第8話 クラリスと王子
今日は公爵家の屋敷がいつもより慌ただしい。メイドや執事たちが忙しく動き回り、花を活け直したり、装飾を整えたりしている。
(何か特別な来客でもあるのか?)
俺――光精霊ヒカリは、クラリスの部屋の隅でふわふわと漂いながら、彼女の様子を観察していた。すると、侍女の一人がクラリスに恭しく頭を下げる。
「クラリス様、本日は第一王子エドワード殿下がいらっしゃいます」
「エドワード様が……?」
クラリスは小さく息をつくと、すぐに冷静な表情に戻る。
(王子登場か……ゲームのストーリーでも重要なキャラだったな)
エドワード・フォン・レグナス王子――この国の第一王子であり、ゲームのヒロインと結ばれる運命の男。問題は、クラリスがヒロインとの恋路を邪魔する「悪役令嬢」として扱われ、最終的には婚約破棄されてしまうことだ。
(……この世界がゲームと同じ展開を辿るなら、王子はクラリスを見捨てることになる。でも今の彼女は、俺にとって大切な"推し"だ。絶対にそんな未来にはさせない!)
「クラリス様、準備はよろしいですか?」
「ええ。失礼のないように努めますわ」
(さすがクラリス、完璧な令嬢ムーブだな)
***
しばらくして、王子が屋敷に到着した。
「久しぶりだね、クラリス」
柔らかい金髪に、気品あふれる顔立ちの少年――エドワード王子が微笑みながらクラリスを見つめている。
「お久しぶりです、エドワード様。ようこそ、公爵家へ」
クラリスは優雅に一礼し、完璧な令嬢としての振る舞いを見せた。
「相変わらず、礼儀正しいね」
エドワードは少し微笑んでクラリスを見つめる。
(こいつが、ヒロインに惚れてクラリスを振ることになる王子か……今のところは普通にいい奴っぽいけど)
「今日は君とゆっくり話がしたくてね。少し、庭を散策しないかい?」
「はい、喜んで」
(待って待って、なんか俺の推しが王子と仲良くなる流れになってないか!?)
俺は焦りながらも、クラリスのそばを離れずに見守ることにした。
***
庭園を歩きながら、エドワードはクラリスに穏やかに語りかける。
「クラリス、最近の生活はどうだい?」
「変わりありませんわ。日々、勉学と礼儀作法に励んでおります」
「そうか……君は本当に立派だね。僕も君を見習わなければ」
「……エドワード様が、そのように仰るなんて意外ですわ」
「はは、僕だって完璧じゃないさ。でも、君のような努力家には、いつも感心しているよ」
(な、なんだこの爽やか王子ムーブは……!)
俺は心の中で動揺しながらも、クラリスの反応を見守る。
「……エドワード様は優しいのですね」
「君の努力を知っているからこそ、そう思うんだよ」
(ちょっと待て、こんなに順調に好感度上がる感じだったっけ!?)
俺は焦りつつも、クラリスの肩のそばで光をふわふわと揺らした。
「……ヒカリ?」
クラリスが俺の方をちらりと見る。
「どうしたの?」
エドワードが首を傾げる。
「あ、いえ……少し、光が綺麗だったので」
「そうか。君はそういう自然の美しさに気づく人なんだね」
(いやいや、俺のことだから! 俺を見てたからだから!)
クラリスは俺の存在を意識してか、少し微笑んだ。エドワードはそんな彼女の表情を見て、さらに優しく微笑む。
「クラリス、君にはこれからも変わらず、自分の信じる道を進んでほしい」
「……それは、どういう意味でしょう?」
「君がどれだけ努力しているか、僕は知っている。だからこそ……どんなことがあっても、自分を見失わないでほしい」
(なんだ、この意味深なセリフ……?)
エドワードはまるで何かを知っているかのように、クラリスを見つめていた。
「……ありがとうございます、エドワード様」
クラリスは静かに一礼した。
(くそっ……王子、悪い奴じゃないのは分かる。でも、推しを泣かせる未来があるなら、俺は全力で阻止するぞ!)
――こうして、俺の「推しを守る」決意はさらに強まったのだった。




