第3話 推しの未来を変えるために
俺――光精霊ヒカリ(クラリス命名)は、ついに推しであるクラリス・フォン・ルクレールと出会った。しかも、まだ幼い頃の彼女に。
(これは大事件だぞ……!)
俺の記憶が正しければ、クラリスは本来、18歳の時に王立学園でヒロインと出会い、"悪役令嬢"として悲惨な結末を迎える。だが、今はまだ5歳。つまり、本編開始の13年前。
(この時点で彼女と出会えたなら、俺が何かすれば未来を変えられるかもしれない!)
クラリスは俺のことを不思議そうに見つめていた。
「ヒカリ……あなたは私に会いに来たの?」
俺は少し考えたあと、光をやわらかく揺らしてみせた。
「ふふ、まるで頷いているみたい」
(クラリス、可愛すぎるだろ……!)
クラリスは、俺のことをじっと見つめながら、庭のベンチに座る。
「ヒカリは、どこから来たの?」
(えっと、答えられないよな……世界樹の森とか言っても伝わらないし)
俺はふわふわと宙を舞ってみせる。クラリスはくすっと笑った。
「精霊は不思議ね。でも……私はあなたが来てくれて嬉しいわ」
(うおおおお、推しにそんなこと言われるとは!!)
俺はクラリスのそばに浮かびながら、彼女がどんな生活をしているのか観察することにした。
すると、屋敷の奥から使用人らしき女性がやってくるのが見えた。
「お嬢様、そろそろお部屋に戻るお時間です」
「……はい」
クラリスは小さく返事をして、立ち上がる。
(あれ……ちょっと待てよ?)
彼女の顔は穏やかだけど、どこか寂しそうに見えた。
(ゲーム本編のクラリスは、冷静で聡明な貴族令嬢だったけど、幼少期からこんな感じだったのか?)
俺は気になって、クラリスの後を追った。
***
クラリスの部屋は広く、美しく整えられていた。しかし、どこか冷たい雰囲気がある。
クラリスはベッドに腰掛け、俺のほうをちらりと見た。
「ヒカリ、私の話し相手になってくれる?」
(もちろん! 俺は推しのためならいくらでも付き合うぞ!)
俺はふわふわと宙を舞いながら、クラリスの近くに寄る。
「ねえ……ヒカリは、お友達っているの?」
(え、俺? いや、精霊の友達とかいないな……)
俺は少し考えた後、光を小さく揺らした。クラリスは微笑む。
「私も、あまりいないの」
(……え?)
俺は驚いた。公爵令嬢であるクラリスなら、周囲にたくさんの人がいるはずなのに。
「貴族の子どもたちは、私に気を遣うの。私はルクレール公爵家の娘だから」
クラリスは静かに呟く。
「私と遊んでくれる子もいるけれど、心から笑ってくれる子はいないわ」
(……そういうことか)
クラリスの家柄は王国屈指の名門。将来は王族との縁談もありうる立場だから、周囲の子どもたちも本当の意味で"友達"にはなれない。
(そうか……クラリスは、この頃から孤独を感じていたのか)
ゲームでは、彼女は「冷徹な公爵令嬢」として描かれていた。でも、その裏にはこうした幼少期の経験があったのかもしれない。
俺はふわりと舞い、クラリスの肩の上にそっと降りた。
「……ヒカリ?」
(俺がいるよ、クラリス)
俺はそっと光を瞬かせた。クラリスは驚いたように目を丸くしたあと、小さく微笑んだ。
「ふふ、ヒカリは優しいのね」
(推しのためなら当然だろ!!)
俺は強く光を輝かせる。クラリスは小さく笑った。
「ありがとう、ヒカリ。あなたとお話ししていると、なんだか心が温かくなるわ」
(やばい、尊い……!)
俺はこの瞬間、決意した。
(この世界のクラリスが、ゲームのように悲しい結末を迎えるなんて、絶対に許さない!)
俺は推しを全力で守る。それが、光精霊として転生した俺の使命だ!
こうして、俺とクラリスの運命は少しずつ動き始めたのだった。