第39話『わたしだけが知っているリュシア様』
“王女リュシア”は、誰もが憧れる高貴で美しい存在。
けれど――恋人であるティアナだけが知っている、
誰にも見せない“素顔の彼女”がいる。
今日はそんな、ふたりだけの小さな秘密のお話。
その日、ティアナは城の裏庭で洗濯物を干していた。
リュシアの私服、手拭い、ふたりで使う膝掛け。
それらが風に揺れるのを見ながら、ふと彼女は思い出す。
(リュシア様って、ほんとうは――)
王城では完璧な王女として振る舞い、
威厳も気品もある、美しき“高嶺の花”。
けれど部屋では、
「ティアナぁ~、靴下どこいったのぉ……」
とか、
「書類読んでたら眠くなったから……ちょっとだけ抱っこして……」
なんて、甘えた声を出してくるのだ。
(……あの姿、きっと誰にも想像できないだろうな)
ティアナは微笑みながら、洗濯かごを手に部屋へ戻った。
すると――
「うぇ……くしゅんっ!」
部屋のソファでは、もふもふの毛布に包まれた“何か”がくしゃみをしていた。
「……リュシア様?」
「……うぅ、少し寒くて……毛布三枚使ってたら、動けなくなったの……」
「それはもう毛布に捕まってますよ……」
毛布からぴょこっと顔だけ出して、不満げに唇をとがらせるリュシア。
「王女なんだから、風邪をひくわけにはいかないのよ」
「言い訳だけは一流ですね」
「うぅ、冷たい……じゃあ、その分あっためて?」
「はいはい、しょうがないですね……」
ティアナは毛布の山にそっと腰を下ろし、
リュシアの髪を梳かすように撫でてやった。
「……ん、これが一番落ち着く……」
「もう。そんな顔、ほんとにわたしにしか見せないんですから」
「当たり前でしょ。ティアナにしか見せないんだから、特別なのよ?」
そう言ってリュシアは、ティアナの肩に寄り添った。
ふたりの呼吸が重なり、やさしい沈黙が流れる。
この静けさが、何より愛しい。
(“王女様”じゃない、“リュシア”を見せてくれる。
……それが、わたしにとっての、何よりの誇りだ)
高貴な王女も、恋人の前ではただの“ひとりの女の子”。
そんな素顔を知っているのは、世界でただひとり――
そしてそれは、何にも代えがたい“信頼と愛”の証なのです。
次回、第40話は:
『花束のかわりに、手をつないで』
言葉じゃなくて、贈り物じゃなくて――
ただ手をつなぐ、それだけで伝わる想いもある。




