第40話『花束のかわりに、手をつないで』
豪華な贈り物も、綺麗な言葉もいらない。
ときには――ただ、手をつなぐだけでいい。
このぬくもりが、ふたりにとって一番の証だから。
昼下がりの城の回廊。
リュシアとティアナは、並んで歩いていた。
周囲には誰もいない、ほんの数分の静かな時間。
「今日は静かね」とリュシアが言う。
「はい、珍しく誰にも呼び止められませんでしたね」
「……こういう時間、好きだわ。誰にも見られずに、ゆっくり歩けるの」
「私も……落ち着きます。特に、リュシア様と一緒なら」
リュシアは立ち止まって、少しだけ視線を泳がせた。
そして、そっとティアナの手を取る。
「……いい?」
「……はい」
小さな手と手が、静かに絡む。
城の空気はほんの少しひんやりしていたのに、
そのぬくもりだけが、じんわりと心をあたためてくれる。
「昔はね、こうして誰かと手をつなぐなんて、考えたこともなかった」
「リュシア様なら、いつも毅然としてましたから」
「でも、本当は……いつも寂しかったのかもしれない」
リュシアは少し照れくさそうに笑って、
握った手をきゅっと強くした。
「あなたとつないでるこの手が、いちばん安心する」
「……わたしもです。リュシア様の手は、いつもあったかいです」
ティアナもまた、その手を強く握り返す。
花束のように華やかでもない、
甘い言葉のようにきらめいているわけでもない。
ただ、手をつなぐだけ。
けれど――それだけで、すべて伝わる。
想いも、信頼も、未来への小さな約束も。
「このまま……少しだけ、ゆっくり歩きましょう」
「ええ、どこまでも一緒に」
ふたりの影が、回廊に寄り添うように伸びていく。
午後の陽射しの中で、誰にも邪魔されない、
“ふたりだけの花束”のような時間が流れていた。
たった一度、そっと手をつないだだけで、
言葉よりもたしかな想いが、ふたりの心を満たす――
そんな静かな愛のかたちも、ここにあります。
次回、第41話は:
『ふたりだけの合図』
王女と侍女。
公の場ではふたりの関係は“秘密”。
だからこそ編み出された、誰にも気づかれない“ふたりのサイン”とは?




