第235話 ヒカリの考案
アインがクラリスたちに囲まれてクッキーを食べている平和な光景を眺めながら、ヒカリはふと現実的な問題に思い至った。
今は学園の訓練施設という閉ざされた空間だからいいものの、このままの状態でアインを外、特に町へ連れ出すことは、アインにとって「死」を意味する。
カインが精霊の姿でいる限り、周囲から見れば一角ウサギが単独で、あるいは人間に紛れて町に侵入したようにしか見えない。そうなれば、町の衛兵や冒険者たちが黙っているはずもなく、即座に討伐対象となってしまう。
「カインさ、アインを町に連れて行かないほうがいいよ」
ヒカリの言葉に、カインは不思議そうに首を傾げた。
「む、なぜだ? アインも町に興味があるかもしれんぞ」
「魔物が町に侵入したようにしか見えないから、即座に討伐されるよ。アインが危険な目に遭う」
その瞬間、カインの瞳に鋭い炎が宿りました。
「……アインに攻撃する奴らは、我が一人残らず灰にしてやる!」
「いや、だから! 人間を灰にしたらダメだってば!!」
ヒカリは頭を抱えた。カインの本気度は冗談では無い。もしアインに矢一本でも飛んでこようものなら、カインは王都の一区画を更地にする勢いで暴れるだろう。
(カインの性格上、アインが攻撃されたらマジで人間を灰にしそうだよな……てか灰にしかけたな⋯⋯なんとか正当な理由を作らないと……)
ヒカリは前世のゲームの知識、そしてこの世界の常識を必死に手繰り寄せた。そういえば、この世界には「魔物使い(テイマー)」という職業が存在する。時折、飼い慣らした魔物を連れて歩く冒険者の姿も見かける。
「あ、そうだ。カイン、冒険者登録をすればアインと一緒にいられるよ」
「ほう? 冒険者登録だと?」
「そう。カインの『従魔』としてアインを登録するんだ。そうすれば、アインは『討伐対象の野生の魔物』じゃなくて、『登録されたパートナー』として認められる。それなら町の中でも大手を振って一緒に歩けるよ」
カインは腕を組み、「ふむ……」と考え込んだ。
「我の『従魔』か……。アインを我の庇護下に置くという証になるわけだな。それは悪くない響きだ」
「でしょ? それに登録証があれば、もし誰かがアインに手を出そうとしても、法的に守られるんだ。灰にする前に、まずは登録証を見せれば済む話だよ」
ヒカリの説明に、ようやくカインも納得したように頷いた。
「よし、決まりだ! ヒカリよ、すぐにそのギルドとやらに向かうぞ! アインを我が正式な弟子として世に知らしめるのだ!」
「キュー!」
カインの勢いに、アインも力強く鳴いて応えた。
「え、今から!? ……まあ、休日のうちに済ませておいたほうが安心か」
ヒカリはクラリスたちに事情を話し、カインとアインを連れて王都の冒険者ギルドへと向かう準備を始めた。しかし、人化したカインと光り輝く一角ウサギのコンビがギルドに現れたら、それはそれで別の騒ぎになりそうだ。
「クラリス、俺たち冒険者ギルドにアインの登録してくるね」
ヒカリの言葉に、クラリスは不思議そうに首を傾げた。
「え? どうやって?」
クラリスはヒカリの言葉に疑問を感じ聞いた。
「 ヒカリたち、精霊の姿のままじゃギルドの人には見えないでしょ?」
それもそのはず。通常、精霊である彼らは契約者や同属性それと特定の魔力感応者以外には認識されない。ましてや、精霊が冒険者登録など前代未聞の話だ。
「ああ、この姿では行かないよ」
「でもヒカリ、前に人化した時は子供の姿だったじゃない。子供が魔物使いとして登録するのは難しいんじゃないかしら?」
かつてクラリスたちの前で見せた人化は、魔力量の調整の関係で子供の姿が限界だった。しかし、今のヒカリは違う。
「いや、今は青年の姿になれるよ」
「えっ、そうなの!? ヒカリ、試しにここでやってみて!」
クラリスの期待に満ちた瞳に、ヒカリは苦笑しながら頷きます。
「うん、いいよ。カイン、準備はいい?」
「え?カインもなれるの?」
「ふ、ヒカリになれて我になれないわけがなかろう! 我の真なる姿、拝ませてやるわ!」
(……カイン、余計な動きをするとすぐに人化が解けちゃうんだけどね)
ヒカリは心の中でツッコミを入れたが、ここで指摘してまた拗ねられるのも面倒なので、黙っておくことにした。
「じゃあ、いくよ」
「うむ!」
二人の精霊が同時に魔力を練り上げ、魔力の粒子が彼らを包み込む。
まず、魔力が収まった場所に現れたのは、さらりとした金髪に、吸い込まれるような金色の瞳を持つ、どこか神秘的な雰囲気を纏った美青年――人化したヒカリだった。
その直後、少し遅れて燃えるような赤髪に、鋭くも力強い赤眼を持つ、荒々しくも端正な顔立ちの青年が現れた。
人化の速度や安定感はヒカリの方が一枚上手だったが、その変貌ぶりは劇的だった。
「……どうかな?」
ヒカリが声をかけるが、クラリス、ファナ、セシリア、モニカ、エリーナの五人は、あまりの変貌ぶりに言葉を失って固まっていた。
沈黙を破ったのは、一番に我に返ったファナだった。
「えーーっ!! ヒカリもカインも、めちゃくちゃカッコいいじゃん!!」
ファナの叫びを合図に、訓練場が黄色い悲鳴に包まれます。
「本当……! どこの国の貴族かと思うくらいだわ」
「ヒカリ様、その姿……とっても素敵です……っ」
「カインも、人間に混じっても全然違和感ないわね。ちょっと悔しいけどカッコいいわ」
絶賛の嵐に、カインは鼻高々で腕を組んだ。
「ふははは! 当然だ! これが我の真の……ぶふっ」
(あ、今ちょっと魔力が揺らいだ……)
ヒカリは冷や冷やしながら見守るが、そんなヒカリたちの状況をよそに、ファナの矛先が意外な方向へと飛んだ。
「ねーねー、ライン!! ラインもこの姿になれるの!?」
「えっ!?」
キラキラとした期待の眼差しに射抜かれ、雷の精霊ラインが飛び上がる。それに釣られて、他の令嬢たちも自分の精霊へと詰め寄る。
「ルーファはどうなの!? こんな素敵な姿になれるの?」
「エルは!? エルが人間になったらどんな美形なの?」
「みんな、人間の姿になってみてよ!!」
「ちょ、ちょっと待てファナ! 俺はそこまで人化の練習は……!」
(今、人化を試すとカインみたいになるかもしれない⋯⋯)
「そ、そうよ……風の精霊として、不可能なわけ無いわよ……」
(人化なんてやったらカインみたいにダルマになるかもしれないのに⋯⋯絶対になれないわ!)
「……え、えっと……」
一気に期待のハードルを上げられたライン、ルーファ、エルはたじろいでいた。
圧倒的な「カッコいい青年姿」を見せつけられた後で、逃げ場を失った彼らは、オドオドしだした。
一方のアインは、見た目が変わったカインの匂いを必死に嗅いで「本当にカインなの?」と確認するように足元をぐるぐる回っています。
「そうだわ!皆で冒険者ギルドに行ってみない?」
ファナの突然の提案に、クラリスを筆頭に令嬢たちは一瞬、顔を見合わせた。
「冒険者ギルドって……なんだかイメージが……」
「そうね、荒くれ者がたくさんいて、お酒の匂いがして……少し怖いイメージがあるわ」
「ですね……あまり淑女が近づく場所ではないような気がします」
セシリアやモニカ、エリーナも難色を示す。しかし、実家の貿易船に乗る機会も多かったファナは、荒っぽい男たちには慣れっこだった。
「そうかなー。面白いわよ? いろんな依頼の貼り紙とかあってさ。ねーねー、行こうよ!」
「……はいはい。わかったわよ。どうせこれから町に買い物に行く予定だったし、少し寄るくらいならいいわよ」
ファナの熱意に押され、ついにクラリスも折れた。
「やったー! 決まりね! さあ、早く行こ!」
「キュ、キュー!」
アインも期待に胸を膨らませるように鳴き、一行は連れ立って王都の冒険者ギルドへと向かうことになった。
(やべー! 胸騒ぎしかしない……!)
先頭を行く「超絶美青年」二人、その後ろに続く華やかな五人の令嬢、そしてなぜか光輝いている一角ウサギ……。
ヒカリの不安をよそに、一行が王都の大通りを進むと、道行く人々が驚愕の表情で次々と振り返った。




