画面が再びスクリーンの画面に戻る。


そしてそこには――”特別ルール”と書かれた画面が映されていた。


会長からの簡単な補足説明が始まる。

どうやら、通常の1ポイント席に加えて、10ポイントという高得点のボーナス席が設置されるらしい。。


会長からの説明の途中だが、クラスメイトたちが騒めき始める。

元々面白そうだった運ゲームに、得点の高いボーナス席が追加され、俄然やる気を見せる者たちが続出した。


「うおおおお、燃えてきたーーー!!やるぞーみんなあ!!えいえいおおーーーー!!」

「この教室、下駄箱から遠すぎんだよ!この先一年を考えたら、ここで勝負かけるしかねえ!!」

「1か、10か……やはり1がいいな。1に限る」

「私たちはこれ以上遠くならないし良い事しかないね!皆初めましてだけどとにかくやるっきゃないよ!」


リーダーシップを発揮したがる生徒に紛れて、10ポイントではなく1ポイントを狙うような声が聞こえた気がしたが気のせいだろう。

リーダー候補が多いのは問題だが、誰も音頭を取らないよりはマシだろう。

教室の熱気が一気に高まっていく。


「藍ちゃん10点だって!あれ取ったら勝ちだよ勝ち、あれ狙うしかないよね!」


つぼみも興奮を隠せない様子だ。


「ええ、まあ。それはそうなんだけど……」


本当は10ポイントを目指すべきではなく、なるべく多い1ポイントの席を獲得するべきだと考えていた。

それは、自分が一攫千金を狙うよりも、着実な積み重ねを選ぶタイプだったからだ。


10ポイント席は確かに魅力的だが、他のクラスも当然狙ってくるだろうし、競争が激しくなる。

それよりも、確実に取れる1ポイント席をできるだけ多く確保する方が現実的ではないだろうか。


そのことをつぼみに伝えるべきか悩んでいると、モニターに映ったスクリーンの画面が、壇上にいる生徒会長をアップにした講堂の画面に切り替わる。


「よし、ではこれでゲームのルール説明を終わりに……おっとそうだった。どうやら新入生の1年10組が講堂の施錠時間に間に合わず、教室のモニターで入学式に出席しているらしいな。聞こえているか、10組のひよっこども」


講堂にいる生徒会長から投げかけられた辛辣な言葉。

美しい容姿とは裏腹に、その声音には冷たさが込められている。


藍は身が縮む思いだった。

まさか生徒会長から直接私たちのことを言及されるとは思っていなかったからだ。

それは皆も同様で、不穏な空気にクラス全体が一瞬で緊張に包まれる。


続いて告げられたのは――――実質的なゲーム参加権剥奪という死刑宣告だった。



こうして――


ゲームに実質的に一切参加できないと画面越しに告げられた10組の面々は、燃え上がった感情の矛先を失いながら、立てなくなった自席でただゲームが終わることを待つしかやることがなくなった。

つぼみ「みんなー!応援よろしくねー!」

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