第1話『氷の姫は、笑わない』
空から落ちたティアナは、謎の銀髪の姫君に助けられ、
お城で“侍女見習い”として働くことに。
けれどその姫、リュシア王女は、とにかく笑わない。
第一歩から、なかなか難易度高めです。
「はい、ティアナちゃんはここで、お姫様の身の回りのお世話をお願いね」
にっこりと笑うのは、侍女長のフローラさん。
見た目は30代前半くらいだけど、侍女歴は十数年という大ベテランらしい。
今のわたしにとって、唯一の味方っぽい存在だ。
「いきなり難しいところに配属されたわねぇ。でも、あなたが王女様に拾われたんだもの。仕方ないわね」
「“拾われた”って言い方やめてください……なんかペットみたいで……」
「ふふ、でも王女様、ほんとに珍しいのよ。あんなふうに他人に興味を示すなんて」
そう――王女、リュシア=フォン=セレストリア。
この国の第一王女。
噂によれば、“氷の姫”の異名を持ち、表情は常に無、口数少なめ、あまり人を近づけないらしい。
「えっ、そんな怖い人だったんですか……」
「怖いというより“近寄りがたい”って感じかしら。悪い人ではないのよ、きっと。ただ……ちょっと不器用なのよね」
(なんか、もうすでにハードル高い気がする……)
ドキドキしながら扉をノックすると、
「入って」と静かな声が返ってきた。
中に入ると、白を基調とした部屋に、
まるで彫像みたいに背筋を伸ばして立つ王女の姿。
「失礼しま――」
「……髪、乱れてるわよ」
「ひゃっ、す、すみません!」
会って早々指摘されるとは思わなかった。
リュシア王女は、真っ直ぐこちらを見つめていた。
その瞳は本当にきれいで、でもちょっとだけ――寂しそうだった。
「その服、まだ慣れていないのね。歩き方にぎこちなさがあるわ」
「す、すみません……これ、裾長いし、なんか重いし、うっかりすると転びそうで……」
「侍女の衣装は、見た目より機能性よ。慣れれば、少し楽になる」
「わ、私、がんばります!」
「そう」
それだけ言って、彼女はまた静かに窓の外を見た。
……会話、終わった……?
* * *
それから数日。
私は、リュシア王女の身の回りのことをこなしていた。
ドレスの用意、髪のセット、お茶の準備、書類の片付け。
侍女としてはまだ見習いだけど、全力でがんばってる……つもり。
でも、王女の表情はいつも変わらない。
「……ありがとう」
「……そこ、少しズレてるわ」
「……問題ない」
うーん。
なんていうか、無表情モードがデフォルトっぽい。
怖いわけじゃない。
でも、何を考えてるのか、まったく分からない。
* * *
ある日のこと。
お茶をこぼしてしまい、慌てて拭いていたとき――
「……ティアナ」
「ひゃ、すみません! 今すぐ拭きますから、クリーニングもっ」
「……違うわ」
リュシアは小さく首を振った。
「……怪我、していない?」
「……えっ?」
「熱いお茶だった。やけどしていない?」
「――――」
ちょっとだけ、言葉が詰まった。
「だ、大丈夫です! ……えへへ、ありがとうございます」
彼女の目が、すこしだけ見開かれた。
ほんのすこし。
でも確かに、わたしにはそれが“驚き”に見えた。
「……笑ったわね」
「へ?」
「あなた、笑った。こぼしたときは、泣きそうだったのに」
「え、あ、たしかに……あはは……」
「……」
リュシアはしばし黙ってから、ふっと目をそらした。
窓の外、庭の花を見つめながら、ぽつりと呟く。
「……笑うって、いいものね」
その横顔は、月明かりのように――すこしだけ、やさしかった。
無表情で冷たいと思われていた姫君。
でもその心の奥には、誰にも知られていない温度があった――
ティアナはまだ知らないけれど、二人の距離は確かに近づき始めています。
次回、第2話は:
『雨とマントと、はじめての距離感』
ある雨の日、ティアナが見た“意外な姫の素顔”とは?
お楽しみに!