仮題 桜散る
俺は何者なんだろう。というか、何者が俺なんだろうか。そんな言葉が今の自分にはしっくりくるような気がしている。
川沿いの桜が綺麗に咲いて並んでいる。世間は入学シーズンで街の賑わいは普段より盛んだ。桜もこの街も廃れることなんて、誰も知らないふりをしている。今年で30の歳になる俺の日常は世間がどうなろうと変わらない。俺が日常という監獄の中で飼われた猿だ。それ以下でもそれ以上でもない。毎日、早朝から出勤をして、そして家ではYoutubeで時間を潰す。この繰り返しだ。
4月28日
今日はいつもより早く外に出た。天気予報では雨が降るらしい。雨は好きだが、どうも外出の予定がある時には厄介に感じてしまう。JR宇都宮線宇都宮駅の2番線ホームに着いた。いつも通りスマホに目をやり、広告で何度も表示されるようなゲームを淡々とこなす。このアプリで時間を潰すのはもう作業になってしまった。首の疲れを取るためにふと前を見てみると、なかなか目にしないような制服を着た女子高生が並んでいる。そして、彼女は顔を手で覆うようにしてしゃがみ始めた。失恋でもしたのだろうか。ご愁傷様だ。恋愛なんてくだらない。時間とお金を無駄に費やして、結局こんなに悲しくなるなんて、馬鹿馬鹿しい。まるで長期体験型アトラクションだ。終わってみても何も手には残らない。「2番線に列車が通過します。白線の内側に下がってください」駅のアナウンスが鳴り響く。そして貨物列車がホームに向かって全速力で向かってくる。列車通過による強風と騒音は嫌いだ。でも今日の音は違った。騒音のなかで悲鳴が鳴っていた。前をみると、さっきの失恋少女がどこにも見当たらない。全身の神経が震え出し、鉄の錆びたような匂いが鼻の奥まで満ちてきた。ホームの下、線路上に彼女はいるはずだ。まだ助かるかもしれない。でも硬直した足は5キロメートルを完走したあとのように重くてすぐ動かせない。動けない。「動け、動け、動け」心の中で何度も繰り返した。それでも呼吸が乱れて荒くなるだけで、体はいうことを聞かない。「動け」何とか足を前に進めて、一歩が踏み出せた。「何とか助ける。」そう思った時、関節を逆向きに曲げるような痛々しく鈍い音がした。そして半殺しの彼女の顔が涙目でこちらを見ながら吹き飛んでいった。電車はそう簡単には止まれない。彼女の足が粉々になり、腕はわけのわからない方向を向いている。内臓は貨物列車の重量に耐えられず、押しつぶされて破裂した。血の海が彼女を覆う。鉄の錆びたに覆いが広がる。ホームは悲鳴と嗚咽、号泣と失神の患者で埋め尽くされた。いつもと変わらない日常は、一瞬にして地獄と化した。それなのに、なぜか俺は様子がおかしかった。にやけが止まらなかった。いくら手で顔を押さえても、表情筋はずっと上がっている。この衝動が俺の本当の気持ちなのだろうか。目の前の光景は監獄の中で見えた一筋の光なのだろうか。






