第9話『リュシア姫と、やきもちという名の感情』
秘密の図書室で“未来の話”を語り合ったふたり。
関係は深まり、距離も縮まっていく――はずだった。
だがある日、リュシアの胸の奥に、初めての感情が芽生える。
それは、小さくて、でも確かに疼くもの。
名をつけるなら、それは――“やきもち”。
中庭で、ティアナは騎士団の若手、エルヴァンと談笑していた。
「この前の訓練で、また剣が折れちゃってさ。おかげで整備係に怒られっぱなしなんだよ」
「ええー、またですか? ちゃんと鍛冶屋の人に頭下げてくださいね?」
「はいはい、ティアナ先輩には敵いませんって!」
笑い合うふたりの様子は、周囲から見れば微笑ましいものだった。
けれど、少し離れたバルコニーからそれを見ていたリュシアの胸は、
不思議なくらい、ざわざわと波立っていた。
(……なに、あれ)
(なぜ、あんなに笑ってるの。わたしといるときより、あんなに)
手すりをぎゅっと握りしめていることにも気づかず、リュシアはじっとふたりを見つめ続けた。
(別に、何でもない話だわ。騎士と侍女が会話していただけ。……でも)
気づかぬうちに、胸の奥に黒い靄が広がっていた。
* * *
その日の午後、ティアナが王女の部屋に入ると、
リュシアは珍しく机に向かって黙々と書き物をしていた。
「リュシアさま、資料お持ちしましたー」
「……そこに置いておいて」
「……あ、はい」
(……なんか、冷たい?)
どこかぎこちない空気が流れる。
目も合わないし、返事もぶっきらぼう。
しばらく沈黙が続いたあと、ティアナが意を決して声をかけた。
「……なにか、怒ってますか?」
「怒ってない」
「すごく怒ってる人の言い方ですそれ!!」
「……別に。あなたが誰と話していようと、わたしには関係ないもの」
「えっ……?」
そこでようやく、リュシアは顔を上げた。
その目は、ほんのすこし――寂しげだった。
「……ただ」
「ただ?」
「……わたしといるときより、楽しそうに見えたから。……それだけ」
ティアナは、一瞬言葉を失い、それから――ふっと微笑んだ。
「――やきもちですか?」
「ちがっ……!」
「やきもちですね!! かわいい~~!」
「からかわないで!!」
ぷいっと顔を背けたリュシアに、ティアナはそっと近づいて、手を取った。
「リュシアさま。わたしがいちばん楽しそうなのは、いつだってリュシアさまと一緒にいるときですよ」
「……本当に?」
「はい。断言します。だって好きですから」
「……え?」
「あ、今のは侍女としてですよ? し・じ・ょ。はい、言い直した!」
「…………嘘つき」
ぽつりとそう言った王女の顔が、少し赤く染まっていた。
心の奥で初めて芽生えた感情――
それが“恋”だと知るには、もう少しだけ時間が必要だった。
初めての“やきもち”に戸惑い、
けれど心のどこかで、それを否定できなかったリュシア。
ティアナの真っ直ぐな言葉に、少しずつ自分の気持ちが輪郭を持ち始めています。
次回、第10話は:
『姫と侍女と、手のひらの温度』
ふたりきりの夕暮れ、そっと重なった手と手――
その温もりが、ふたりの心に何を残すのか。




