第43話『恋人らしいこと、してみたい』
「恋人らしいこと、してみたいの」
ある日ぽつりと呟いたリュシアのひとことが、
ふたりの“甘くてぎこちない一日”のはじまりだった――
「ティアナ、あのね……」
朝の支度中、鏡の前で髪を整えながら、リュシアが小さな声で言った。
「わたし……恋人らしいこと、してみたいの」
「……こいびとらしい、こと?」
ティアナは思わず手を止める。
「そう。たとえば……手をつないで散歩するとか、膝枕とか、
なんかこう……甘くてとろけるようなやつ。恋人同士っぽい、あれ」
「……あれ、ってなんですか」
「わたしにもよくわからないの! でも、とにかくそういうのをやってみたいのよ!」
顔を赤くして少しだけ早口になるリュシアに、
ティアナはしばし絶句したあと、小さく笑った。
「……リュシア様、可愛すぎませんか?」
「可愛いとか言わないで……恥ずかしい……」
でも、それでもリュシアは首を伸ばして、ティアナの耳元で小声で囁いた。
「……今日はね、“恋人ごっこ”じゃなくて、“ほんとの恋人として”、いろいろしてみたいの」
「……はい。では、わたしも恋人として、おつきあいします」
ふたりは目を合わせて、小さく頷いた。
* * *
まずは、庭でのんびり散歩から。
ティアナがさりげなく手を差し出すと、
リュシアは少し迷ってから、指先だけをそっと重ねてくる。
「……やっぱり緊張する……」
「王女様にしては、ずいぶんと初々しい恋人ですね」
「うるさいわ……でも、こういうの……悪くない」
次は、ティアナお手製のお昼をベンチでふたりきりのピクニック風に。
リュシアがサンドイッチを食べながら言った。
「ねぇ、次は……ひざまくら……」
「え?」
「わたしがしてもらう側!」
「っ……リュシア様、順番が早いです!」
「だって……恋人っぽいって、本に書いてあったもの……」
ティアナは深くため息をつきながら、それでも笑いをこらえて、
リュシアの頭を自分の膝にそっとのせた。
「どうですか?」
「……最高です。もう一生ここにいたい」
「明日からまた、仕事ありますよ」
「恋人らしく、わたしのこと甘やかして?」
「――仕方ありませんね」
午後の陽ざしのなか、恋人ごっこではない、
“ふたりだけの愛の時間”がゆっくりと流れていた。
恋人らしいこと、って案外むずかしい。
でも、ぎこちなさも恥ずかしさも、全部ひっくるめて
“恋”になるのだと、ふたりは知りはじめていました。
次回、第44話は:
『たったひとりの、大切なひと』
数多くの人に囲まれて生きてきたリュシアが、
「たったひとりだけ、大事にしたい」と心から思えた存在――
それが、ティアナだった。




