プロローグ:『落ちて、拾われて、姫と出会った』
夜空を、流れ星が走った。
それはまるで、誰かの祈りのように。
けれどその星は、静かに燃えながら、王都セレストリアの白い城へと――真っ逆さまに落ちた。
そして――落ちてきたのは、わたしだった。
* * *
「う、うーん……背中が冷たい……っていうか、ここどこ?」
目を開けた瞬間、目に飛び込んできたのは夜空。
まるで宝石箱をひっくり返したみたいな、星、星、星。
「……きれい……って、いやいや違う!!」
慌てて跳ね起きると、自分が芝生の上に寝ていることに気づいた。
しかも周囲は大理石の建物に囲まれていて、遠くに見えるのは、尖塔と城壁、そして月明かりに照らされた噴水。
「えっ、お城……? ヨーロッパ……? 撮影セット……?」
現実感がない。というか現実じゃないとすら思える。
「――そこにいるのは誰だ!!」
「ひゃっ!」
振り返ると、いかにも騎士って感じの人たちが、剣を手に詰め寄ってきていた。
盾と鎧がきらきらしてて迫力満点。でもめっちゃ怖い。
「待って! 違う! 私は敵じゃ――」
「変な服……異国の者か?」「魔導師の転移か?」「侵入者かもしれぬ!」
え、えっ!? ちょっと待って!? 話が早すぎません!?
「ひとまず、拘束を――」
「やめて。――その子に、手を出さないで」
その瞬間、空気が変わった。
まるで冬の風が流れ込んできたかのように、ひんやりとして。
けれど、不思議と冷たくなかった。
月の光の中に立っていたのは――
銀髪に真珠のようなティアラをつけた、ドレス姿の少女。
その瞳は薄紫に光り、透き通るような肌と、物静かな声を持っていた。
「私が話をするわ。……あなたの名前は?」
「え、あ、わ、わたし、ティアナです……」
「そう。じゃあティアナ、あなたは、ここで少し休みなさい。疲れているでしょう?」
「え……? あの、でも……」
少女――リュシア王女は、ひとことも騒がず、ただ静かに命じた。
「彼女を傷つけた者は、私の命令に背いたものとみなします」
その言葉で、騎士たちの動きが止まった。
そして私の運命も、あの瞬間から変わった。
* * *
数時間後、私は城の一室にいた。
ふわふわのベッドと、金色のカーテン、果物が盛られた皿と、信じられないくらい高そうな家具。
でも、一番印象に残ったのは、リュシア王女が最後に言ったひとことだった。
「侍女として、ここで働いてもらうわ。……逃げたいなら、今が最後のチャンスよ?」
冗談みたいな提案。でも――私はうなずいた。
「逃げないです。だって、助けてもらったし。あと、帰る方法もよくわかんないし」
「そう。では、歓迎するわ。……“ティアナ”」
あのとき、名前を呼ばれた声が、やけに印象に残った。
優しくも、冷たくもなくて。
ただ、まっすぐで、透き通っていて。
どこか、寂しげで。
――それが、わたしと彼女の始まりだった。
身分の違いも、世界の違いも、何もかもがかけ離れていたけれど、
この出会いが、何かを変える気がした。
氷の姫と、空から落ちた元気な侍女――
正反対のふたりが、ゆっくりと心を寄せていく、そんな物語が、今、始まる。