第46話 次の町カナンへ
クラリスが最初の村を訪れ、貴族社会の現実を目の当たりにした。
彼女はショックを受けたが、それでも村をより住みやすい環境にしようと決意し、次の目的地である町カナンへ向かうことになった。
馬車の中、窓の外を見つめるクラリスの表情はどこか沈んでいた。
その様子を見て、光の精霊ヒカリがカインに小さな声で呟く。
「……クラリス、ショックだっただろうな。」
カインは腕を組みながら短く答える。
「そうだな。」
ヒカリはぼんやりと漂いながら考え込んだ。
クラリスがどんなに努力しても、貴族の娘である限り領地の経営には関われない。
「結局、クラリスがどんなに頑張っても何もできないんだよな……。」
カインが眉をひそめる。
「……なぜだ?」
「ん?」
「なぜクラリスは領地経営に関われないんだ?」
ヒカリはキョトンとしたが、すぐに納得した。
精霊であるカインには、貴族社会の仕組みは理解しづらいのかもしれない。
「そっか、精霊には普通わからないよね。」
「何がだ?」
カインの真剣な表情に、ヒカリは丁寧に説明を始めた。
「クラリスは公爵令嬢だけど、公爵家を継ぐことは基本的にないんだよ。」
「……ふむ。」
「クラリスには16歳の兄、アルフレッドがいるだろ? 今は学園に通ってるけど、将来は公爵家を継ぐことになる。」
「つまり、アルフレッドが領地経営をする、ということか。」
「そうそう! だから、クラリスはお妃になるのが運命であって、領地経営には関われないんだよ。」
「……。」
「クラリスも、それは分かってると思う。でも……それでも何かできることはないか考えてるはず。」
ヒカリは、馬車の中で静かに考え込んでいるクラリスを見つめる。
「でも、クラリスがどんなに考えても、実際に彼女の意見が通ることはないと思うんだ。」
「……。」
カインは黙っていたが、やがて小さく頷いた。
「クラリスには内緒だよ。」
「うむ。」
そんな話をしているうちに、馬車は目的地であるカナンの町に到着した。
「カナンの町に到着しました、お嬢様。」
執事が馬車の扉を開け、クラリスは外に降り立った。
「ここが……カナン。」
カナンの町は、最初に訪れた村よりもずっと栄えていた。
広場では商人たちが活気よく行き交い、子どもたちが楽しそうに駆け回っている。
市場には新鮮な果物や野菜、手工芸品などが並び、通りにはパンやお菓子の香ばしい匂いが漂っていた。
「うわぁ! 活気がある町だね!」
ヒカリが嬉しそうに飛び回る。
「確かに、さっきの村とは違うな。」
カインも興味深そうに町の様子を眺める。
クラリスは市場を歩きながら、町の人々の様子を観察していた。
明らかに、ここは先ほどの村よりも生活が豊かだ。
「お嬢様、この町は交易が盛んなので、比較的裕福な地域なのです。」
執事が説明する。
「なるほど……。」
クラリスは商品を売る商人たちの顔を見て、ふと思う。
(この町の人たちは、きっと税の負担もそこまで重くないのね……。)
「お嬢様、町長がお待ちです。」
案内されたのは、大きな建物の前だった。
クラリスは深呼吸をして、扉をくぐった。
町長の部屋には、落ち着いた雰囲気の中年男性が座っていた。
彼はクラリスを見ると、すぐに席を立ち、恭しく頭を下げた。
「クラリス様、お迎えできて光栄です。」
「こちらこそ、お忙しい中ありがとうございます。」
クラリスは優雅に挨拶を返す。
「さっそくですが、この町の現状を教えていただけますか?」
町長は頷き、丁寧に説明を始めた。
「カナンの町は、交易が盛んであるため比較的裕福な暮らしができています。しかし、問題がないわけではありません。」
「問題……ですか?」
「はい。現在、隣国との交易が不安定になっているのです。」
「えっ?」
クラリスが驚くと、町長は深刻な表情で続けた。
「隣国との関係が悪化しており、一部の商人たちが取引を控え始めています。このままでは、物資が不足し、物価が上がる可能性があります。」
「それは……大きな問題ですね。」
「はい。今はまだ影響は少ないですが、長引けば町の活気にも影響が出るでしょう。」
クラリスは少し考え込む。
(領地の一部が豊かでも、全体が安定しなければ意味がない……。)
「他に、町の人々の生活で困っていることはありますか?」
「現在、農村部の人々が町へ流入していることが問題になっています。」
「農村部の人々が……?」
「はい。農村では生活が厳しく、仕事を求めて町にやってくるのです。しかし、全員に仕事があるわけではなく、貧しいまま暮らす者も増えているのが現状です。」
「……。」
クラリスは静かに息をのんだ。
(やはり、最初の村の現状とも関係しているのね……。)
「この問題は、領地全体の課題とも言えますね。」
「お嬢様、その通りです。」
町長の言葉を聞きながら、クラリスは決意を新たにした。
(私は公爵家を継げなくても、この領地をより良くするために何かできるはず。)
「……お話、ありがとうございました。」
クラリスは深々と頭を下げた。
客間に戻ったクラリスは、少し疲れたような表情で座り込んだ。
「クラリス、大丈夫?」
ヒカリが心配そうに声をかける。
「……ええ、大丈夫よ。」
カインはじっとクラリスを見つめていた。
「ふん。お前はすぐに考えすぎる。」
「……そうかもしれないわね。」
クラリスは少しだけ笑った。
「でも、私は私にできることを探すわ。」
ヒカリとカインは、その言葉に静かに頷いた。




