第31話『ふたり暮らし、はじめました(仮)』
王城の中、王女専用の居室のすぐ隣――
ティアナのために用意された小さな部屋。
それは、“ふたり暮らし”というにはまだ仮の形だけれど、
甘くて不器用な時間が、今ここから始まります。
「……ほんとうに、いいんですか? わたしがこんなところに」
ティアナはそわそわと部屋を見回していた。
窓からは庭園が見え、ベッドはふかふかで、家具はすべて新品。
小さな執務机には、すでにリュシアからの手書きのメモが置かれている。
『よく眠れるように、カモミールの香りを置いておいたわ。気に入るといいな。』
「ふふっ、かわいい顔して、落ち着かないのね」
後ろからひょっこり顔を出したリュシアは、いたずらっぽく笑った。
「お部屋、狭くなかった? こっちはもともと“予備の執務室”だったから、少し手狭かもしれないけれど――」
「いえ、広すぎるくらいです……! それに、こんなに素敵で」
「本当はわたしの部屋で一緒に暮らしてもよかったけど……それは、もう少し先のお楽しみってことで」
ティアナは顔を真っ赤にして、ベッドの端に座り込む。
「……まだ心の準備が……」
「ふふっ、焦らなくていいのよ」
リュシアはそっとティアナの髪を撫でた。
「ただ、“ふたりの暮らし”を始めるって、こういうことかなって思って。
日々の中に、あなたの気配があること。近くにいること。
それだけで、すごく幸せだって感じるの」
ティアナは、じっとリュシアを見つめる。
「……わたしも。
ここに来て、あなたと“ただいま”と“おかえり”が言い合える毎日が始まるなら――
それだけで、十分すぎるほど幸せです」
ふたりはしばし、何も言わず見つめ合い、そっと手を重ねる。
* * *
その夜。
ティアナの部屋の灯りが遅くまでついていたのは、
リュシアが持ち込んだ“お試し同居・一泊目”のせいだったとか――
「ちょっと、ベッド狭いわね」
「リュ、リュシア様!? 今日は別々って……っ」
「だって、寒いんだもの。もう恋人なんだからいいじゃない」
「うぅ……布団、半分返してください……」
そんなやりとりが、笑い声とともに夜の静けさに溶けていった。
王女と侍女の恋は、ついに“暮らし”の段階へ。
まだ“仮”のふたり暮らしだけど、
それは間違いなく本物の愛に支えられた、確かな第一歩でした。
次回、第32話は:
『朝起きたら、隣にリュシアがいた件』
幸せな朝、そしてちょっとした事件(?)発生!?
恋人と迎える朝は、予想外にドキドキです――!




