第5話 クラリスを見守るヒカリ
俺は今日もクラリスのそばで、彼女の日常を見守っていた。
クラリスは公爵令嬢としての務めを果たすため、朝から晩まで忙しく動いている。優雅な微笑みを浮かべながらも、その小さな身体には目に見えない重圧がのしかかっているように見えた。
(推しの努力を間近で見られるのは嬉しいが……これ、ちょっと大変すぎないか?)
そう思いながら、俺は彼女の周囲をふわふわと飛びながら観察を続ける。
***
「お嬢様、本日の予定です。午前は礼儀作法の復習と舞踏の練習、その後フランス語の講義。午後はピアノのレッスンの後にティーパーティーが予定されております」
「わかりました。準備をお願いします」
クラリスは静かに頷き、メイドたちの手で身支度を整えられていく。幼いながらも背筋を伸ばし、優雅に振る舞うその姿は、まさに公爵令嬢そのものだった。
(いや、これマジで大変じゃないか?)
礼儀作法の訓練では、ナイフとフォークの使い方、ティーカップの持ち方、歩き方まで細かく指導される。舞踏のレッスンでは、重たいドレスをまといながら優雅にステップを踏む練習を繰り返す。
俺はその様子をじっと見守っていたが、途中でクラリスの表情がわずかに曇ったのを見逃さなかった。
(疲れてるな……でも、彼女はそれを顔に出さないようにしている)
幼いながらも、公爵家の娘としての責務を果たそうとするクラリス。その姿に、俺は胸を締め付けられるような思いがした。
***
昼食の時間になり、クラリスは使用人たちに食事を運ばせていた。美しく盛り付けられた料理が並ぶが、彼女はどこか食欲がなさそうだった。
「お嬢様、お食事が進んでおりませんが……」
「あまりお腹が空いていないの」
クラリスは微笑みながら答えるが、その顔には少し疲れが滲んでいた。
(無理してないか? ちゃんと食べないと体が持たないぞ)
俺は小さく光を瞬かせて彼女の前をふわふわと飛ぶ。
「ふふ、ヒカリは元気ね」
(クラリス、俺が何かしてあげられることはないのか……)
彼女は食事を少しだけ口に運ぶと、使用人に食事を下げるように指示し、午後のレッスンへと向かった。
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午後のピアノレッスン。クラリスは真剣な表情で鍵盤を叩く。
楽譜を完璧に暗記し、間違えることなく演奏していくが、俺は気づいてしまった。
(楽しそうじゃない……)
ただ正確に音を奏でているだけで、心から音楽を楽しんでいるようには見えない。
「素晴らしいです、お嬢様。さすがですわ」
「ありがとうございます」
クラリスは上品に微笑むが、その目にはどこか疲労の色が浮かんでいた。
(俺の推しは、こんなに頑張ってるのに、誰もその努力をちゃんと見ていないんじゃないか……?)
俺は胸の奥がじんと痛むのを感じた。
***
レッスンが終わり、クラリスは自室へ戻る。窓際に座り、外をぼんやりと眺めていた。
俺はそっと彼女のそばに寄る。
「ヒカリ、今日は少し疲れたわ」
(やっぱり無理してたんだな)
「でも、大丈夫よ。これも公爵令嬢として必要なことだから」
(いやいや、無理するのが当たり前になってるのはダメだろ……!)
俺は光をふわりと揺らして、少しでも彼女を癒せたらと思いながらそばを飛ぶ。
クラリスは小さく微笑んだ。
「ヒカリがいてくれると、少しだけ気が楽になるわ」
(それなら、俺はずっとそばにいるぞ)
彼女が少しでも楽になれるように、俺はこれからもクラリスを見守ると心に誓った。