第2話『雨とマントと、はじめての距離感』
「氷の姫」と呼ばれるリュシア王女。
無表情で冷たいように見えても、ふとした言葉や仕草に、ティアナは“あたたかさ”を感じ始める。
そんなある雨の日、ふたりの距離が、ほんの少しだけ近づく。
春の雨は、突然にやってくる。
「うわっ、結構降ってる……!」
ティアナは両手で頭を覆いながら、王女の部屋のテラスに駆け込んだ。
さっきまで洗濯物を干していたのだ。
慌てて取り込みに行った結果、見事に濡れて戻ってきた。
「ずぶ濡れね」
静かにそう言ったのは、椅子に座って読書をしていたリュシア王女だった。
彼女は本から視線を上げることなく、ちらりとだけティアナを見た。
「はい……すみません、ちょっと拭いてきます……!」
「待って」
そのひとことで、ティアナの足が止まる。
リュシアは立ち上がり、自分が羽織っていた深紅のマントをはずすと――
ためらいなく、ティアナの肩にかけた。
「これで少しは暖まるわ。風邪を引くと、仕事にならない」
「え、あ、あの、王女さまの……!?」
「濡らしたら怒るつもり?」
「ひぇっ!? ご、ごめんなさい!」
「冗談よ」
まったく表情を変えずにそんなことを言うから、余計に分かりづらい。
けれど――その目元が、ほんのすこしだけ、やわらかく見えた。
ティアナは、そっとマントを握りしめた。
厚手の布地、王族だけが使う高級品。
そのぬくもりと香りに、なんだか不思議な気持ちになる。
「リュシアさまは……寒くないんですか?」
「私? 慣れているわ。少しの冷たさなど、どうということはない」
そう言って、彼女は窓の外に視線を投げた。
「……でも、誰かが濡れているのを見るのは、苦手」
「……優しいんですね」
「優しくなんてないわ。……ただ、見過ごしたくないだけ」
「それを“優しい”って言うんですよ」
ティアナが笑うと、リュシアはほんの一瞬、目をそらした。
(……照れてる?)
そんなことを思ったティアナは、ふふっと笑い、
ふと視線をマントから彼女へと移した。
「でも……こんな赤いマント、かっこいいですね。似合います」
「……そう?」
「はい。リュシアさまって、戦うお姫さまって感じがします。剣とか持ってそう!」
「残念ね。剣は持たないわ。ただ――」
そこで彼女はふと黙り、そして静かに言った。
「……守りたいものくらい、あるわよ」
雨の音が、静かに響いていた。
ふたりはそのまま、同じ空間にいた。
言葉は少なくても、なぜか心は満たされていた。
それはきっと――
“はじめての、ぬくもりの共有”だったのだ。
雨の日に生まれた、ささやかなぬくもり。
マントを分け合ったふたりの距離が、そっと近づいた瞬間でした。
心の氷は、知らないうちに少しずつ溶けていきます。
次回、第3話は:
『姫さま、お昼寝する!?』
まさかのリュシア姫の“素顔”が!? ティアナが偶然目撃した、思わぬギャップとは……?
お楽しみに!




