第10話 クラス対抗イス取りゲーム② 島田朔
「――特別ルールはこの通りだ」
特別指定席――唐突な10ポイントの出現に、会場は響動めいていた。
その反応を見て、マリーは満足そうに説明を続ける。
「無論、不正などありえぬよう厳重に指定席データは私が保管してある」
ノートパソコンの画面を軽く叩いてみせる。
「この特別指定席については開錠の時間までに指定をしておこう。……あとそうだな、ついでに指定席のほうも少し変更しておく必要があるか……」
こんな即興で、しかも恣意的にルールを変更してもいいものだろうかとサクは驚愕する。
「ああ、でも心配はいらない。証人として副会長にも内容を把握させておくし、もちろん特別指定席も把握させる。桜崎茉莉伊の名に誓い、不正は起こらないとここに誓おう」
マリーが見た方向、舞台袖には眼鏡をかけた利発そうな男子生徒が立っていた。
恐らく彼が副会長なのだろう。
「それと、当たり前のことだが私と副会長はこのゲームに参加しない。二人分の席は減らしておいたが、どうしても私たちが所属するクラスは数的不利を負ってしまうだろう。まあ、今回は仕方あるまい。お前たち、期待しているぞ」
マリー自身が所属しているらしきクラスの方へ視線を向けると、それに呼応するようにクラスメイト達の雄叫びが上がった。
「マリー様!俺たちが必ず勝ちます!」
「会長の期待に応えてみせます!」
学年が上がるごとにクラス替えがあるという常識でいたが、この様子を見るとどうやら今年編成されたクラスというわけでもなさそうだ。
(まさか、1年からの持ち上がりだったり?)
城才学園では、もしかしたらクラス替えがないのかもしれないなとサクは思う。
「よし、ではこれでゲームのルール説明を終わりに……おっとそうだった」
ルールの共有も終えたことで、マリーは早々に集会を締めくくろうとしたのだが、彼女は何かを思い出したように舞い戻る。
「どうやら……新入生の1年10組が講堂の施錠時間に間に合わず、教室のモニターで入学式に出席しているらしいな?」
(!)
その発言に、サクの背筋が伸びる。
唐突に、最も気になっていた話が出てきたからだ。
「聞こえているか、10組のひよっこども」
マリーは獰猛でいて美しさが残る笑顔を見せながらそう言い放つと、講堂の様子を映していると思われるカメラの方に視線を移す。
講堂内がより一層騒めきだした。
新入生の一部の席が空席だったのが、まさか遅刻が原因だとは誰も思わなかったからだ。
「本来ならば、全クラス同じ条件で公平にゲームを行うためにも、お前らをまず講堂へ連れてきてからゲームを始めるところだ」
その声からは、氷のようなのに熱い印象を受けた。
さきほどまでの威厳に満ちたものとはまた別のプレッシャーを感じさせる。
マリーは表情を険しくしながら話を続けた。
「……だがな、お前らはいかんせん登校初日の入学式に、それもクラス総出で遅刻するくらいにはこの学校を、私を舐め腐っている連中だ」
そして――
彼女は一呼吸をおいてから、声音よりもさらに冷たい温度の内容を彼らに告げた。
「……私はな。無能なやつらも嫌いだが、私よりも才が無いくせに偉そうにしているやつが大嫌いなんだ………よって、貴様ら1年10組には、今着席しているその席から離席することを禁じよう」
もはやこの学校の長と何の違いがあるのか分からない圧倒的な権力を振りかざす生徒会長の言葉に、この場にいない10組どころか新入生全員が驚愕する。
先程のルールの追加といい、教室を変更する目的の重要そうなレクリエーションの内容まで勝手に決めていることからも、どうやら相当な権限を与えられていることは確かなようだ。
「ただいまよりその席を離れた生徒がいた場合、お前らはルールに則り無条件で最下位だ」
講堂内が騒めいているが、打って変わってそんなことにはお構いなしに話が続けられる。
蓮たちは相当に怒りを買ってしまっているらしい。
「なに、ゲームに参加できないわけじゃない。運も実力のうちというのがこのゲームのテーマでな。それくらいの温情はくれてやろう。せいぜい1ポイントでも指定席があることを祈るんだな」
そして最後に、警告するような口調で締めくくる。
「そのハンデを持って今回の失態は大目に見てやるとしよう、今後はその舐めた態度を改めるように」
一方的な宣告だった。
反論の余地すら与えられない、絶対的な権力の行使。
この場にいない蓮たちなら尚更に、為す術など当然無かった。
「さて、話はそれだけだ。では以上で、ゲームのルール説明を終わりにする!10分間の猶予の後に開錠だ新入生、準備をしろ。面白いゲームを期待しているぞ」
マリーは宣告を終えると講堂全体を見渡し、高らかにそう宣言すると壇上から足早に去っていく。
新入生からしたら、その姿は今やこの学園の女王のように見えていた。
蓮のクラスはどうなるんだろうか――などとサクはずっと気がかりだったのだが、しかし今、マリー会長から10組への対応が告げられた。
(10組は動けないから相当不利な状況になって……)
――しまった、と。
普通ならそう考えるし、サクも例外ではなくその考えになりかけたのだが……
……だが、実際はそうでもないことに気が付いた。
自由に動けないのは作戦の変更もできないし、確かに厳しいハンデでもある。
だがしかし、ゲームの性質上、それは確実に不利とまでは言えない。
その理由は、今の10組が独占状態だという点にある。
10組の教室に指定席があれば確実に1ポイントが得られるし、さらに10ポイントの特別指定席がどこかに紛れていれば勝利は確実となる。
仮に、これが完全なランダム指定だったとしたら、どんな作戦を立てどこに座ろうが1ポイントを得られる確率は約1/40のままだ。
しかし、今回のルールと会長の言葉からも、指定席の配置は十分に考えがあって配置されている可能性が高い。
(つまり、適当に散らせるのは最も愚策ってわけね)
そういう意味でも今回の10組の独占はかなり強力だ。
むしろ最善策と言っても良いほどに。
さらにいえば、講堂にいるどのクラスもこの作戦を真似できないことがすごい。
誰もが真っ先に思いつくだろうこの1クラス独占作戦は、開錠と共に一斉に学年中の生徒が駆けだすのが予想できるため、ほぼ不可能に近かった。
クラスにまとまりがあればなんとかなったかもしれないが、今日はまだ登校初日で自己紹介しか済ませていない。
作戦を立案したところで、クラスメイトをまとめることは至難の業である。
結局は、独占できず中途半端な結果となるだろう。
「さすが」
サクは誰にも聞こえないように小さく呟く。
「まるでこのゲームの開催を知ったうえで、クラスを何らかの方法でまとめて足止めしたみたいな……知らないはずの生徒会長の厳しい判断まで読んでいたような……本当に、神がかった動きだね」
どう考えても偶然でしかない出来事でも、そこに蓮が絡んでいれば偶然ではない。
蓮が文音に”天才くん”と初めて呼ばれ始めた中学一年の頃を思い出す。
あの時から蓮の奇怪な行動の数々に張り合ったり、巻き込まれたり、協力したりしてきたが、未だにあの領域には到底至れない。
サクは、自分の能力への信頼ゆえに、今まで一度も蓮のことを”天才くん”とは呼んで来なかった。
それは単に、普段はあんなふざけた態度をしているくせに結果だけは残していく男のことを、どうしても認めたくなかったのだ。
しかしその実、この3年間であの友人――野内蓮のことだけは、自分を超える本物の天才なのだとサクは心の底から既に認めてしまっていた。
「ま、それでも僕は……勝つまであきらめないけどね」
密かな闘志は、3年間を経てもなお消えていなかったらしい。
わざわざ蓮の進学先を調べ、こっそり文音と進学したかいがあった。
再び、蓮の近くで能力を振るえることが嬉しいと、素直にそう思っている自分がいる。
――――彼、島田朔は、一度だって何かをあきらめたことなどない。
頭の中で、自分ができる最善の道を模索する。
まず、蓮はクラスを率いての勝利を狙いに来たのだと仮定する。
どこで情報を仕入れたのかは分からないが、入学式を教室で受けるという奇策を用いて最も難しい教室の独占状態を作り出している。
(僕もここでクラスをまとめて、同じ土俵で戦うのがいいかな?)
いや、10分間で初対面の、それも変人が多いかもしれないクラスをまとめるのは現実的ではないし、まとまったとしても既に大きく不利な状況だろう。
わざわざ同じ土俵で戦っていては今までと何も変わらない。
それなら――別の視点から攻めるしかない。
別の視点。
事前情報には無かったはずの情報。
蓮にとっても、想定できなかった事態を利用するしかない。
そう――
「指定席の再指定、か。生徒会長には感謝だね」
――――彼、島田朔は紛れも無く、【努力の天才】そのものだった。
何もできないけれど、何でも挫けずに挑戦し続けられる力。
彼の本質は、結果ではなく、その姿勢にこそある。
挑戦し続けるという、ただそれだけのことが、彼にとっては唯一の才能。
それは、誰にでもあるようでない、ありふれているようでありふれていない。
そんな……逆説的な美しさを湛えた天才だった。
「では、これより10分後に講堂の扉を開錠しますので、1年生の生徒は各々準備をしてください。」
それを聞いたサクは静かに席を立ち上がると、講堂の扉に向かって一目散に歩き始めた。
サク「みんなが応援してくれたら僕も蓮に勝てるかも?……なんてね」