第45話『好き、という言葉を言わない理由』
恋人同士になっても、リュシアはまだ――「好き」と言わない。
それは、決して気持ちが足りないからじゃない。
むしろその逆。
言葉にできないほど、深く想っているからこその理由が、そこにはあった。
その夜、ティアナは眠れなかった。
月明かりが差し込む寝室。
隣には、すやすやと寝息を立てるリュシア。
その寝顔を見つめながら、ティアナはふと、
胸の奥にずっと引っかかっていた小さな疑問を思い返していた。
(……リュシア様は、まだ“好き”って言ってくれない)
キスはする。手もつなぐ。
一緒に笑って、一緒に泣いて、誰よりも優しくしてくれる。
けれど――言葉として、「好き」とは、まだ一度も聞いていない。
(わたしが言うと、笑ってくれる。抱きしめてくれる。
でも、それだけで返されるたびに……少し、不安になる)
* * *
翌朝。
ティアナは意を決して、問いかけた。
「リュシア様……あの、ひとつ、うかがってもいいですか」
「なに? どうしたの?」
「……リュシア様は、その……
どうして、“好き”って言ってくださらないのでしょうか?」
その言葉に、リュシアは少し目を丸くして――そして静かに、視線を伏せた。
「……あ」
「……ごめんなさい、変なことを聞いて……」
「ううん、ちがうの。聞いてくれて、ありがとう」
しばらく沈黙があって、それからリュシアはそっと話し始めた。
「……わたしね、王女として“言葉”をたくさん使ってきたの」
「はい」
「だからこそ、“言葉”がときどき、怖くなるの。
うっかり誰かを期待させてしまったり、
約束を重くさせてしまったり……
“好き”って、それくらいの力があるって、思ってる」
ティアナは目を見開いた。
「……じゃあ、わたしに“好き”って言わないのは、
その、傷つけたくないから……ですか?」
「そう。たったひとことの重さを知ってるから、
――中途半端な気持ちじゃ、絶対に言いたくなかった」
リュシアはゆっくり、ティアナの手を握る。
「……でも、ちゃんと伝えたいって、今は思ってるの。
怖くても、逃げずに、あなたにちゃんと向き合いたいから」
ティアナの胸に、あたたかいものがじわりと広がった。
言葉にしないやさしさもある。
けれど、それを越えて言ってくれようとする勇気が――
いちばん、うれしかった。
「……待ってます。リュシア様が、そうしたいと思ってくれるときまで」
「うん……ありがとう」
たったひとことに込められた、無数の想い。
それを知った今、ティアナはその日が来ることを、
心から楽しみに思えるようになっていた。
「好き」って、簡単なようでいて、とても難しい。
でも、言わないままでも伝わっていた気持ちが、
いつか言葉になる瞬間を、ふたりは大切に待ち続けます。
次回、第46話は:
『その手紙は、風の中に』
ある日、リュシアのもとに届いた一通の古い手紙。
そこには、少女だった彼女が書いた“願い”が込められていて――?




