第8話『秘密の図書室と、ふたりの未来図』
舞踏会の夜、王女ではなく“ひとりの少女”として手を差し出したリュシア。
その思いに応えたティアナとの距離は、確かな絆へと変わり始めている。
そんなある日、リュシアは“とっておきの場所”へとティアナを連れ出す――
「ついてきて」
リュシアはそう言うと、普段は通らない裏廊下へと歩き出した。
「えっ、ここ……貴族専用区域じゃ?」
「大丈夫。案内してるのは、王女だから」
確かに。
でも、なんだか秘密の冒険みたいで、ティアナの心は躍っていた。
石造りの階段を降り、回廊をくぐり抜け、やがてたどり着いたのは――
ひっそりと佇む、重厚な扉。
リュシアが鍵をひとつ取り出し、静かに扉を開ける。
「ようこそ、秘密の図書室へ」
そこは、ほの暗いランプに照らされた静かな空間だった。
天井まで届くほどの本棚。古びた革表紙。手書きの巻物。
そこにあるものすべてが、“知の宝物”のように輝いていた。
「わあ……すごい……!」
「昔、ここでひとりで本を読んでいたの。
……でも今は、あなたと来たくなった」
「リュシアさま……」
「……この中で、いちばん好きな本があるの。見せてあげる」
彼女が選んだのは、一冊の童話のような装丁の本。
表紙には、手をつないだふたりの影が、星空の下で笑っているイラスト。
『星の約束』――それがタイトルだった。
ページをめくりながら、リュシアが語る。
「ふたりの少女が、星に願いをかけて、いつか一緒に世界を旅する話。
……子どもの頃、この本を読んで、わたしも“誰かと一緒に”って夢を見たの」
「それって……」
「今も、叶えたいと思ってる」
ティアナは、胸がぎゅっとなるのを感じた。
「……その“誰か”に、わたしはなれますか?」
リュシアは、静かにうなずいた。
「あなたとなら、きっと世界のどこへでも行ける気がする」
「じゃあ、決まりですね。旅の相棒は、わたしで!」
「ふふ……ずいぶん強引ね」
「だってもう、わたし、リュシアさまといる時間が、好きなんです」
そのとき、リュシアが本を閉じて、そっと言った。
「わたしもよ」
それは、どんな言葉よりも――まっすぐな気持ちだった。
秘密の図書室の静けさの中、ふたりだけの未来が、ほんの少しだけ形を持ち始めていた。
誰も知らない図書室で、誰にも言えなかった夢を語る。
ティアナとリュシア――ふたりの心が初めて、“未来”という言葉で結ばれました。
次回、第9話は:
『リュシア姫と、やきもちという名の感情』
ある日、ティアナが城の騎士と親しく話していたのを見たリュシアは……?
知らず知らず芽生えた感情に、姫の心はざわつき始めます。