第29話『舞踏会と、ふたりの歩幅』
ついに迎えた王宮の舞踏会。
格式と視線が渦巻く華やかな場所に、“王女の恋人”として立つティアナ。
緊張、戸惑い、それでも――その手を離さない覚悟が、ふたりを照らす。
城の大広間。
きらびやかな衣装、豪華なシャンデリア、響き渡る音楽と笑い声。
一年で最も華やかな夜といわれる、王家主催の舞踏会が始まっていた。
「……すごい、熱気ですね」
控室の窓から会場を見下ろしながら、ティアナは思わずつぶやいた。
見慣れたはずの場所が、今夜はまるで別世界のように感じられる。
「大丈夫。あなたはとても綺麗よ」
リュシアは静かに声をかけながら、ティアナの手を握る。
ティアナは深紅のドレスに、リュシアの選んだ銀の髪飾り。
普段の侍女服とはまるで違う、まさに“恋人”としての装いだった。
「……緊張してます」
「わたしも。けれど、ふたりで歩けばきっと大丈夫」
その言葉を合図に、扉が開いた。
大広間の視線が、一斉にふたりに向けられる。
王女リュシアと、その隣に立つ無名の侍女。
ただの付き添い――ではないと、誰もがすぐに気づく。
ふたりの距離。手のつなぎ方。
そして、向けられる視線にも臆さず笑みを返すその姿に、
空気が少しずつ変わっていく。
「……まるで夢を見ているようです」
ティアナが小さくささやく。
「夢じゃないわ。これは、わたしたちが選んだ“現実”よ」
リュシアは微笑みながら、ティアナの手を引いた。
そのまま、舞踏会の中心へと――堂々と、二人の歩幅をそろえて。
* * *
音楽がひときわ静まり、楽団が新たな曲を奏ではじめる。
「リュシア様……もしかして、踊るつもりですか?」
「もちろんよ。“最初のダンスは恋人と”って決めてたもの」
「わ、わたし踊りは……!」
「教えたじゃない、森の中で」
「そ、あれは木の棒をパートナーにして……!」
リュシアは小さく笑った。
「今夜は、本物よ」
そして、ふたりは軽やかにステップを踏む。
リュシアが導き、ティアナが少しずつ合わせていく。
最初はぎこちなかったふたりの足取りも、
やがてリズムに乗り、会場に調和した旋律が流れ出す。
――王女と侍女。
それは“禁忌”か、“新たな価値”か。
その答えを出すように、ふたりは確かに、堂々と踊っていた。
舞踏会の夜。視線に臆せず手を取り合ったふたりは、
「恋人」として初めて、人前に立ちました。
堂々と進んだその歩みは、新たな信頼と可能性の一歩。
次回、第30話は:
『そして、騒がしい朝が来る』
舞踏会の翌朝。
城内は大騒ぎ、そしてふたりは――ちょっと照れくさくて、幸せな目覚めを迎える。




