第5話『姫さまと秘密の夜のお散歩』
ある夜、なぜか眠れなかったティアナは、ひとり静かに城の廊下を歩く。
ふと出会ったのは――まさかの王女、リュシア本人!?
誰もいない深夜の庭で、ふたりだけの時間が流れ始める。
その夜、ティアナはなかなか眠れなかった。
王国に来てからというもの、毎日が忙しくて、頭も心もフル回転。
ベッドの中で寝返りをうっても、まぶたは落ちてくれない。
「……散歩でも、してみようかな」
ふらりと寝間着のまま部屋を出て、城の中を歩く。
灯りの消えた廊下は静まり返っていて、
時折、遠くの見回り兵の足音が聞こえるだけ。
昼間の華やかさが嘘みたいに、夜の城は幻想的だった。
やがて、裏庭につながる小さな扉を見つけた。
開けると、夜風がふわりと顔を撫でる。
月明かりに照らされた中庭。
花壇の間に敷かれた白い石畳。
静けさと光だけが、そこにあった。
……そして、その中心に、ひとり立っていたのは――
「……リュシアさま?」
「……あなたも眠れなかったの?」
驚いたように振り返ったその人は、間違いなくリュシア王女だった。
深い藍色の薄いローブに、髪をまとめた簡素な姿。
けれど、相変わらず月明かりに映える美しさだった。
「夜風に当たると、少し落ち着くの。……あなたも?」
「はい。なんだか、いろんなことを考えちゃって」
ティアナは隣に並んで歩き出した。
誰もいない庭で、ふたりだけの小さな散歩。
「……この庭、きれいですね。リュシアさま、よく来るんですか?」
「ええ。昼より、夜が好きなの。静かだから」
「わたしは逆です。昼の方が落ち着きます。誰かの声が聞こえると、安心するから」
「……正反対ね」
「でも、そういうのって、ちょっといいなって思います」
リュシアがふっと目を細める。
その横顔は、どこかやさしくて、どこか遠い。
「昔はね、夜が嫌いだったのよ。誰もいなくて、ひとりで。
……でもある時から、少しずつ平気になった」
「それは、どうしてですか?」
「……誰かが、月を見ているって、思えるようになったから」
「――あ」
その言葉に、ティアナはなぜか胸がきゅっとなった。
ふたりで空を見上げる。
夜空には、丸い月が静かに浮かんでいる。
しばしの沈黙のあと、ティアナがぽつりと呟いた。
「……じゃあ、これからは、わたしが一緒に見ますね」
「……え?」
「リュシアさまが夜にひとりでも、月の下に、わたしもいますって。
……だから、もう“ひとり”って思わなくていいですよ」
リュシアは少しだけ、目を見開いた。
そして――ほんのわずかに、口元が緩んだ。
「……あなたって、本当に変な人」
「よく言われます!」
ふたりは、くすっと笑い合った。
それはまるで、月明かりの魔法みたいだった。
静かで、やさしくて、あたたかくて。
こんな時間が、ずっと続けばいいのに――
ティアナは、初めてそんなことを思った。
誰もいない夜の庭で、ふたりきりの時間。
言葉少なでも、心はたしかに通じ合って――
“月を一緒に見る”約束が、ふたりの間にひっそり結ばれました。
次回、第6話は:
『王女と剣と、ふたりの距離』
訓練場で偶然見た“リュシアの意外な一面”――
それは、剣を持った王女の凛々しい姿で……?