第73話:ヒロインの苦悩
ミリアは5歳の頃、前世の記憶を思い出した。
「……え? ここって……乙女ゲームの世界?」
記憶を辿ると、どうやらこの世界は前世で遊んでいた乙女ゲーム『エテルニアの誓い』の舞台らしい。
「ということは……私がこの世界のヒロイン、ミリアってことよね!」
そう気づいた時、ミリアの心は躍った。ヒロインなら素敵な王子様や騎士たちに愛され、最高の未来が待っている。
だが——その夢はすぐに崩れ去った。
上級光精霊が来ない
「……どうして?」
5歳になり、光精霊との契約を試みたものの、現れたのは低級の光精霊ばかり。
「おかしい……ヒロインなら本来、上級光精霊が現れるはずなのに……!」
最初は焦ったが、まだ時間があると思い、自分を納得させた。
しかし——11歳の時、その謎が解けた。
「え……うそ……」
彼女の目の前に一人の少女がいた。
「悪役令嬢……クラリス……?」
そのクラリスの傍らには、彼女が契約すべきだった上級光精霊がいたのだ。
「何で……なんでなのよ!? どうして悪役令嬢のクラリスのところに光精霊がいるのよ!!」
ミリアの怒りと混乱は頂点に達した。
「それに……私が近づくと、光精霊が逃げる? 意味が分からない……!!」
本来ならヒロインの自分が上級光精霊と契約し、特別な力を手に入れるはずだった。しかし、現実は違う。クラリスがその立場にいる。
「こんなの、認められるわけない……!」
聖女としての道を模索
それでもミリアは諦めなかった。
彼女にはまだ「光の大精霊の加護」があった。たとえ上級光精霊と契約できなくても、聖女としての力は残されている。
「魔力は低いけど……回復魔法は使えるはず」
そう考えたミリアは、教会で病気の人々を一生懸命治療した。
そして、ついに——ある日、教会にいた男爵の目に留まったのだ。
「お前、なかなかやるではないか」
「……ありがとうございます!」
ミリアは安堵した。
(この男爵は身勝手で自己中心的な性格だけど……とりあえず貴族の後ろ盾は必要だし、今は従っておくしかないわね)
次にミリアが目指したのは「聖女の髪飾り」だった。
「たしか、ヴィクトール商会で販売されていたはず……」
そう思い、ミリアは男爵に尋ねた。
「ヴィクトール商会ってどこにありますか?」
すると、男爵が意外な言葉を返してきた。
「ヴィクトール商会長なら、今ちょうどこの町に滞在しているぞ」
「……!?」
ミリアは驚愕した。
(これは運命よ! やっぱり私はヒロインなんだから!)
「男爵様、どうかヴィクトール商会長に会わせていただけませんか?」
「ふむ……ちょうど今日会う予定だ。一緒に来るか?」
「ぜひお願いします!」
ミリアは心の中でガッツポーズをした。
(これで聖女の髪飾りを手に入れれば、私の道は開けるわ!)
そして、ヴィクトール商会長との対面の時間が訪れた。
「あなたが聖女のミリア様ですね。初めまして、ヴィクトール商会長のヴィクトールです。ご用件があると伺いましたが」
「はい、以前販売されていた古い髪飾りについて伺いたいのですが……」
ミリアがそう尋ねると、ヴィクトールは少し考え込んだ後、ぽんと手を打った。
「ああ、もしかして……命の恩人に献上した髪飾りのことですかね?」
「……え?」
一瞬、ミリアの頭が理解を拒んだ。
「……献上……?」
ヴィクトールは穏やかに微笑みながら説明を続けた。
「ええ、とても貴重な品だったので、大変お世話になった方へ感謝の気持ちを込めて贈らせていただきました」
「……どなたに?」
「クラリス様です」
「!!??」
ミリアの顔から血の気が引いた。
(光の大精霊の加護が付与された髪飾りを……クラリスに……あげたですって……?)
信じられなかった。
クラリスは悪役令嬢のはずなのに。
ヒロインである自分が得るべきアイテムを持っているなんて——。
「……っ……」
ミリアは、震える手を握りしめながら、必死に平静を装った。
(落ち着いて……まだ終わりじゃない……)
しかし、その時、彼女の心の中で確信が生まれた。
——何かが狂っている。
この世界は、自分の知っている乙女ゲームとは違う方向へ進んでいる。
そして、その原因は——クラリスにある。
(クラリス……あなたがいる限り、私はヒロインになれない……)
ミリアの目が静かに、しかし確実に敵意を孕んでいくのだった——。




