第19話『恋人と過ごす、雨の日の午後』
外は雨。城の回廊にも、しとしとと水音が響いている。
散歩も外出もできないけれど――ふたりきりの部屋が、いま一番あたたかい場所。
恋人として迎える、初めての“雨の日”。
何もしない、でもそれが幸せな午後の物語。
「……今日は、一日雨みたいですね」
ティアナは、薄暗い空を見上げながら、リュシアの部屋のカーテンを引いた。
窓の外では、静かに雨粒が踊っている。
「悪くないわ。こういう日は、部屋にこもってゆっくりするのも好きよ」
「では今日は、“恋人とだらだらする日”にしましょうか」
「ふふ。新しい記念日ね」
ふたりはソファに並んで座る。
その間には、お茶と焼き菓子。
そして、開きかけの一冊の物語本。
ページをめくる音、雨のリズム、呼吸の重なり――
派手な出来事はないけれど、それがかえって心地よかった。
「……こうして、何も起きない時間もいいですね」
「ほんと。あなたと一緒だと、“退屈”が一番のご褒美になるのね」
「わたしも……“静かな時間”が、こんなに好きになるなんて思いませんでした」
ふと、リュシアがティアナの肩にもたれかかる。
「……だめかしら」
「いえ、むしろもっと……甘やかしたい気分です」
そう言って、ティアナはそっとリュシアの髪に手を添える。
ゆっくりと、撫でるように指をすべらせると、リュシアは微かに目を細めた。
「……うちの侍女は、こういうのがうまいのね」
「侍女じゃなくて、恋人ですから」
「ふふ、そうだった」
そのまま、ふたりは言葉もなく寄り添っていた。
ときどき、リュシアが本を読み聞かせ、
ときどき、ティアナがその手を握る。
雨の音が少し強まったとき、リュシアがぽつりとつぶやく。
「……ねぇ、ティアナ。
この先もし、わたしが王女じゃなくなっても……ずっと一緒にいてくれる?」
ティアナは驚いて、リュシアの顔を見た。
「それって……どういう……」
「まだ、何も決まってないけど。
あなたといると、少しずつ世界が変わっていくのを感じるの。
わたし、きっとこのまま“王女”でいたくないと思い始めてる」
「……」
ティアナは、ぎゅっとその手を握り返す。
「王女でも、そうじゃなくても、
わたしはリュシアの“隣”にいたいです。
それが――わたしの望みです」
リュシアは何も言わなかったけれど、
その瞳に浮かんだやわらかい光が、すべてを物語っていた。
雨の日の午後。
静かな時間が、ふたりの絆を少しだけ深く、確かにしていく。
雨音の中、ふたりはそっと距離を詰めて、未来のことまで考えはじめます。
何も起きない日だからこそ、
“このままずっと一緒にいたい”という気持ちが、静かに根を張っていく――
次回、第20話は:
『リュシア、ヤキモチをやく』
突然現れた“ティアナの旧友”に、王女の心がちょっぴりざわつく。
無意識の嫉妬が、思わぬ可愛さを爆発させて……?




