第70話:ヒカリの中の物
視察を終えたクラリスは、町長の屋敷に用意された部屋で一息ついていた。カサンガの市場や商店街は活気に満ちており、異文化が混ざり合うこの町ならではの魅力にあふれていた。
「市場、楽しかったね!」
ヒカリがふわふわと飛びながら楽しげに言う。
「お前は興奮しすぎだ」
カインが呆れたように答えた。
「だって! 今まで見たことないものがたくさんあったんだよ! 珍しい食べ物に、カラフルな布、あとは……!」
ヒカリが思い出しながら次々と挙げていくと、クラリスがクスリと笑った。
「ええ、とっても楽しかったわ。たくさんの新しい発見があって、すごく興味深かった」
カインは腕を組みながら言った。
「お前が落ち着いて観察できたなら、それはそれで良いことだ」
「うん、まあ途中からはカインが気になるって言ったお店に行ったけどね」
ヒカリがそう言うと、クラリスの視線が机の上のブローチへと向かった。
「……これ」
クラリスは静かに手を伸ばし、火の鉱石があしらわれたブローチを手に取る。
カインがそれをじっと見つめ、真剣な口調で言った。
「それを身につけていれば、さらに魔力を引き出せる。しかし、気をつけろ。お前はまだ魔力を完全に引き出せてはいない。その状態でブローチを着けると魔力が暴走して一つ間違えれば、自分の身を滅ぼすことになる」
「さらに鍛錬してから使うことだな」
カインの警告を受けて、クラリスは少し考え込んだ後、しっかりと頷いた。
「ええ、わかったわ。すぐに使うのは控えて、まずは魔力のコントロールをもっと磨くわ」
そんなやり取りを聞いていたヒカリが突然、大きな声を上げた。
「あっ!!」
「何?」
クラリスとカインが驚いてヒカリを見る。
「俺の中に髪飾り入れっぱなしだ!」
そう言って、ヒカリは自分の体内に取り込んでいた聖女の髪飾りを取り出した。
瞬間――
髪飾りは金色の光を放った。
そして部屋の中が金色の光で満たされる。
クラリスは目を細めながら、ヒカリの手にある髪飾りを見つめた。透明な水晶が埋め込まれているはずの部分には、光の魔力が満ち、まるで生きているかのように脈動していた。
「……な、何?」
クラリスが驚いていると、カインが眉をひそめた。
「どういうことだ……?」
ヒカリは髪飾りを見ながら困惑したように言う。
「俺、この髪飾りを体内に取り込んでただけなのに……。でも、光の魔力が満ちてる?」
「まるで、光の魔力が染み込んだみたい……」
クラリスは慎重に髪飾りに手を伸ばし、そっと触れた。その瞬間――
クラリスの指先に、心地よい温もりが広がった。
「……これは、悪い感じじゃないわ」
カインが腕を組んで考え込む。
「光の魔力が宿ることで、何か特別な力を持つようになったのかもしれん」
「……つまり?」
ヒカリが首を傾げると、カインは静かに答えた。
「簡単に言えば、ヒカリの魔力の力が、髪飾りに作用したのかもしれん。結果として、普通の装飾品ではなくなった、ということだ」
「えええっ! じゃあ、課金アイテムが強化されたってこと!?」
ヒカリが思わずゲーム用語で叫ぶと、クラリスとカインが不思議そうな顔をした。
「……かきん?」
「あっ、いや、なんでもない!」
ヒカリは誤魔化すように手を振った。
クラリスはそっと髪飾りを頭につけてみた。
すると――
彼女の体に、光の魔力が優しく流れ込むのを感じた。
「……あたたかい……」
「どうだ?」
カインが慎重に尋ねる。
「うん、すごく穏やかな魔力。でも、力が強まる感じはしないわ。ただ、すごく落ち着くの……」
「ふむ……」
カインは少し考え込んだ。
「もしかすると、これは攻撃のための道具ではなく、精神を安定させる効果があるのかもしれん」
「精神を安定させる……?」
「お前は今まで魔力をうまくコントロールできず抑えていたが!だがこの髪飾りをつけている間は、おそらく精神が安定して魔力の流れがスムーズになるかもしれない」
クラリスはしばらく考えた後、小さく微笑んだ。
「それなら、安心して鍛錬できそうね」
ヒカリも安心したように頷く。
「うん! 何か悪い効果がなくてよかったよ!」
「だが、まだ油断するな。どんな影響があるのか、しばらく様子を見る必要がある」
カインが冷静に言うと、クラリスも頷いた。
「ええ、無闇に頼らず、慎重に試してみるわ」
こうして、偶然手に入れた聖女の髪飾りは、新たな力を宿したまま、クラリスと共に次なるステージへと向かうこととなった。
だが、この髪飾りがもたらす影響が、後に大きな出来事を引き起こすとは――
この時、まだ誰も知らなかった




