第88話 それぞれの教育と鍛錬
王城の朝は早い。
クラリスはまだ陽が昇りきらぬうちに目を覚まし、着替えを済ませて控室へと向かった。
「クラリス様、本日の王妃教育は礼儀作法から始まります」
女官長が淡々と告げる。
「はい、よろしくお願いいたします」
クラリスは微笑みを浮かべ、静かにお辞儀をした。
彼女の態度はすでに王妃としての品格を纏い始めている。
「さすがはクラリス様。昨日よりも姿勢が美しいですね」
「ありがとうございます」
その頃、王城の裏庭ではアレンが訓練用の木剣を手に立っていた。
目の前には王国騎士団の教官が腕組みしている。
「アレン、今日も手加減はしないからな。覚悟しろ」
「はい、よろしくお願いします!」
アレンは汗をぬぐい、剣を構えた。
「来い!」
教官が掛け声を上げ、アレンと木剣を交える。
その動きは日に日に鋭さを増していた。
一方、公爵邸の修練場では3体の精霊たち――ヒカリ、カイン、フロストが鍛錬に励んでいた。
「カイン、次は俺とやろう」
ヒカリが言うと、カインは頷いた。
「いいだろう。今日はお前の魔力操作がどれほど上達したか確かめてやる」
「むむむ、我も混ぜろ!」
フロストが不満げに叫ぶ。
「フロスト、お前は昨日魔力暴走したばっかだろ。まずは安定させるところからだ」
「ぬぬ……」
フロストは悔しそうに唸った。
「いくぞ、ヒカリ!」
「うん、来い!」
カインの炎の刃と、ヒカリの光の盾がぶつかり合う。
二人の動きは流れるように滑らかで、まるで舞踏のようだった。
「はぁっ!」
ヒカリは魔力を圧縮し、光の玉をカインに放つ。
「甘い!」
カインは炎で弾き飛ばす。
その攻防を見ていたフロストは地団駄を踏む。
「くぅ、我も早くあれくらい……!」
王城では、クラリスが王妃教育の次の課程に入っていた。
「クラリス様、本日は外交儀礼について学んでいただきます」
女官長が資料を広げる。
「異国の貴族との接し方、挨拶の所作、言葉遣い……王妃となる者にとって必要不可欠な知識です」
「承知しました」
クラリスは筆を持ち、黙々と学び始めた。
その隣では、アレンが鍛錬の休憩時間にクラリスの様子を遠目に見ていた。
「お嬢様、相変わらず真剣ですね」
「アレン様、お声をおかけしてはなりません」
女官長が冷たく告げる。
「す、すみません!」
慌ててアレンは頭を下げた。
再び公爵邸。
ヒカリとカインは鍛錬を終え、フロストに視線を向けた。
「よし、フロスト。お前の番だ」
「ふん! 我の実力を見せてやる!」
フロストは大きく息を吸い込み、魔力を集める。
「ゆっくりだぞ、焦るな」
カインが助言する。
「わかっておる!」
フロストの手のひらに、冷たい氷の槍が形成される。
「おお、安定してる!」
ヒカリが驚いた。
「ふふん、当然じゃ!」
しかし、その瞬間フロストの魔力が急激に膨れ上がる。
「うおおおお、また暴走するぅぅぅ!!」
「やっぱりか!」
ヒカリはすかさず手をかざす。
「シャインプリズン!」
ボフッ――!
フロストは再び光の檻に包まれ、魔力が拡散された。
「む、むぅ……なぜ毎回こうなるのじゃ……」
「焦るなフロスト。着実に進歩してる」
カインが優しく声をかける。
「ほんと、最初に比べれば全然安定してるよ」
ヒカリも笑いかけた。
「そ、そうか……?」
「うん。次は魔力放出の後の制御を重点的にやろう」
「……わかったのじゃ!」
その夜、王城のクラリスの部屋では女官がクラリスの髪を梳いていた。
「今日もよく頑張られましたね、クラリス様」
「ありがとう。でもまだまだです」
クラリスは鏡越しに自分を見つめる。
「お嬢様は本当に立派になられました」
女官は微笑む。
その頃、訓練場の片隅でアレンは剣を磨きながら呟いた。
「俺も……お嬢様に恥じぬよう強くならないと」
夜遅く、公爵邸の修練場ではヒカリたちがまだ鍛錬を続けていた。
「ヒカリ、お前はもう十分じゃないか?」
カインが声をかける。
「いや、俺はもっと強くならなきゃいけない」
「なぜだ?」
「クラリスの未来を変えるために、俺がやらなきゃならないことがある」
ヒカリは遠くを見つめる。
「……お前は時々、何かを背負っているように見えるな」
カインは肩をすくめた。
「フロスト、お前ももう休め」
「むぅ……わかったのじゃ」
それぞれが、それぞれの場所で鍛錬と教育に励む日々。
王城での生活にも少しずつ慣れてきたクラリスとアレン。
クラリスは朝から晩まで続く王妃教育に、アレンは王国騎士団での鍛錬に、それぞれ日々を過ごしていた。
その日の朝。
「クラリス様、本日は礼儀作法に加えて、舞踏の稽古がございます」
女官長が淡々と伝える。
「承知しました」
クラリスは微笑みながら頷く。
隣ではアレンが準備を終えて立っていた。
「お嬢様、本日もご無事をお祈りしております」
「ありがとう、アレン。あなたも騎士団での訓練、頑張ってくださいね」
「はい!」
一方、公爵邸の修練場では――。
「フロスト、いいか。今日こそ暴走はナシだぞ」
ヒカリが指をさす。
「ぬぬぬ……わかっておるわ!」
「今日は俺とカインでお前の魔力操作を見ながら訓練する」
カインが腕を組んでフロストに告げた。
「フロスト、お前は魔力の絶対量が多いから、放出よりも“留める”ことを意識しろ」
「うむ!」
フロストは大きく頷き、ゆっくりと両手を広げた。
「はぁぁぁぁ……」
手のひらに、小さな氷の刃が浮かび上がる。
「おお、安定してる!」
ヒカリが目を見張る。
「ここからもう少しだけ魔力を足せ!」
カインの声に応え、フロストは慎重に魔力を乗せる。
「う、うぬぅ……」
「いいぞ、維持しろ!」
氷の刃が形を保ち、空中でキラキラと輝いた。
「で、できた……!」
「やったなフロスト!」
ヒカリが笑い、カインも頷く。
「ここまで来れば次は攻撃魔法の初歩だ」
「むむむ、やっとか!」
フロストは嬉しそうに跳ねた。
同じ頃、王城の中庭では――。
「アレン、少し手合わせを願う」
王国騎士団の副団長が声をかけてきた。
「副団長殿、自分などまだまだ未熟ですが……」
「いいから構えろ。お前、最近めきめき腕を上げているからな」
アレンは木剣を構え、構えた副団長と向き合う。
「行くぞ!」
副団長が一歩踏み出し、鋭い一撃を繰り出す。
「くっ!」
アレンは必死にそれを受け止めた。
「悪くない、だがまだ甘い!」
副団長は連撃を繰り出す。
アレンはそれを受け流し、一瞬の隙をついて踏み込んだ。
「やった!」
木剣の切っ先が副団長の胸元に届いた。
「……ほう、やるな」
副団長は微笑んだ。
「だが本番はこれからだ」
「はい!」
その日の夜、公爵邸。
ヒカリ、カイン、フロストは訓練を終え、夜風に当たっていた。
「今日はフロスト、よく頑張ったな」
ヒカリが笑いかける。
「ふん、当然じゃ。我はアレンの契約精霊じゃからな」
「アレンも王城で鍛えられてるらしいな」
カインが言うと、ヒカリは空を見上げて呟いた。
「……あいつも必死に努力してる」
「お主はクラリスのことばかりじゃが、アレンのこともちゃんと見ておるのか?」
フロストが問いかける。
「当然だよ。アレンにもクラリスをしっかり守ってもらいたいからね」
「お前は、何をおいてもクラリスだな」
カインが苦笑した。
夜、王城のクラリスの部屋。
「クラリス様、お休みの準備が整いました」
女官が告げる。
「ありがとう。……アレン、少し話せるかしら?」
「はい。お嬢様」
アレンが控え室から現れた。
「今日の訓練はどうだった?」
「副団長殿と手合わせしました。まだまだですが、少しずつ手応えを感じています」
「ふふ、それは良いことね」
クラリスは微笑むが、その表情にはどこか陰りがあった。
「……どうかしましたか?」
アレンが気づく。
「王妃教育、思った以上に厳しくて……」
「お嬢様……」
「でも大丈夫。私、絶対に負けない」
クラリスは強く言った。
「アレンも頑張ってね。私たち、きっと未来を変えられるわ」
「はい、お嬢様。必ず」
二人は静かに微笑み合った。




