第236話 王都・冒険者ギルドにて
そして、ついに到着した冒険者ギルドの重厚な扉。
ファナが勢いよくその扉を押し開けると――。
――ギィィ……。
扉が開いた瞬間、建物の中に充満していた「酒と汗と鉄の匂い」が押し寄せてきた。
昼間から酒を酌み交わしていた荒くれ冒険者たちが、入り口に現れた「場違いなほど美しい集団」に気づき、一斉に動きを止める。
「おい……見ろよ、あの連中……」
「貴族の坊ちゃんか? いや、あの金髪と赤髪の野郎、ただ者じゃねえぞ……」
「後ろの娘さんたち、どこのお姫様だよ……まぶしすぎて直視できねえ……」
「言えてるぜ!ガハハハ」
ざわつくギルド内。しかし、その視線はすぐに足元のアインへと注がれた。
「……待て。あの一角ウサギ、魔物じゃねえか!」
「おいおい、ギルドの中に魔物を連れ込むなんて、いい度胸してんじゃねえか!」
一人の大柄な冒険者が、椅子を蹴立てて立ち上がった。
(ほら来たー!!)
ヒカリが内心で叫び、カインが「……灰にされたいのは貴様か?」と言わんばかりに不敵な笑みを浮かべて一歩前に出ようとした、その時。
「あ、あのっ! 本日はどのようなご用件でしょうかっ!?」
カウンターの奥から、顔を真っ赤にした受付嬢のニーヤが、割り込むようにして飛んできた。冒険者たちの殺気よりも、ヒカリとカインの「美貌」に完全に当てられてしまったようだ。
「冒険者登録したいんだけどいいかな?」
ヒカリが受付嬢のニーヤに告げると、ニーヤは驚いた表情でヒカリを見つめました。
「え? 冒険者登録ですか?」
「そうだよ。俺と、隣にいるカインの二人分をお願いしたいんだ」
ヒカリの言葉が終わるか終わらないかのうちに、周りにいた冒険者たちから下品なヤジが飛び始めた。
「おいおい、貴族様がお遊びで冒険者になりたいんだとよ!」
「おままごとがしたいなら他所へ行きな、お坊ちゃん!」
ギャハハハ! と、冒険者たちの下卑た笑い声がギルド内に響き渡る。
「ヒカリよ……やはり一度、こやつらを灰にした方がいいんじゃないか?」
「いやいや、灰にしたらもう元には戻らないから。やめてよ」
流石のヒカリでも、灰になった人間を再生させる術は持ち合わせていない。ギルド特有の荒っぽい雰囲気にクラリスたちは怯えているが、ファナだけは「どこ吹く風」といった様子で堂々としていた。
「これぞ荒くれ者って感じで、やっぱり凄いわね!」
「……負け犬の遠吠えだろうが」
カインが鼻で笑いながら冒険者たちを煽る。
「カイン、言ってることは事実だろうけど、少しは抑えて」
ヒカリの言葉は全くフォローになっていない。
「なんだとぉ! テメェ、もういっぺん言ってみろ!」
カインの煽りに、冒険者たちの怒りに火がついた。
(やべー! 収拾がつかなくなってきた!)
ヒカリが焦った次の瞬間、事態は一瞬で収束しました。
受付嬢のニーヤが、凍りつくような凄みのある目で冒険者たちを睨みつけ、一言。
「お前ら……黙れ。消すぞ」
ニーヤの放った静かな、しかし絶対的な言葉に、冒険者ギルドは一瞬にして静寂に包まれた。
(ええー! なにこの人!? 怒らせたら一番ヤバい人なの!?)
さっきまで騒いでいた冒険者たちは「あ、すんません……」と小声で謝りながら、そそくさと席に戻っていく。
(ギャップ萌え系なの!? それともこれがこのギルドの日常なの!?)
ヒカリたちは困惑するしかなかった。
「コホン……では、こちらの水晶に手を触れてください」
ニーヤは何事もなかったかのように、丁寧な接客を再開した。ヒカリは緊張の面持ちで水晶に手を触れる。
「はい、犯罪履歴はありませんね。では、こちらの紙に触れてください」
ヒカリが言われた通りに紙に触れると、スッと魔力が吸われる感覚があった。
「あれ、魔力が吸われた?」
「はい、その通りです。この紙にあなたの魔力情報が登録されました。次に、こちらの冒険者プレートに手を触れてください」
「あ、はい」
ヒカリがプレートに触れると、再び魔力が吸い込まれた。
「これで登録完了です」
「え? これだけ?」
あまりの速さに呆気に取られるヒカリをよそに、ニーヤは淡々と業務を進めていく。
「では、次はそちらのカインさん、お願いします」
「うむ、任せろ」
カインもヒカリと同じ手順を踏むと、あっさりと冒険者登録が完了した。
「お二人だけでよろしいのでしょうか?」
ニーヤは視線を、後ろに控えていたファナたちに移した。
「私はいいかな。勝手に登録するとお父様に怒られそうだし」
ヒカリはファナの言葉に内心で深く同意した。なんといっても彼女の父親はグロリア帝国の皇帝だからだ。
「あ、私たちも大丈夫です」
クラリスたちも首を振ると、ニーヤの視線は再びヒカリへと戻った。
「分かりました。では、次に冒険者の規則と等級について説明します」
淡々と、しかし完璧に業務をこなすニーヤの手際に関心するヒカリだったが、周囲の冒険者たちが何やらヒソヒソと話し、こちらをチラチラ見てはニヤニヤしていることに気づく。
(あー、これは絶対何かあるな……。)
ヒカリがそんなことを考えている間も、ニーヤの説明は続きます。
「まず規則ですが、冒険者同士の殺し合いは厳禁です。次に、冒険者同士の揉め事に対してギルドは一切関与しません。それから……冒険者ギルド内での戦闘は禁止です」
そこでニーヤは、さらに声を潜めて付け加えました。
「……もしギルド内で戦闘行為を行ったら、私が消します」
ニーヤの一瞬の殺気と言葉に、ヒカリとカインは同時に戦慄を覚えた。
(こえー! この人マジでこえーよ!)
「次に等級ですが、これから地下の訓練場で戦闘を行ってもらい、その結果で等級を決定します。等級が決定した後に、ランクごとの詳しい説明を行います。……説明は一旦以上になりますが、何か気になることや分からないことはありますか?」
ニーヤの威圧感に圧倒され、危うく本来の目的を忘れるところだったヒカリは慌てて切り出す。
「あ、従魔登録もしたいんですが、できますか?」
「え、従魔登録ですか……」
ニーヤさんが一瞬、妙な間を置いたので、ヒカリは不安になった。
(あれ? もしかして従魔登録できないのかな……)
「……できますよ」
(できるんかい! なんなのこの人! マジでなんなの!?)
ヒカリは心の中で激しく突っ込む。感情の読めないニーヤのペースに、すっかり翻弄された。
「従魔契約者は、あなたでよろしいのでしょうか?」
「あ、俺じゃなくてカインが……」
ヒカリは「あれ?カインってアインと従魔契約なんて、したのかな」と心配になりましたが、話は止まりません。
「ではカインさん、こちらの書類にあなたの手と、従魔の手(前足)を置いてください」
「うむ。アインよ、ここに手を置くのだ」
ヒカリが固唾をのんで見守る中、カインとアインが手を重ねると、書類が一瞬だけ淡く光りました。
「はい、従魔登録完了です。従魔には、こちらの『登録プレート』を見える場所に付けておいてください」
(えー!? 精霊と魔物って従魔契約できちゃうんだ!)
驚愕するヒカリをよそに、それを見ていた周りの冒険者たちがクスクスと笑い、心ない陰口を叩き始る。
「おい見ろよ、従魔が一角ウサギだってよ」
「あんなの囮か、非常食にしかならねえだろ。ギャハハ!」
その言葉を聞いた瞬間、カインの周りの温度がスッと上がりました。ヒカリはカインが今すぐ爆発しないかヒヤヒヤです。しかし、ニーヤさんは「いつものこと」と言わんばかりに事務的に続けます。
「では、等級審査に移りますね」
その言葉を合図に、一人の冒険者がニヤニヤしながら名乗りを上げた。
「よし、俺が相手をしてやる!」
(あー……やっぱりそういう展開になるよね)
ヒカリがため息をつく中、ニーヤが男のプロフィールを口にします。
「ダンガンさんはB級ランクですよね。新人の方には荷が重いと思いますが……」
「あー、心配すんなニーヤよ! 手加減はしてやるよ。世の中の厳しさを教えてやるのが先輩の務めだからな!」
ダンガンと呼ばれた男は、腰の剣を叩きながらカインを挑発する。しかし、カインは逆にフッと不敵な笑みを漏らした。
「誰であろうと構わん。……だが、我の友を侮辱したお前だけは許さんぞ」
「ワハハハ! 威勢だけはいいようだな。地下でションベンちびんじゃねえぞ!」
(まじかー……。フラグをこれでもかと立てていくなぁ、あの人……)
ヒカリは慌ててカインの肩を掴んだ。
「カイン! 絶対に灰にはしないでよ! 約束だよ!?」
「……おい。ニーヤとやら、こやつを灰にしても問題ないのか?」
カインが真顔で受付嬢に確認すると、ニーヤは無表情に首を振りました。
「あくまで試験ですので、相手を灰にした場合、登録は即座に取り消しになります。……掃除も大変ですので」
(「掃除が大変」ってそっち!?)
ニーヤの斜め上の回答に戦慄しつつも、一行は地下の訓練場へと向かうことになった。
広大な地下訓練場。クラリスたちは心配そうに壁際で見守っている。
「カイン、大丈夫かしら……」
「大丈夫だよクラリス。……心配なのは相手の命だよ」
ヒカリが遠い目をしている間に、ダンガンが武器を構えた。
「さあ、どっちから来る? 二人まとめてか? それともそのウサギからにするか?」
「……ヒカリよ。灰にせぬ程度に、炭にするくらいなら構わんのだな?」
「いやいや! 灰と炭ってほぼ変わらないから! 燃やし尽くしてることに変わりないからね!?」
ヒカリの言葉を無視しカインの右手から、パチパチと火花が散り始めた。




