第237話 ヒカリの焦り
ヒカリとカインの灰と炭の押し問答に痺れを切らしたダンガンが叫ぶ。
「何をごちゃごちゃ言ってやがる、おめーがこねーならこっちからいってやる!」
ダンガンは鋭く地を蹴ると、一気に間合いを詰めてカインへ重い一撃を振るう。しかし、カインは紙一重の動きでその刃をスッと躱すと、余裕の表情で足元のアインに指示を出す。
「アインよ、タックルだ」
「キュー!」
アインは勇ましく鳴き声を上げると、光の尾を引くような速さでダンガンの脇腹に突撃した。……が、鈍い音と共に弾き飛ばされたのはアインの方だった。
「ワハハ! なんだその攻撃は。痛くもかゆくもないわ!」
ダンガンは勝ち誇ったように笑う。それを見たヒカリは、不安そうに見守るクラリスたちに解説を入れた。
「クラリス、あれが『身体強化』だよ。魔力を身体に行き渡らせることで、防御力や筋力を底上げするんだ。ちゃんと強化をすれば、重たい物も持てるし、あのアインの突進程度なら弾き返せるようになるんだよ」
「……あんなふうに、魔物とまともにぶつかっても平気なのね」
クラリスたちは驚愕の表情を浮かべていた。
(流石にB級だけのことはあるね。身体強化の練度は完璧だ。普通の冒険者ならあのタックルで骨が折れてるはずだけど)
ヒカリは冷静にダンガンの実力を分析するが、だからといってカインが負ける要素は万に一つも無い。
「むぅ……。アインよ、帰ったら特訓だな」
「キュ、キュー……」
アインはしょんぼりと耳を垂らし、カインの足元に戻っていきた。その様子を見て、ダンガンはさらに調子に乗る。
「さあ次は赤髪、てめぇの番だ! そのひょろっとした体も、俺の剣で真っ二つにしてやるよ!」
「ふむ。……ヒカリよ、今のはアインの修行の一環だ。次は我の番で良いのだな?」
カインが静かに一歩前に出ると、訓練場内の空気が一変した。温度が上がったわけではないのに、肌を刺すような熱気とプレッシャーがダンガンを襲う。
「おい、どうした? 急に黙り込んで……」
カインのプレッシャーにダンガンのトーンが明らかに下がった。
「安心しろ。灰にも炭にもせぬよう、手加減をしてや
る」
カインの煽りにダンガンが激昂する。
「……なっ、ふざけんな!!」
激昂したダンガンが、強化した全身のバネを使って最大の一撃を繰り出そうとした――その瞬間でした。
カインは、ダンガンの剣を掴むとダンガンの剣が紅蓮の炎に包まれる。ダンガンは慌てて剣から手を離すと素早く後退する。
ダンガンの剣は、カインの炎で溶け落ちた。
次に、カインの手の平から紅蓮の炎が現れた。炎はさらに大きくなり危険域を超えた。
「カイン、それだと灰すら残らないよ!」
「そやつが掃除が面倒だと言っていたから灰すら残さなれければ問題無いだろう」
カインはニヤリとして言うとカインの言葉にニーヤが青ざめる。
カインの手の平の上で渦巻く紅蓮の業火は、訓練場の空気を一瞬で焼き尽くし、天井の魔法結界がミシミシと悲鳴を上げ始めた。
「カインさん……ストップ、ストップです……!」
先ほどまであんなに怖かったニーヤが、今や真っ青になって両手を振っている。
「掃除が大変というのは、あくまで『常識の範囲内』での話でして……! それを放たれたら、ギルドどころか王都のこの区画一帯が地図から消えてしまいます!」
「む? なんだ、消しても良いと言ったではないか。注文の多い女だ」
カインは不満げに鼻を鳴らしますが、その指先からは依然として太陽のような熱量が漏れ出してる。目の前で剣を溶かされたダンガンにいたっては、腰を抜かしたままガタガタと震え、「あ……あ……」と声にもならない悲鳴を漏らすのが精一杯だった。
(このままじゃマジで終わる……!)
ヒカリは前に出ると、カインの腕を掴む。
「カイン、もう十分だよ。相手は戦意喪失してるし、これ以上やったら冒険者登録どころか指名手配犯になっちゃう。アインも怖がってるよ?」
「キュ、キュー……」
カインの足元で、あまりの熱気にアインが耳を伏せて震えている。
「……む。アインがそう言うなら仕方ないな」
ヒカリの言葉とアインの様子を見て、カインはフッと息を吹きかけるようにして、その巨大な炎を一瞬で霧散させた。
直後、訓練場を支配していた殺人的な熱気が嘘のように引き、代わりに静まり返った地下室に、ダンガンの荒い呼吸音だけが響き渡る。
ニーヤは膝の震えを抑えるように深くため息をつくと、手元の書類に何かを激しく書き込んだ。
「……ダンガンさんの戦闘不能、および計測不能なほどの魔力出力を確認しました。……試験は終了です」
ニーヤは、まだ腰を抜かしているダンガンを冷たい目で見下ろすと、ヒカリとカインに向き直る。
「カインさん、およびヒカリさん。……お二人の実力は、この場にいる誰よりも高いことが証明されました。ですが、ギルドを半壊させようとした過失を考慮し……等級については、少々『特殊な調整』をさせていただきます」
「え? 俺は?」
カインのド派手な(というか一方的な)試験が終わったところで、ヒカリが慌てて手を挙げた。
「あ、えっと……」
ニーヤが珍しく言葉に詰まり、周囲を見渡します。
「誰か、この方の試験官になってくれる方はいませんか?」
その問いかけに、先ほどまで息巻いていた冒険者たちは一斉に目を逸らす。
「おい、お前行けよ」
「バカ言え! あの赤髪の化け物の連れだぞ? どんな隠し玉持ってるか分かったもんじゃねえ……」
「命がいくつあっても足りねえよ!」
「えー……カイン、やりすぎだよ……」
ヒカリが恨めしそうにカインを見ますが、カインは「フン」と鼻で笑ってどこ吹く風だった。
「ねーねー、ダンガンさんだっけ? 俺とやってくれない?」
「い、いや、お、俺は……!」
腰を抜かしたまま後退りするダンガン。ヒカリは彼が負傷しているのを気遣って、魔法を使った。
「怪我でもした? ……『光の癒し(ヒール)』!」
ヒカリの手から放たれた温かな金色の光がダンガンを包み込む。一瞬にして体力が全回復し、擦り傷一つなくなったダンガンだったが……。
「これで治ったよね! さぁ、やろうか!」
ヒカリが爽やかな笑顔で剣を構えた瞬間、ダンガンの顔から血の気が引く。全回復したおかげで、逃げるための体力も全快してしまったのだ。
「お、俺は……うわぁぁぁぁぁ! ごめんなさいぃぃ!!」
ダンガンは物凄い速さで立ち上がると、試験官としてのプライドなど微塵も感じさせない速度で階段を駆け上がり、ギルドの表へと消えていった。
「……え」
ヒカリが呆気に取られたまま構えていると、ニーヤが静かに首を振って、手元の書類に判を押した。
「……合格です」
「え、えー! ねーねー、俺の華麗な剣舞は!? 構えまで決めてたのに!」
「試験は終わりです」
「まじかー!」
期待していた「見せ場」を完全に奪われ、ヒカリはがっくりと肩を落とした。しかし、B級冒険者のダンガンが全力で逃げ出した以上、ヒカリの実力を疑う者などこの場には一人も居ない。
「ぷっ……あはは! ヒカリ、あんなにやる気満々だったのに!」
「戦わずして勝つなんて、流石ねヒカリ」
壁際で見ていたファナとクラリスが、お腹を抱えて笑っていた。
「もう……カッコよく決めるはずだったのに。……ほら、カイン、行くよ」
「うむ。アインよ、我らの力に恐れをなして逃げおったな」
「キュー!」
(あー、やっぱり目立ちすぎちゃったかな……)
ヒカリが苦笑いする横で、カインは満足そうに腕を組み勝ち誇っていた。
地下の訓練場での試験が終わるとヒカリたちは受付まで戻った。
「審査の結果からカインさんと……あのお名前を伺うのを忘れていました」
ニーヤが事務的な口調で問いかける。
「あ、俺も忘れてた」
(俺は『ザード』として登録したいんだけどな……。どうしよう……)
ヒカリは背後をチラリと確認した。幸い、クラリスたちは興奮が冷めやらぬ様子で、令嬢たちと「さっきのカインの魔法すごかったわね!」「あの身体強化、どうやってるのかしら」と、自分たちの世界に入って盛り上がっていた。
(今がチャンス!)
「あ、ザードです」
「ザードさんですね。承知いたしました。……では、カインさんとザードさんのランクは『B級ランク』になります」
その発表を聞いた瞬間、周囲の冒険者たちからどよめきが上がった。
「おー! いきなりB級ランクかよ! 新人でそいつは破格だぜ!」
「いや待て、ダンガンをあんな目に遭わせてB級ってのは、むしろ低すぎやしねえか?」
冒険者たちが口々に騒ぐが、当のヒカリたちは全く気にしていない。彼らにとってランクの高さはどうでもよく、目的はあくまでアインの従魔登録を済ませ、正々堂々と町を歩くことだったからだ。
「では、B級ランクの説明をします。B級ランクには、六ヶ月に一度、『更新』の義務があります。更新を怠ると登録は失効となり、二度と冒険者登録ができなくなりますので気をつけてください」
ニーヤは淡々と続ける。
「更新は、ギルドにある水晶に手を触れるだけで完了します。必ず行ってください」
「なんのために更新するの?」
ヒカリの純粋な疑問に、ニーヤは無表情のまま答えた。
「主に犯罪歴の更新が目的です。ギルド員が法を犯していないか、定期的に確認する必要がありますので」
(なるほど、定期的に法を犯してないか確認するのか……)
「次にいってよろしいでしょうか?」
「あ、はい。お願いします」
「次に、依頼は一ヶ月に最低一回は受けてください。期間内に依頼を一度も受けなかった場合、冒険者登録は失効されます。失効後に再登録することも可能ですが、その際はペナルティとして金貨百枚がかかります」
(金貨百枚!? 高っ! 絶対に忘れないようにしないと……)
「依頼によって期間や違約金などが変わりますので、その都度説明いたします。あちらの掲示板から持ってきた依頼書をこちらへ提示してください。更新や依頼の処理は、どこの町のギルドでも可能です」
一通りの説明を終え、ニーヤがペンを置いた。
「以上で説明を終わりますが、何か疑問や質問などはありますか?」
「特にないよ。丁寧にありがとう」
「ふん、B級か。まあ、人間風情が決めた基準などどうでもよいがな」
カインは満足そうにアインを抱き上げ、登録されたばかりのプレートをアインの首筋に器用に装着した。
「キュ、キュー!」
アインも、これで堂々と外を歩けるのが分かったのか、誇らしげに胸を張った。
一方、ヒカリは周囲の冒険者たちが、こちらをチラチラと見ているのに気付いた。
(「B級の大型新人」なんて、目立つよな……)
「ヒカリ! 終わった?」
クラリスがようやくこちらに気づき、笑顔で駆け寄ってきた。
「うん、バッチリだよ。これからはアインも一緒に町を歩ける」
「よかったわね! それじゃあ、せっかく町に来たんだし、みんなで美味しいものでも食べに行かない? 私、とってもお腹が空いちゃったわ!」
ファナが元気よく提案した。
「やったー! 買い物ね!」
「アインちゃん、何が好きかしら? 珍しいお野菜とか売ってるかしらね」
令嬢たちはすっかりアインに夢中で、ギルドでの騒動などすっかり忘れた様子で歩き出した。
こうして、なんとか(?)無事に二人と一匹の登録が終わった。ギルドを出る際、他の冒険者たちが道を開けるように左右に避けていくのを見て、ヒカリは「これ、完全にヤバい奴らだと思われてるな」と確信する。




