第58話 カインとライン
朝の市場は活気に満ちていた。商人たちの威勢のいい声と、行き交う人々の笑い声が街に響いている。
クラリスとファナは市場の一角を歩いていた。ファナは色とりどりの果物や香ばしいパンの匂いを楽しみながら、クラリスと談笑している。
その傍らで、ヒカリとカインはじっとファナを観察していた。そして、ヒカリはふとファナの近くに漂う"気配"に気づいた。
「……ん?」
ヒカリは目を細め、その気配をじっくりと探る。そして、すぐに答えを見つけた。
「あれ? 昨日、あんなの居たっけ?」
ヒカリが目を向けた先には、雷の精霊がファナのそばに控えていた。ラインは無表情のままヒカリを一瞥するが、何も答えない。
「おい、カイン。あれ、お前知ってる?」
ヒカリが横のカインに問いかけると、カインは渋い顔をしてラインを睨んだ。
「ああ……アイツは雷の精霊だ。ファナと契約している精霊だな」
ヒカリは興味深そうに頷いた。
「へぇ~、雷の精霊か。珍しいな」
カインは腕を組みながら、少し不機嫌そうに続ける。
「まあ、珍しいのは認めるが……俺はあいつが気に食わん」
その言葉に、ラインが鋭く反応した。
「は? それはこっちのセリフだ。お前みたいな脳筋精霊とは気が合わない」
カインの目が鋭くなる。
「はぁ? 何だと? こっちこそ、雷精霊の癖にいちいち細かいことを気にしすぎる奴とは合わねぇな!」
ラインも負けじと言い返す。
「お前が大雑把すぎるんだよ! 炎精霊ってのはそういう性格なのか? それともお前が特別雑なのか?」
「なっ……!? 俺は"豪快"って言ってほしいな!」
「ただの粗暴だろ」
「何だとぉぉ!?」
火花を散らしながら言い争う二人を見て、ヒカリは笑いをこらえきれずに吹き出した。
「ぷっ……ははは! なんだよ、お前ら、仲いいな!」
すると、ラインとカインは同時にヒカリを睨みつけ、声を揃えて言い放った。
「それはない!!!」
ヒカリはそれを見てますます笑う。
(いや、どう見ても息ぴったりじゃん。絶対仲いいでしょ、この二人)
──一方、クラリスとファナはその様子に全く気づいていなかった。
ファナは市場の賑わいを楽しみながら、ふと違和感を覚えた。
「……クラリス、なんか変な感じしない?」
クラリスは首を傾げた。
「変な感じ?」
ファナはじっとクラリスを見つめる。
「うん、なんかね……"目に見えない何か"が、私の近くで喧嘩してるような気がするの」
クラリスは一瞬ドキリとした。
(まさか……ファナはヒカリやカインの気配を感じているの!?)
クラリスは慎重に言葉を選んだ。
「そ、そうかしら? 私にはよく分からないけど……」
ファナは腕を組みながら考え込む。
「うーん、やっぱり何かいる気がするんだよなぁ……雷の精霊・ラインが契約してから、私は魔力の流れに敏感になったの。でも今感じるのは雷じゃなくて、"火"と"光"の気配……」
クラリスは冷や汗をかきながら、内心焦っていた。
(まずい……もしファナがヒカリやカインの存在に気づいたら、どう説明すればいいの!?)
すると、ファナが突然ニヤリと笑った。
「ねぇ、クラリス。もしかして……君、何か隠してる?」
クラリスは思わず言葉を詰まらせる。
「えっ……!?」
ファナはクラリスの反応を見て、ますます興味を持ったようだ。
「やっぱり何かあるんだね! いいねぇ、クラリスってやっぱり不思議な子だよ!」
クラリスは慌てて話を逸らそうとした。
「そ、そんなことないわ! それより、この果物、美味しそうじゃない?」
「おおっ、確かに!」
ファナはすぐに話に乗り、果物の屋台へと向かった。
クラリスは密かに胸を撫で下ろした。
(危なかった……でも、ファナの勘の鋭さ、侮れないわね)
──その頃、カインとラインの口論はまだ続いていた。
「だからお前は頭が固いんだよ! もっと柔軟に考えろ!」
「お前こそ感情で突っ走るのをやめろ! だから"炎"は単純だと言われるんだ!」
ヒカリはまた吹き出した。
(ほんと、こいつら似た者同士だな……)
こうして、市場の片隅で繰り広げられる精霊たちの騒動は、誰の目にも触れることなく続く。
ヒカリは、いまだに言い争っているカインとラインを見ながら、ふと疑問を抱いた。
「なぁ、お前らって前からの知り合いなの?」
ヒカリの問いに、カインが腕を組みながら答える。
「ああ、世界樹にいた時からな」
ラインも小さく頷く。
「そうだな……お前が炎精霊になってすぐに俺といがみ合うようになったのを覚えている」
ヒカリは目を丸くした。
「えっ? そんな前から?」
カインが鼻を鳴らして続ける。
「俺とコイツは世界樹でほぼ同時に誕生した。だから、何かと張り合うことが多かったんだよ」
ラインも不機嫌そうに言葉を継ぐ。
「お前がやたらと俺に突っかかってきただけだろ」
カインがすかさず反論する。
「はぁ? そっちが偉そうな態度取るからだろ!」
「はっ、偉そうなのはお前の方だ」
再び火花を散らし始める二人を見て、ヒカリは笑いながら一言呟いた。
「……なんか、兄弟みたいだな」
その瞬間、カインとラインが同時に強く否定した。
「違う!!!!」
二人の声がぴったり揃っていたのが面白くて、ヒカリはまた笑った。
「いやいや、そんな息ピッタリに否定するってことは、やっぱり兄弟っぽいじゃん!」
カインがムッとして睨みつける。
「ふざけるな! こんなヤツと兄弟とか冗談じゃねぇ!」
ラインも同じように顔をしかめる。
「こっちのセリフだ。炎と雷は相性が悪いんだ。そもそも兄弟という概念は精霊にはない」
ヒカリは肩をすくめながら、なおも茶化すように言った。
「でもさ、誕生した時期が同じで、昔からケンカばっかしてるって、それもう兄弟みたいなもんでしょ」
カインとラインはギロリとヒカリを睨むが、ヒカリは全く気にせずニコニコしている。
「……ハァ、まったく、お前のそういうところ、前から変わらねぇな」
カインが呆れたようにため息をついた。
ラインも少しだけ表情を和らげ、ヒカリを見る。
「……お前、本当に自由な精霊だな。でも、なぜお前はクラリスのそばにいる?」
ヒカリはニッと笑う。
「別に契約してるわけじゃないよ。ただ、クラリスのことが気に入ったから一緒にいるだけ」
カインが腕を組んで頷く。
「まぁ、こいつはそういうヤツだ」
ラインは少し驚いたようにヒカリを見つめる。
「……契約なしで人間と行動を共にする精霊なんて珍しいな」
ヒカリは肩をすくめる。
「俺は俺が一緒にいたい人と一緒にいる。それだけだよ」
カインとラインはその言葉を聞いて、ふっと視線を逸らす。
「フン……まあ、そろそろクラリスのところに戻るぞ」
カインがそう言い、ラインも静かに頷く。
「ああ、ファナも待っているだろう」
ヒカリは楽しそうに二人の後を追いながら、心の中で思った。
(結局、この二人、ほんとに仲いいじゃん)
こうして、カインとラインの因縁話はひとまず終わったが、二人の口喧嘩はこれからも続いていくのだった。




