第10話『姫と侍女と、手のひらの温度』
やきもちを知ったリュシアと、
それにまっすぐ応えるティアナ。
ふたりの間に流れる空気が、少しずつ変わっていく――
そんなある日の夕暮れ、静かな時間の中で“手と手”が触れ合う瞬間。
その温もりは、まだ名前のない想いをそっと照らし出していく。
その日は朝から忙しく、ふたりともすっかり疲れていた。
だから夕方、仕事が終わったあと、
リュシアがふと「外へ行きたい」と言ったとき、
ティアナは何も言わずにうなずいた。
王城の裏にある、小さな丘の上。
ひとけのない古い東屋に並んで座り、ふたりはただ沈む夕陽を見ていた。
「……静かですね」
「ええ。……こういう時間、嫌いじゃないわ」
丘の上には風が吹き抜け、どこか切なげな赤が空を染めていた。
ふと、ティアナがリュシアの手を見た。
細くて、白くて、でも芯のある手。
文字を書き、剣を振り、孤独に耐えてきた手。
ティアナは、迷いながらも言葉にした。
「……わたし、いつも思うんです」
「なにを?」
「リュシアさまの手って、冷たそうに見えて……意外と、あったかいんだなって」
「……触ったこと、あったかしら?」
「ないです。でも、今触れたら、たぶん――そう思える気がします」
その言葉に、リュシアは静かに手を差し出した。
言葉はないけれど、それはたしかな“許し”だった。
ティアナはそっと、その手を取る。
触れた瞬間、心臓が跳ねた。
「……ほんとだ。やっぱり、あったかい」
「あなたの手も、ね」
重なった手と手。
手袋越しでもなく、儀礼でもなく――ただひとりの人間同士のぬくもり。
「こうしてると、なんだか夢みたいですね」
「……夢かどうかなんて、どうでもいいわ。
でも、今だけは――手を離したくない」
「……わたしもです」
夕陽の光が弱まり、夜の気配が近づいてくる。
けれど、ふたりの間には、変わらない温度があった。
それは、恋のはじまりの音がする、静かな時間だった。
“手をつなぐ”――それだけのことで、こんなにも心は揺れる。
リュシアとティアナの関係は、すこしずつ、けれど確かに“特別”へと変わっていきます。
次回、第11話は:
『言葉じゃない気持ちと、夜の音楽会』
夜に開かれる小さな音楽会。
演奏と灯りに包まれた中、ふたりの視線は――まっすぐに、互いだけを見つめていた。




