第16話『はじめての、恋人ごっこ』
想いが通じ合い、“ただの主従”ではなくなったふたり。
だけど、王女と侍女という立場上、すぐに「恋人」として振る舞えるわけではない。
だから――こっそり、誰にもバレないように。
今日は“恋人ごっこ”をしてみよう。そんな提案から始まった、甘くて秘密の時間。
「……じゃあ、今日はこっそり“恋人ごっこ”ってことで」
「“ごっこ”?」
「……言わせないでください、恥ずかしいので!」
前夜に想いを伝え合ってから、ふたりは微妙な照れを抱えたまま朝を迎えていた。
立場的にも、正式に“付き合う”とは言えない。
でも、気持ちは確かにお互いにあって――
だからこそティアナは、「今日は一日恋人のふりをしてみませんか」と提案してみたのだった。
「……ふふ、わかったわ。なら、わたしも“それっぽく”演じてみる」
リュシアは静かに笑って、けれどその頬にはほんのりと赤みが差している。
(演技って……言いながら、ちょっと楽しそうじゃないですか)
まずは、朝の身支度。
いつもは黙って髪を結ぶティアナだが、今日は違う。
「リュシア、“髪、触ってもいい?”」
「……ふふ、どうぞ“恋人さん”」
呼び方が変わるだけで、空気が変わる。
髪を結ぶ手が、いつもより少しだけ震えていた。
午前の書類仕事も、二人きりの空間では少しずつ“恋人ごっこ”が進行する。
「紅茶、おいしい?」
「……あなたが淹れたのだから、おいしいに決まってるわ」
「わ、わざと甘く言いましたね!? ずるい!」
「ふふ。恋人ごっこなんでしょう?」
リュシアはどこか楽しそうだった。
本当に“恋人”になる前に、こんな風にお互いの距離を測ることが――
彼女にとっても心地いいのかもしれない。
* * *
そして夕方。
ふたりは、再び温室跡に足を運んでいた。
「今日の“恋人ごっこ”、採点してもらっていいですか?」
「そうね……90点くらいかしら」
「えっ、減点どこですか!?」
「ずっと“ふり”だったからよ。
――でも、本当に“恋人”なら、最後くらいは“本気”でしてみせて?」
そう言ったリュシアは、静かに目を閉じる。
ティアナは、少しだけ息をのんだ。
そしてそっと、リュシアの手を取って、そっと囁く。
「……リュシア。わたし、本当にあなたが好きです。
ふりじゃなくて、嘘じゃなくて、これが本当の――“恋人になってください”」
リュシアは目を開けて、小さくうなずいた。
「やっと言えたわね。100点満点よ」
その返事に、ティアナの顔が赤くなる。
「じゃあ次は……“恋人ごっこ”じゃなくて、本物になりましょう」
「……はい」
温室の中。
ふたりは、そっと寄り添って、ほんの少しだけ指を絡めた。
もう“ごっこ”なんかじゃない。
本物の恋が、ゆっくりと始まった――そんな午後だった。
立場のしがらみの中で、最初の一歩を踏み出したふたり。
“恋人ごっこ”は、ふたりにとって確かな確認であり、甘い儀式でもありました。
けれど、次からはもう“ふり”ではありません。
次回、第17話は:
『ふたりの秘密と、小さな贈り物』
本物の恋人になったふたりが最初に交わすのは、誰にも見られない小さな秘密と――
心を込めた、初めてのプレゼント。




