第7話『舞踏会と、隣に立ちたい人』
今宵、城では年に一度の盛大な舞踏会が開かれる。
王族と貴族が一堂に会する華やかな社交の場。
そんな中、リュシア王女の“付き侍女”として、ティアナも参加することに――
ドレスに身を包んだふたりは、それぞれの想いを胸に夜会の光の中へ。
「……わたし、本当にこれで大丈夫でしょうか……?」
ティアナは鏡の前で自分を見つめ、固まっていた。
髪はふわりと巻かれ、淡いピンクのドレスに白いレースの手袋。
いつもの侍女服とはまるで別人のような姿だった。
「かわいいわ。よく似合ってる」
後ろから静かに声をかけたのは、もちろんリュシア王女。
彼女も今夜は、月光を編んだような銀のドレスを身にまとい、
いつもよりも少しだけ華やかな化粧をしている。
それでも、凛とした空気はそのまま。
やっぱり、まぶしいくらいに美しかった。
「リュシアさまこそ、綺麗すぎて誰も近寄れないですよ……!」
「そうかしら?」
「絶対そうです!」
リュシアは、少しだけ目を伏せて言った。
「――本当は、あまり好きじゃないの。こういう場」
「……人がたくさんいるから?」
「それもあるけれど……誰も“わたし”を見ていない気がするのよ。
見ているのは、“王女”だけ」
ティアナは、そっと微笑んだ。
「……じゃあ、わたしがちゃんと見てます。
“リュシアさま”として。ひとりの人として」
その言葉に、リュシアは目を見開いた。
けれど、すぐに柔らかく口元を緩める。
「……じゃあ、今夜は“わたしの侍女”じゃなくて、“あなた”として隣に立ってくれる?」
「……え?」
「あなたが望むなら、だけど」
「――もちろん、望みます!」
緊張で指が震えそうだったけど、ティアナはうなずいた。
(王女の隣に立つ。それって……特別なことだ)
* * *
舞踏会の会場に入った瞬間、ティアナはそのきらめきに目を奪われた。
シャンデリアの光、音楽、踊る人々、笑い声――
まるで夢の中の世界だった。
リュシアは堂々とした足取りで歩きながら、時折振り返ってティアナを見やった。
「……緊張してる?」
「めちゃくちゃしてます!!」
「ふふ、正直ね」
そのとき、楽団がバイオリンを奏で始め、
人々が円を描いて舞踏を始めた。
ふと、リュシアが手を差し出してくる。
「……踊る?」
「わ、わたしと!?」
「だめ?」
「いえ、むしろ光栄すぎて緊張で足がもつれそうです!」
ティアナは手を取り、そっと立ち上がる。
見よう見まねのステップ。ぎこちない動き。
でもリュシアは、ティアナの手をぎゅっと握って、ささやいた。
「……今夜だけは、“王女”じゃなくて“わたし”を見て」
「ずっと見てます、リュシアさま」
ふたりは、星のような光の中で、ゆっくりと回る。
それは、誰にも邪魔されない――たったひとつの舞踏だった。
光と音に満ちた夜、
“王女”ではなく“リュシア”として手を差し出した彼女に、
ティアナはまっすぐに応えました。
心と心が重なり、ふたりの関係はまた少し、特別なものへ。
次回、第8話は:
『秘密の図書室と、ふたりの未来図』
リュシアがティアナだけに案内する“誰も知らない場所”。
そこで語られる、“夢”の話――