第11話『言葉じゃない気持ちと、夜の音楽会』
手と手が触れ合った、夕暮れの丘。
言葉にできない想いが、心の奥で確かに芽吹いていく。
そんなふたりが向かったのは、王宮でひそやかに開かれる夜の音楽会――
音の重なりと視線の交差が、静かに心をほどいていく。
夜、王宮の一角――
小さなホールに蝋燭の明かりがともされ、静かな音楽会が開かれていた。
奏者たちによる竪琴と笛のアンサンブル。
招待されたのはほんの数人、王族とその親しい者たちだけ。
ティアナは、緊張した面持ちでリュシアの隣に立っていた。
「……本当に、わたしがここにいてよかったんですか?」
「わたしが“連れてきたかった”のだから、いいのよ」
リュシアは、いつものように静かに、けれど確かに言った。
「音楽会なんて、初めてです。こういうの……憧れてました」
「そう。じゃあ今夜は、わたしが叶えた夢ね」
「……また惚れそうです」
「“また”? 何度目かしら」
「毎回新鮮ですから、ノーカウントです!」
リュシアは、くすっと笑った。
演奏が始まる。
笛のやわらかな旋律が空気に溶け、竪琴の響きが星のように降る。
ふと、ティアナは隣に座るリュシアを見る。
ドレスの裾に指を添え、静かに目を閉じて音に身をゆだねる姿。
あまりにも美しくて――声が出せなかった。
(こんな人を好きになってしまうなんて、無謀だってわかってるのに)
でも。
それでも。
隣にいられる今だけは、胸を張ってそう言いたかった。
(リュシアさまの隣は……誰にも渡したくない)
すると、不意にリュシアが目を開き、視線が重なる。
何か言葉を交わしたわけじゃない。
でもその瞳は、まっすぐにティアナを見ていて――
まるで、音楽よりも雄弁に、心を伝えてくるようだった。
ティアナは、思わず口元をゆるめて、小さくうなずいた。
その瞬間、リュシアの目が、ほんの少しだけ優しく細まる。
演奏が続くなか、ふたりの世界は静かにひとつに重なっていた。
言葉じゃなくても、伝わる想いがある。
そんな夜だった。
音楽という名の魔法に包まれながら、ふたりの想いは、確かに近づきました。
視線を交わし、言葉を超えて――
それは、恋が“確信”に変わる一歩。
次回、第12話は:
『告白未遂と、ほどけたリボン』
想いを伝えようとして、つまずいたティアナ。
けれど、何気ない一言と、ほどけた髪飾りが――姫の心を大きく揺らすことになる。




