第30話 湖畔に佇む水精霊
湖畔に吹く涼しい風が、先ほどまでの騒動をなかったことのように流していく。ヒカリはふと、あることを思い出した。
「そういえば、あの精霊どうなったんだろうな?」
クラリスが小首をかしげる。
「精霊って何のこと?」
ヒカリは思わず目を丸くした。
「あれ、クラリスには見えてなかったのか!?」
カインが腕を組みながら淡々と答える。
「アレは水精霊だからな。クラリスには見えてないぞ」
「え?どういうこと?」
「クラリスは火属性だろ?基本的に、火属性の人間は火属性の精霊しか見えない。他の属性の精霊は、その属性を持つ者にしか視認できないんだ」
「えぇ?……じゃあ、ヒカリは光精霊なのに、なんで私には見えるの?」
「それは、お前とヒカリの間に信頼関係ができているからだろうな」
クラリスがヒカリとカインを交互に見つめながら、納得したように頷く。
「なるほど……ってことは、その水精霊さんは、私には見えないし、話しても聞こえないのね」
「そういうことだな」
そのとき、ヒカリがふと、湖の方を指さした。
「……おい、アレ、なんか言ってるぞ?」
カインも視線を向けると、湖の上に小さな青白い光が揺らめいていた。透明な人型の姿をしたそれは、ぶるぶると震えている。
「ぼ、ぼくを殺す気か……!」
怯えた様子で、水精霊が文句を言っていた。
「いや、別にお前を攻撃したわけじゃないけどな」
ヒカリが苦笑しながら言う。
「闇墜ちした魔物をどうにかしただけだ」
「そ、それは分かってるけど……でも、ぼくはただの通りすがりだったのに、あんな恐ろしい攻撃の巻き添えになるなんて……!」
カインはため息をついた。
「まぁ、気持ちは分かるが、お前も上位精霊なら、もう少し冷静になれよ」
ヒカリは驚いたように水精霊を見つめた。
「へぇ、お前、上位の水精霊だったのか」
「うん……。それなのに、魔物に追いかけられてたんだよぉ……怖かった……」
カインは改めて水精霊を見つめ、少し考え込むような表情をした。
「上位精霊がこんなところで魔物に追われるとはな。妙だな……」
「それは置いといて……」
ヒカリが話を戻すように言った。
「お前、さっきクラリスのことをじっと見てたけど、何か気づいたことでもあるのか?」
水精霊は少し戸惑いながらも答えた。
「うん……この子、普通の火属性の人間じゃないよね?」
「お、やっぱりお前もそう思うか?」
「普通の火属性の人間なら、あんな魔法は撃てない。火と光の魔力が綺麗に融合していたし……それに、何か違和感がある」
カインは腕を組んで考え込む。
「確かに、クラリスの体は光の魔力を拒絶していない。普通なら、属性が違う魔力を大量に取り込めば拒否反応が出るはずなんだが……」
「だよなぁ!」ヒカリも頷く。
「こ、この子には何か特別な力があるんじゃないか?」
水精霊はクラリスの周りをふわふわと飛びながら、少し考え込んだ。
「……ぼく、クラリスともう少し一緒にいてもいい?」
「え?」
「なんか、興味があるんだよね。君の魔力のこととか、それに……精霊って、自分にとって特別な存在に惹かれることがあるから」
「へぇ、精霊が人間にそんなこと言うのって、結構珍しいんじゃないか?」
ヒカリが目を輝かせる。
「うん。だから、ぼくも自分で驚いてる……」
カインは少し考えた後、クラリスに向かって言った。
「クラリス、お前にこいつは見えないし、声も聞こえないが、こいつはお前に興味があるらしい」
「え、そうなの?」
「ああ。だから、しばらくお前の周りにいてもいいかって聞いてる」
クラリスは驚いたように目を瞬かせた後、少し考え込み、やがて微笑んだ。
「……見えないし、聞こえないけど、それでも一緒にいたいって言ってくれるなら、私は歓迎するわ」
「やった!」水精霊は嬉しそうに飛び跳ねる。
「おいおい、見えないのに歓迎しても大丈夫なのか?」ヒカリが苦笑しながら言う。
「だって、カインとヒカリが言うんだから、悪い精霊じゃないんでしょ?」
「まぁ、そうだけどな……」
カインも少し驚いた様子だったが、納得したように頷いた。
「ふむ……精霊にとって、人間に対してこういう感情を抱くのは珍しいことだが、悪いことではないな」
クラリスの周りに、またひとつ新たな存在が加わった。彼女自身はそれを感じることはできないが、不思議と心が温かくなった気がした。
湖畔の風が、優しく彼らを包み込むように吹いていた。




