第98話 王妃教育
「今日は、舞踏会でのダンスを練習していきます」
朗らかな声が舞踏室に響いた。クラリスは椅子から立ち上がり、優雅な所作で一礼する。
ここは王城内の舞踏訓練室。天井のシャンデリアがきらめき、窓から差し込む光が床に踊る。
クラリスは迷いなくステップを踏み始めた。リズムも姿勢も完璧。以前から公爵家でレッスンを受けていたクラリスにとって、この程度の訓練は難なくこなせる。
「さすがですね、クラリス様。お美しいステップですわ」
「ありがとうございます、マリエンヌ先生」
その時、扉が控えめにノックされた。
「失礼いたします」
低く落ち着いた声が響いた。
「アレン……?」
クラリスが小さくつぶやく。騎士の礼装に身を包んだアレンが、少し困ったような顔をして立っていた。
「今日から、アレン様にもこちらのレッスンに参加していただきます」
マリエンヌがにこやかに言う。
「俺も……レッスンを?」
アレンは明らかに戸惑っていた。
「はい。魔力を持つ方は将来的に学園へ入学する予定ですし、舞踏は必須科目ですわ。ですが、今回は“クラリス様の付き添い騎士”として、正式な場での立ち居振る舞いを身につけていただきたいという王城の意向でもあります」
(あくまでも騎士として、ね)
クラリスは、思わず微笑む。騎士団の訓練では抜群の腕前を誇るアレンが、舞踏の場ではいかに振る舞うのか、少し楽しみでもあった。
「……了解しました。僭越ながら、精一杯努力いたします」
アレンは深く頭を下げた。
「では、クラリス様、アレン様。ペアでお願いします」
静かに音楽が流れ出す。クラリスは自然な動きでアレンの前に立った。
「……緊張してる?」
クラリスが微笑むと、アレンは顔を少し赤らめた。
「正直、騎士団の訓練より緊張します。どう動けばいいか……」
「大丈夫よ。あなたならきっとすぐに慣れるわ。私がリードしてあげる」
「……恐縮です」
アレンは恐る恐るクラリスの手を取り、ステップを踏み始めた――が。
「えっと……右、でしたっけ?」
「違う、左よ。足が逆!」
「あっ、す、すみません!」
クラリスは吹き出すのを堪えきれず、肩を震わせる。
「ふふっ、何でもこなすアレンでも、ダンスは苦手みたいね」
部屋の隅では、クラリスにしか見えないカインが腕を組んでぷかぷかと浮かびながら、冷ややかに呟いた。
「全く、踊る姿が剣を構える時と違いすぎる。情けないぞ」
アレンにはもちろん見えない。
「改めていきますよ、アレン様」
「はいっ……!」
マリエンヌの指導のもと、アレンは何度もステップを踏み直す。汗をにじませながらも、決して手を抜かないその姿は、まさに騎士そのものだった。
レッスンが終わり、クラリスとアレンは庭園のテラスで一息ついていた。
「お疲れ様。今日は大変だったわね」
クラリスが紅茶を飲みながら笑いかける。
「はい……まさか舞踏がここまで難しいとは」
「でも、最後のステップは悪くなかったわ。ちゃんとリズムも取れてたし」
「恐縮です。クラリス様の足を何度も踏んでしまい、本当に申し訳ありませんでした」
「大丈夫。アレンが一生懸命なの、伝わってきたから」
クラリスのやわらかな声に、アレンは思わずまっすぐ顔を上げる。
「俺は、クラリス様の騎士です。どんな場であっても、貴女の傍に相応しい男であるよう努力します。例えそれが……踊りであっても」
「ふふっ、まっすぐね。でも、そういうところ……嫌いじゃないわ」
クラリスは少しだけ頬を赤らめながら、ティーカップを揺らした。
アレンの決意は、確かに王妃となる彼女にとって、何よりも心強いものであった。




